2019年09月10日

小さな蕾

   70回を迎え
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 小さな蕾に記事を連載して70回目の節目となる、始めは軽い気持ちで連載を引き受けたが、ここまで長く続くとは思わなかった。
 自分でも不思議に思うが続けると言う事は非常に難しいもの、簡単な事さえ難しいのに文章となると後々まで残る。
 一度書いてしまった文章は消せれないもので、間違って書いたものも後世に残り、後からでも非難される事になる。
 自分でもその事は百も承知して引き受けたが、後から書いた文章を見て失敗したと思う記事も多い、後の祭りであるが訂正がきかないのだ。
 その時は自分なりに納得をして書き、当然の事チェックもして納得の上で原稿を送り、また校正を経て出版される事になるが、それでも後から考えると少し変と感じる事もある。
 そんな時はこの事が頭の中で何回となく駆け巡り、何であんな表現をしたのかと後悔する事もしばしばあるのだ。
 文章とはそんなもので、一字一句が勝負みたいなもの、一文字違っても意味が全く違う事にもなり、自分の意志とに反して違って受け止められ、結果はまずい事になってしまう。
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 これは自分でもよく承知しているが人の文章だと間違いだと気付く事もあるが、自分の文章だと中々気づかないもの、人のは冷静に判断できるから。
 自分の文章は自分の意思もあり、そこを上手く表現できるかどうか、それが問題であるがうまく出来ないのが常なのだ。
 文章とはそんなもので、大事な所で一字違っただけで、取る方の考えが違ってしまい、意図に反して批判を受けることもある。
 こちらはそんなつもりで書いてはいないと思っても、取る方がその様に取ってしまえば、それまでの事、対面して話をしているのでは無いので行き違いが生じてしまう。
 文章とはそんなもの、小説ではなく解説であるから尚更の事、何処まで詳しく書くのが良いのか迷う事になる。
 何にしても70回の節目で感じた事は書いた文章は消せないのだと言う事、恐ろしい現実である。  
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2019年09月09日

蕎麦切りの発達

    上級武士に

 江戸中頃SANY0566.JPGになると、寺方の蕎麦切りが発達を遂げ、田舎蕎麦から次第に高級化し、更科蕎麦なるものが登場し、武士階級のしかも上流武士に蕎麦切りを精進料理として寺方が接待する事により、蕎麦切りはより高級化する事になる。
 記録によると3代将軍家光が上野寛永寺にて精進料理を食した中、蕎麦きりが出されたとの記録が残っているようで、田舎蕎麦が高級化し既にこの頃より上級武士の間でも食されていたようだ。
 その後将軍家に献上する蕎麦なるものが出始め、蕎麦きりが上級武士階級の広い範囲まで広がりを見せていた様子が伺え、更に蕎麦切りは洗練されて行ったようである。
 一方、庶民の間でも蕎麦切りは広がりを見せ、夜鳴き蕎麦の様な屋台ではなく、一軒の店として蕎麦屋が進出して来出し、江戸の町にうどん屋と肩を並べるまでに成長してゆく。
 当時江戸では急激な発展に伴い、地方からの流入者が多くなり、建設業などに従事するものが増大、当然食の方も発達を遂げて行く事になる。
 それに一役買ったのが蕎麦きり、早く食べれて、安くて、旨い、それが又労働者たちに受け、江戸中に蕎麦屋が進出し、彼らの要求に応じたのである。

