2019年08月13日

値段が知りたい

    是非手に入れたい

 古時計愛好家にとって自分の欲しい時計は是非とも手に入れたいのが人情SANY0370.JPG、人とは違った時計を欲しいと思うのもまた自然。
 古時計愛好家なら誰しも思う事、しかし現実は中々うまくは行かないもの、欲しいと思っていても手に入らないのが常である。
 それには色々な条件が重なるからだが、イザその時計が出たとしても値段がべら棒に高くて、それを手に入れられない事もしばしばだ。
 個人差もあるが、その時計の妥当な値段と言うものがあり、ソコソコの範囲であれば妥協もするが、それがべら棒に高くては手も出ないのだ。
 幾ら欲しくても自分の出せる範囲があり、それを越しての値段であれば諦めるしかないのだと思う、誰しもそんな思いをした事があるはず。
 私自身も何度か経験している事、欲しくて仕方がない時計だが、そんな値段ではとても手が出ないと、自分に言い聞かせて諦めるしかない。
 そんな事が何度もあったが、それが当たり前の世界、自分に出せる範囲は決められているから、それ以上はどうしようもないのだ。

 ある知り合いが、蛎殻町製造の時計を見つけて来て、どうしても手に入れたいが幾らで買ったら良いのかと聞いてきた。
 聞けばコレクターの持ち物だと言い、譲っても良いとの返事だが、問題は値段だと言う、先方は値段を提示して欲しいと言っているらしい。
 SANY0374.JPGそれで私に幾らで買えば良いのかとの相談らしいが、之は難しい相談でもあるから、一概に値段の提示は出来ない。
 何故ならば相手がその時計の評価をどれくらいに設定しているか、その設定値段がある程度分からないと失敗する。
 誰しも安く買いたいと思うが、相手がある事、それを無視すれば手に入らないことは察しが付き、そうかと言ってべらぼうの値段では。
 本人にどれくらいなら出せるのかと聞くしかなく、幾らなら買えるのかと逆に聞くことに、すると知り合いは世間一般の値段よりも高く買うと言い出した。
 その時計の程度は見ていないから何とも言えないが、常識的な範囲の値段を教え、それよりも少し高い値段を提示してみろとアドバイス。
 結果の話は決裂したみたいで、本人が思っていた値段と開きがあり過ぎたらしく、知人もガックリとしていたが、自分の出せる範囲以上であれば諦めるしかない。
 古時計とは需要と供給のバランスの上に成り立つもの、そのバランスが非常に難しく、運としか言いようがないものだと思う。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記