2019年09月30日

尾張鍔(時計)

    時計型刀の鍔
 SANY8861_1.JPG時計型鍔とは、尾張で製造された刀の鍔、この尾張鍔は室町後期が始まりとされ、主に名古屋近郊で製造された鍔をさす、戦国から江戸初期までに製造され、その特徴は透かしを施した鍔、3大鍔のひとつとされ京鍔、赤坂鍔、尾張鍔があり、特に尾張鍔は実戦向きの鍔である。
 洗練された京鍔に対し、尾張鍔は武骨とか実戦向きとか言われ、頑丈な鍔とて定評のある鍔、骨太の鉄、黒味がかかった地色。
 作風は鉄地、真丸形、角耳小肉、地透かし、小透かしと素朴なものが主流、尾張鍔は鍛えあげられた鉄が持ち味、縁取りも太く透かしがシンプル。
 この尾張の鍔は美濃の刀鍛治の連携により、室町時代、戦国時代、江戸初期まで戦う武士たちによって支持されて来たが、江戸時代に入り徐々にその作風が変る。
 戦乱の世から太平の世になると、実戦向きの質実剛健的なものよりも、装飾的なものが好まれるようになり、尾張鍔SANY8871_1.JPGも各地の鍔との融合が行われるようになる。

 そんな江戸時代に入って尾張鍔も時代の流れに沿ってものを造り出すが、本質的な形は変化しなくて、骨太の中に優しい線が見られるようになる。
 武士達も装飾性のあるものを好むようになり、当然流行のものが世に出回ることに、時計鍔と称せられるものもその1つ、今までの尾張鍔とは少し違うもの。
 和時計の歯車を模して造られたと言われているが、時計師が作ったようには思えず、その流れをくSANY8857_1.JPGむ鍔鍛治によって造られたものか。
 和時計の歯車を連想させる形の鍔、写真で見ると歯車のように見えるが、実際の歯車とは別物、時計師が作ったとは考えにくい。
 この鍔は江戸時代に入ってからの図鑑にも記載され、時計鍔として紹介されている事から、この時代から流行し始めたものだろう。
 図鑑の鍔、写真のものと少し違うものとなっているが、デザインも鍛治師によって様々であるのと、好みによって注文されたものだから、違って当然かもしれない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話