 味のほうも、この頃よりカツオ出汁の汁が出始め、「SANY0545.JPGなまぐさ汁」と呼ばれ、寺方の味噌や辛味大根汁と区別され、下品な汁の食べ方と呼ばれていた様だ。
 しかし、この 「なまぐさ汁」が序藷に庶民の間で人気を博してゆく事となり、「かけそば」なる物はカツオ出しで取った汁で食べられるようになり、寺方蕎麦と一線を隠した形となる。
 ご存知の忠臣蔵に出てくる、討ち入りの前、蕎麦屋の二階で一同が会する場面が描かれているが、まだ此の頃は蕎麦屋は出来て居なかったようで、芝居の時代考証が間違っていたようだ。
 そもそも、蕎麦屋の二階に約50人もの人間が集結するのに、人目につかない筈が無く、ましてそんなデッカイ蕎麦屋など当時は無かったし、江戸末期頃にようやく作られたようである。
 映画の世界では、蕎麦屋に集結した浪士たちが、戦いに行く前に身支度をしている様子は、一般の家屋より蕎麦屋の二階が如何にもこっそりと支度している様子が似合うかもしれない。
 其れぐらい蕎麦屋は庶民の間に普及していた事の裏ずけでもあるようで、赤穂浪士の面々が庶民に受け入れられたひとつの要素でもあり、当時は無かったとしてもそれは其れで良いのかも。
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2019年09月08日

珍品時計が欲しい

    何処で探せば
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 珍品時計が欲しいがどの様にしたら手に入るものなのか、そんな質問が再びやった来て、どの様に答えるものなのか。
 色々な質問が寄せられて困っているが、またまた厄介な質問がやった来たので、今回はどう答えて良いものなのかと思案している。
 質問する方は真剣にしていると思うが、私にとっては難題でもあり、その人にもよるがどんな珍品が欲しいものか分からない。
 珍品時計とは珍しい時計の事だが、「形が珍しい」もの、「製造会社が珍しい」もの、「数が少ない」から珍しいものと色々なものがある。
 本人がどの様なものを求めているのか、私のように製造会社が珍しいものをさがしており、それとは違ったものなのか。
 こちらが思う珍品時計と同じなのかと色々考えるが、一般的に珍品時計とは形が珍しいものを指す、それが珍品時計と思われている。SANY7109.JPG
 普通の時計と異なり、少し形が違ったものを探している人は多いが、それでも違いはあると思われ、好き好きで形も違うものになる。
 主に掛時計の方が探している人が多いと思うが、置時計の方は少ないように思う、何故ならば人気がないからだと。
 最近は置時計を探す人が少ないように思うが、その原因は場所を取るからだと言う、掛時計は壁にかかるが置時計はそうは行かないからと。
 確かに置時計は置き場所に困る事も、小さい物であれば置き場所もあるが、少し大きなものは場所を取るからだ。
 そんな事もあり、置時計の珍品も人気が無いように思う、これも時代の流であろうか、部屋の状態と絡んで来るからだ。
 そんな置時計の珍品が出たとしても、中々買い手がつかないと言う、以前であれば直ぐに売れたのにと言うのだ。
 だから探すとしたら置時計の方が珍品を探しやすいのかも、そしDSCN0421.JPGて対抗者も少ないと、売り手の店主が言うのだ。
 では掛時計の珍品は何処にあるのか、何処で買えば良いのか、今ではネットの普及で珍品時計も出て来ると言う。
 それも思ったほど値段も高くなく、競争相手も少ないと言うが、果たしてどうだろうか、偶々少なかっただけではないか。
 しかしネットで探すのが一番早い事は確か、全国の情報が入るからだが、逆に競争相手も多いと思うが。
 では何処で珍品時計を探すのだと、コレクター仲間の情報も大切、持っている人を教えて貰う事もその一つである。
 仲間同士の連携も大切な情報源、何処の誰がどの様なものを持っているか、知る事も手に入れる手立てでもあるのだ、私もこの方法を取る事が多い、ある所が分かっていれば、むやみに探しまわる事はないのだから。

