2019年08月17日

懐かしいもの

      なくした物が

 SANY5156.JPG先日、我家の孫が椅子の下から見つけたものを持って、「おじいちゃん、これなぁ〜に」と言って差し出したものが、探していた玩具の時計、昔集めた玩具の時計、たまたま友人が来ていた時、話の中で玩具の時計を私が沢山持っている事を知っていて、その時に懐かしいから出して見せろと。
 別に彼がこんな玩具を集めている訳ではなく、彼はプロとして見せてくれとの事だ、大した物で無いものが面白いと、其れで見たいとの事だった。
 彼は商売の為に見せろと言っているのでなく、自分も子供の頃に見た懐かしさから出た事、ほかに時計の玩具だけでなく、グリコのおまけ等色々見せろと。
 その中の時計の玩具を特に見たいとの事、何故かと言えば彼もまた孫がいて、その孫に見せてやりたいとの事でもあったが、今一ピンと来ないものがある。
 こんな玩具の時計を何故孫に見せてやりたいのかと質問、すると友人「孫にはクオーツの腕時計を幾つか買ってやった」と、そして、その話の中で「昔玩具の時計は動かなかった」と話したらしい。

 その孫が「動かない時計なんかある訳ないと」言って不思議がったから、昔の動かない時計を見せて、話が本当の事だと立証したいらしい。
SANY5167.JPG おおげさな話だが、彼にしてみれば孫が自分の話を信用しない事がショックらしく、実物を見せて納得させたいらしいのだが、果たして上手く行くのか。
 玩具の時計、今の子供の見せても果たして分かるものなのか、うちの孫も同じて゛、玩具の時計を見ても、其れが本当に時計なのか疑問を抱いたいるらしい。
 こんな形の時計は見た事もないし、軽くて、大きくて、針は短針も長針も当時に動いてしまい、今の時計とはかけ離れているからだ。
 形こそ時計の形をしていても、本当の時計でないと思っていることは確か、だから何んだろうと、不思議な物に見えるらしいのだ。
 我々には懐かしい玩具に思えるのだが、世代が代われば、そんな事実も通用はしない事を、改めて思い知らされたものだが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記