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2019年09月07日

エッフェル塔

    革命記念です

 エッフェル塔、フランス、パリのシンボルSANY0897.JPG、日本人にも馴染みの深い建物、フランスと言えば殆どの人がエッフェル塔と言うだろうし、現在でもパリの代名詞にもなっている。
 このエッフェル塔、1889年にフランス革命100周年の記念行事としてパリ市内に建てられた物、そしてパリ万博で好評を博し世界的に有名となる。
 当時は、この建物を建設するに賛否両論があり、大分もめたらしいが結果建設され、パリ市内に偉容を誇ったが、万博後入場者が激減して解体の憂き目になる。
 その後、国がエッフェル塔を無線塔として利用し始め、解体は免れ現在に至っているが、軍の利用で命を永らえたとはあまり知られていない、エッフェル塔の裏事情。
 なぜエッフェル塔になったのかも色々説があるが、結果建設会社のエッフェル社の名前になったらしく、設計士やデザイン者がエッフェル社の社員であったらしく、この名前になった。
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 写真のエッフェル塔、フランス、リモージュ社の製造したもの、この入れ物が欲しくて長年考えていたが、結局誘惑に負けて買い込んだもの、と言い訳である。
 実は中身が欲しくて買ったものだが、とは言え私はそんなにノンベイではないと、始に言っておかないと余程ノンベイと思われるかもしれないから。
 おもしろいボトルを集めるのが趣味であり、特に陶器でできた物を集め、色々な物を買い込んだに過ぎないので、決して飲みたい為ではない。
 とまあ、言い訳しても仕方が無いが、リモージュ焼の綺麗な姿をしたボトルで、今でも大事にして飾っているが、口の悪い友人は飲んでしまった物を何時まで置いておくのかと言うが、このボトルは均整も取れていて焼き物としても実に良いものであると思う。
 
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2019年09月06日

厄病神

    厄病神の出現

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 しばらく姿を見せなかった奴が又現れ、我が家にやって来たが、今度は何を持ち込んで来たのか、厄介な事にならなければ良いが。
 機械オンチのこの男、今までにもさんざん振り回されて、何時も厄介な事になっているが、本人は知らんぷり。
 以前は享保雛でヒットを飛ばしたので、それ以来ヒットは無し、そろそろホームランでも飛ばして欲しいものだが今回はどうだろおか。
 奴が現れたが何も持っていないので、「今日はどうした」と問いかけると、ニヤリとしたまま何も言わないのだ。
 こんな時は要注意、何が飛び出すか分からないからだ、過去にもこんな態度の後、ビックリさせられた覚えがあるのだから。DSCN0465.JPG
 そう言えば4か月ぶりに合うので、正月には顔を出さなかったもの、それが今日やって来たので「何かあったのか」とまた水を向けてみた。

 はじめから今日は酒を呑むつもりで我が家にやって来たのだから、仕方なく酒の用意をして奴の話を聞く事に、これも何時もの事だ。
 酒を呑みだしてから奴の腕に時計が、何時もは我が家にやって来る時は時計などしていないのに、今日は珍しく時計をハメているので、「その時計如何した」と聞けば、待って居ましたと自慢気に腕を指し出し、この時計を見ろとばかりに私の目の前に。
 一見ロレックスらしいもの、安かったのでロレックスを買い込んだと、自慢気に差し出した時計はコピーのロレックス、本人は本物と思っているらしいのだ。
 何も持たずに来たのはこの時計DSCN0467.JPGの事かと、頭の中で思っていたが、本人が「ロレックスだ」とニコニコ顔でいる。
 こいつまた騙されて来たのかと、「どうしたこの時計」と聞く、良い買い物をした「安かったのだぞ」とまたも自慢気。
 お前「それコピーのロレックスだぞ、良く税関を通ったな」と言えば、「嘘だ何で見ただけで分かるのだ」と不機嫌そう、「お前大丈夫か、プロだろう」と一喝する。
 そんな馬鹿なと腕時計に見入っているが、何時もの機械オンチらしく、機械物は買って来るなと言い聞かせておいたのに懲りずにまたやってしまった。
 しかしよく税関を通ったものだ、偽物は厳しくなったので持って入れない筈。











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2019年09月05日

招き猫のかお

    やはり顔が違う

DSCN1123.JPG 招き猫、江戸時代から製造されて来た招き猫、各産地で造られて来たが、其処には独特の顔をした招き猫が色々な産地で製造されて来た招き猫だが、同じ瀬戸で製造された招き猫でも、時代によって顔が違うもの。
 一見招き猫の顔は同じようなものと思っている人も多いが、一つ一つよく見ると全く違った顔をしているのだ、同じ時代でも、同じ産地でも、同じ製造所でも、やっぱり顔が違う、当たり前と言ってしまえば其れまでであるが、実に面白い顔をしていると思う。
 よく言われるのが古い招き猫は、動物的な顔をしており、時代が新しくなるにつれて、優しい顔になると言われる。
 色々な時代の招き猫を比較して見ると、事実古い物はきつい顔をしているものが多く、新しい招き猫は優しい顔をしている。

 もう一つが、古いほどキツネに良く似ているとも言うのだが、そSANY8891.JPGの根拠はお稲荷さんと言う、京都伏見のお稲荷さん、もともとお稲荷さんのお土産として造られていた猫、キツネに良く似た顔をしていたもおかしくはないのだ。
 むしろ似ている方がそれらしいのではと、そんな気がする事もあるのだと思うが、お稲荷さんが発祥であれば、何処が発祥かは定かではないが、それはそれとして招き猫の顔はどれくらい違うのか、並べて見たら一目瞭然。
 確かに違う顔をしている事に、改めて思うのだが、それにしても色々な顔をしているのだと思える。
 瀬戸で製造された磁器の招き猫を見るに、時代や大きさにもその違いがある事も、あらためて分かった事。

 しかしここまで個性的な顔をしているものなのか、感心してしまうが、製造者の意図とも言えるのだと思う。SANY2924.JPG
 招き猫の顔はこうあるべきと考えて、製造したものと思うが、果たして本当の目的とは何か、招き猫らしい顔である。
 江戸時代の猫の顔を見るに、動物的な顔をしており、当然だが猫であるから、その様な顔であると、しかし今の我々が見ると滑稽な顔をしていると思う。
 当時はそんな顔をしている猫ばかりであったのかと、浮世絵などに描かれている猫もキツネみたいだと思う。
 写真に挙げた瀬戸の招き猫、古い物であるが、ヤッパリキツネに近い顔をしているのだ。
 私にはその様に見えしてまうが、果たして他の人はどの様に受け取るものなのか。
 キツネに見えるのか、猫に見えるものなのか、招き猫だから猫である筈。
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2019年09月04日

確認事項

   浜松ミーティング開催の件
 日時、9月8日、日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務所 053.465.3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円、昼食代含む
 尚、オークションを開催します。

 日本古時計保存協会 事 務 局
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2019年09月03日

大珍品

   珍しいもの
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 前にも取り上げたが古時計に関するものを幾つか集め、その中でも珍しい物ではピカイチのものであると思う。
 古時計の小物は色々とあるけれど、江戸時代の封筒があったとは驚き、今まで見た事がないのだ。
 勿論私がであり、他の人は知っていたかもしれませんが、私は初めて見たもの、江戸時代に封筒があったとは。
 それも思ったよりも小さなもので、何の手紙が入っていたものなのか、それとも手紙ではないものなのか。
 現在の封筒と良く似たものになっているが、造り方が少し違うもの、縦12、5センチ 横4、5センチの大きさ。
 勿論和紙で出来ているが、紙も薄いもので造られており、大きさと言い薄さと言い現在の封筒とは違ったもの。
 当時この様式が普通とは思えず、よく映画やテレビに出て来る手紙の大きさと違って、小さいように思うが。DSCN1732.JPG
 何の為のものなのかはヤッパリ分からないが、封筒としか思えないので、それが正解かどうかは不明である。
 この封筒、何処が面白いかと言えば、先ず表には和時計が印刷してある事、良く見ないと和時計とは分からない。
 青色で印刷されているから分かり辛いが、上部には文字盤が描かれており、その文字盤の中に、薄くなっているが年号がある。
 
 よく見ると宝暦七年と読め、宝暦七年は1758年であり、約270年も前のものになるから、ずいぶん昔のものになる。
 ある人に言わせれば和時計の紐の下に付く錘、その錘に大小の文字が入れてあり、そこから分かる事は暦であると言う。
 つまり大小歴、大の月と小の月が示されているから、暦であると言う事DSCN1735.JPG、それにしても斬新なものである。
 江戸時代にこのような印刷した封筒が存在していたとは驚くほかなく、それに和時計が印刷されているとは。
 今時の封筒にも匹敵する斬新さ、江戸時代にすでにそのようなデザインのものが存在していたとは面白い。
 面白いと言うよりもやっぱり驚きであり、ユーモアがあったと思うと、江戸の人は粋であったようである。
 それにしてもこの様なものが見つかるとは面白いもので、中々見つからないものと思うが、手紙の部類で時計が書かれているとは。
 そして古い物が今まで残っていたとは、偶然に見つけたものであるが、超珍品の部類であると思う。
 大抵は処分されてしまい、現存するものは少ないと思われ、我々古時計好きには堪らないものである。

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2019年09月02日

ちょっとした

   軽い気持ちで

 私がブログを始めた切っ掛けはSANY0763.JPGチョットしたはずみ、友人がブログ自慢をしていた時、偶然に友人にブログとは何だと聞いた。
 友人ニコリと私の顔を見、「お前ブログを知らないな」と、確かに私はブログなるものを、その時は知らなかったから知らないと答えた。
 すると友人、「ブログ位やってみろ」とけしかける様に私に言い、簡単だからやってみろと言い出したので、友人の挑発に簡単ならやってやると言ってしまった。
 しかしその時もブログが何だか分かっていなくて、だ大事でやってやると思っただけの事、それが大変な事になるとは思っても居なかった。
 ブログの意味を教えて貰ってから、こんなにメンドクサイ作業をしなくてはならないものとは思ってもみなかった。
 まず自分のブログページを開設しなくてはならず、それも自分ではできなくて友人任せ、面倒な作業は彼が全部やったのは当然の事。
 彼曰く「何で俺がやらなきゃならないのか」とブツブツと言いながら、ブログを開設、しかしそれからが大変であった、レイアウトをどうすれば良いのかも分からず、結果友人任せ。

 開設されたページをどんな内容で埋めるのか、友SANY0772.JPG人に聞けば「俺に聞くな」と一言、そんな事はで俺が知るかとそっけない。
 彼にしてみれば私にブログをけしかけた手前引くに引けず、一応開設から書き込みまでは教えてくれたが、その先は自分でやれと。
 確かに意地でブログを開設、簡単にやれると思っていたが、続けるのにこんなに苦労するとは夢にも思わず、後悔が先に立ちだした。
 それでも最初は意地もあり、何とか記事は書き出したが中々進まず、どんなものを書くのかも決まらず思いのまま書いていた。
 友人からも、もっとましな文章書いたら共嫌みも言われ、頭にきたが読み返してみると言われたと通りの文章、これではダメだと悟りそれから努力はしてみた。
 毎日、毎日書く事により、少しは成長したと思っても、友人たちは厳しかったので止める訳にも行かなかった。
 そんな事で続けてハタと気付けば、2500回を越していたので自分ながらビックリ、良くも続いたものだと思う。


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手が込んでいる

      デザイン的に
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 古時計には色々な種類の時計が存在しいてるが、その一つ一つが個性の塊みたいなもの、1つの時計を作り出すためには色々な過程が。
 スタンダードな形から奇抜な形まで色々、その造り方は時計製造会社の意気込みが現れているもの、他社との差別化を計る事を目指している。
 そこにはやはり個性が満ち溢れ、時計に興味のない人は、時計は八角の形だけと思っている人も、しかし形も驚くほど多く存在している。
 確かに八角の時計も多く存在しているが、逆に形の違ったものも多く存在、色々な形のものが、変形式の物はやっぱりデザイン。
 デザインの良し悪しが売り上げにひびく事もあり、その形を決めるのにも当然神経を使う、明治期の時計のデザインは殆どがアメリカ製のコピー。SANY7180.JPG
 日本独自のデザインが出来てくるのは明治末期になってから、それまでの間はコピー商品が多く出回っていたが、そのデザインを少し日本的に変え、売り出す事にした会社が現れる。

 今回紹介する時計もその中の1つ、アメリカ製ウオーターベリー社の上下八角の時計、この時計もそんなに数多く日本に入って来ていないが、この時計がモデルとなっている。
 しかしモデルとなっている時計はシンプルな上下八角の形、彫等は施されていないもので、上下八角の縁に溝が彫られているだけの時計だ。
 この時計が日本人の手になると、何処となく日本を感じるものに変化して行く事に、大手時計製造各社が真似て製造したと思えるが、やはり小さな組み立て会社が多いようだ。
 今回の時計も名古屋の今津時計が製造したもの、形こそ上下SANY7162.JPG八角の形式を取ってはいるが、縁取りがされ時計全体に彫がなされている。
 その彫も何が彫られているのか分からないものが、葉っぱの模様とも取れる彫り、しかし良く見ると西洋的にも見えるものだ。
 外国製のものには葡萄唐草の模様が彫られているのが多いが、それを意識して彫り込んだものなのか、それともよく似たものをただ彫っただけなのか。
 同じ形の時計もあるが、ほとんどが8インチ文字盤の時計、6インチ文字盤の時計は少なく、珍品の部類に属する時計だ、このような時計を生み出したのも激戦区名古屋ならではのものだと思う。
 
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2019年09月01日

エコカーテン

    エコ対策であるが
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 今年も兎に角暑い夏であるが、何でこんなに暑くなるものなのか、気象変化は計り知れないのだ。
 ここ数年異常気象であると言われているが、何時まで続くものなのか、やはり少し地球がおかしくなった来たのか。
 温暖化と言われ続けて年々温度が上昇、何処まで暑くなるものなのかと心配もするが、もう日本も熱帯地方に入ったのか。
 それにしても暑い夏であったが、まだまだ残暑は続くと言う事らしく、この暑さは当分収まりがつかない様だ。
 そんな事で毎年の事、暑さ対策の為に緑のカーテンを採用しているが、これが功を奏しているのだと思う。
 日差しを遮るのに色々にものがあるが、ホームセンターで進められたのが緑のカーテン、震災後之を採用して7年になる。
 安くて見た目に涼しそうであり、尚且つ日差しを遮ってくれるので、毎年の事ながら成功している。
 勿論これだけではなく、簾も併用して使っているが、何方が良いものなのかは判断が出来ないと思う。
 風が良く通るものは簾の方が良いとも、見た目に涼しそうに見DSCN1440.JPGえるのは緑のカーテンであると思うが。
 どちらにせよ暑い夏に活躍してくれたことは確か、簾は一度セットすれば秋までは世話をする事は無い。
 しかし緑のカーテンは世話をしないと持たないので、毎日水やりを欠かさないが、これが案外面倒でもある。
 プランターで植えてあるから、暑い日には水枯れを起こす事も屡々、うっかりすると水が少なくてしおれている事も。
 暑い日には朝と夕方の二回水をやらないと持たない事も、そんな事で手間はかかると言う事、一長一短の価値である。

 簾は今まで竹製のものを使用していたが、今年は何故かホームセンターに竹製の簾が無かったのだ。
 何でないのか分からないが、何処を探しても見当たらないので仕方なく、中国製の葦か知らないが、その簾しかなかった。
 ないものは仕方が無く、渋々その簾を買った来たが、竹とは違い少しDSCN1439.JPG強度不足で、台風など風には弱いようだと思う。
 そして雨にも弱そうであり、この先台風シーズンで果たしてもつものなのかと不安でもあるが、無かったから仕方がない。
 勿論緑のカーテンだって台風には弱くて、去年も台風で葉っぱが落ちてしまい、結果は取り払うことになった。
 今年も台風が来ており、これからが心配であるが、今も厚い日差しを遮ってくれ、緑のカーテン今年は不良な状態で、葉っぱがやっと茂っており、役目を辛うじて果たしている。
 どちらにしてもこれからが正念場、あと少なくとも二週間か三週間は持って貰わないと、まだまだ涼しくならないから、エコ対策として色々な方法があるが、手軽に出来てそれでいて効果があるものは中々少なく、見た目にも涼しく感じる緑のカーテンをお勧めする。







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