2019年10月11日

灯りの個性

   色々な灯り

 アンティークなランプシェードが人気、少し前から盛んになって来たSANY8265.JPGようだが、それは若い女性たちが仕掛け人、現代の灯りでは物足りなくて、アンティークな灯りに魅せられたと言う事、彼女たちは自分好みの灯りを探している。
 日本の灯りは部屋全体を明るくするタイプ、外国人に言わせれば「日本人は何で工場みたいな灯りを使うのか」と言うのだ、私もそんな話を直接聞いたこともあるのだが、日本の人は明るい事が良い事と思っているが、外国の人は部分照明に慣れている。
 部屋全体を明るくするのではなく、必要な所に灯りを付ける、そんな灯りの付け方が普通に行われているのだ。
 やはり彼らに言わせれば工場みたいの所で生活したくないと、自分の家までそんなに明るくする必要はなく、いる処だけあればよいと。
 部屋全体が明るい場所に慣れてしまった日本人、どの家も明るく生活はしやすいが、ムード的には今一であると、そんな事に気が付いた若い女性たちは、自分に合った個性的に灯りを探して、そんな事でアンティークな灯りに目が向く。

 少し前に流行ったアンティークブーム、しかし今回のブームはそれSANY7664.JPGと少し違っているようで、我も我もと言う事ではなく、静かなブームで、それは安くて良いものを、そして何よりも自分好みの物をと言う、以前は良いものをより豪華に、それが全くの違いだ。
 豪華なものではなく、良いものを探す楽しみも、自分好みの灯りを探す楽しみも含めてのブームであるのだと思う。
 だから彼女たちの目は確か、じっくりと見極めた上でないと買わないし、高くても買わないので、中々難しいのだ。
 写真のアンティークランプ、実用的なもので、以前のような豪華なものではなく、大衆的なランプばかり。 しかも安いものが多い、自分の部屋に合うものを探す、部屋に合わないものは買わない、堅実派の彼女たちである。
 今日も何処かのアンティークショップを、探し続けているのだろうと、そんな気がする今日この頃の動きだ。
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2019年10月10日

秋本番

   やって来た
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 今年の秋は何時もと違う秋、夏が暑かっただけに、この秋の訪れはちっと遅く、ゆっくりとやった来たのだ。
 何時もなら涼しい日がつづき半袖でも良いくらいの気候、しかし今年は半袖でないと暑くてしかたが無い位、ここ2、3日特に暑くなった。
 朝晩の気温の差が10度以上もあり、体がなかなか付いて行かず風邪をひきそう、急激な変化に付いて行けないようだ。
 長袖のシャツを着たり、半袖に変えたりと大変、これでは風邪をひくのも当たり前、注意はしているが、やっぱり付いて行けないのだ。
 あの彼岸花はそんな気候にも惑わされず、今年もキッチリとお彼岸に咲き、この花くらい忠実な花はないと思う、やはりお彼岸に咲く事を義務付けられている花なのかと、そんな事が思えて仕方がない花であると思う。
 兎に角この花を見ると彼岸だなと気が付くから、これほど季節を知らせてくれる花はなく、他の花は微妙に早くなったり、遅くなったりする。
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 彼岸花、仏花と呼ばれる花、昔から毒のある花としても知られ、普通の秋の花ではなく、何処か仏にまつわる花とされて来た。
 あのどくどくしい赤い色の花、やっぱり一味他の花と違うもの、彼岸にふさわしい花であると思う、其れが曼珠紗華である。
 最近秋の七草があまり見られらくなったと思うが何故だろうか、以前と比べれば間違いなく市場に出ていないのだ。
 最近の子供は果たして秋の七草を知っているだろうか、3、40代の人達でする覚えていないとも思うが、それほど忘れられた感がある。
 その秋の七草のひとつススキ、そう言えば去年もお月見にススキを探したが、全く穂も出ていないので、穂の出ている物を探したが見つけられなかった。
 異常気象はどこまで進むものなのか、これから季節感はどうなったしまうのか、先が心配であるが、こればかりはどうしようもない。
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2019年10月09日

絶対に古い

      アンティークランプ11

 SANY6256.JPGアンティークランプ、懐かしい光を注ぐランプの明かり、今時のクリアーな光ではなく、温かみのある光、そんな光に惹かれる現代人。
 現在の明かりは余りにも明るいもの、あたり前の事だが明るいのが良いと、今まで進んできたものであるが、ここに来て其の明るさが。
 余りにも明るい事に違和感を覚える人も、元来明るさを求めてきた日本人、昭和に入り、高度成長期家庭の灯りは蛍光灯へと進む。
 今までのクリア球の灯りとは別の光、随分と明るくなったもの、其の灯りが年々進化して、必要以上の明るさとなり、今に至っている。
 そんな明るさが果たして必要なのか、そんな疑問を持つ人も現れているが、人其々であるから何とも言えないが、明るすぎる事は確か。
 明るすぎて精神的にリラックスできないと言う人達が、今アンティークなランプを求めていると言う、私の友人も其の1人、別にアンティーク好きではない人。
 その彼が私のもとにランプを持ってあらわれ、自慢げに「今度買ったランプ、良いだろう」と差し出す、一見して新しいと感じ、こちらから「幾らで買った」と聴く。

 すると友人得意げに「安かったが、幾らか分かるか」と、私を試しているSANY6263.JPGようで、仕方がないから、少し高めに「5000円」と答えると、この友人不満そうに「そんなに安くないぞ」と睨む。
 睨まれても困るが、事実新しいランプ、1000円でも高いと思うのだが、友人安かったよ「2万円で買った」と自慢顔、そこに機械オンチの例の友人が登場、「何している」と話の中に入って来た。
 私の持っているランプを見つけ、お前のものか「何で新しい物を買ったのか」と言い出した。
 これを聴いた持ち主「何処が新しい物だ」と不機嫌な顔をしている。
 その後は2人でこのランプの説明に四苦八苦、レプリカで新しく造られたものだと。
 仕方なく家にある同じ様なランプを持ちだして、古いものと新しいものとの違いを説明、ガラスは見分けが難しいとも伝える。
 結局持ち主は意気消沈して帰って行ったが、ガラス物は時代を判断するのが中々難しいから、信用のおける所で買わないといけない。
 それにしても機械オンチの友人、さすがはプロ、新しいと一見して分かるとは、これでなければ商売は出来ないもので、少しは見直してやるかと、この時は思ったのだが。
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2019年10月08日

実用灯具

    小さくても
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 暗くなれば明かりがつく、別に気にもしないことだが、現代人は電気の事も意識していなくて、空気と同じくらいにしか思っていない。
 事実私もその類に違いなく、スイッチを押せば灯りがつくと思っているが、震災以後少し認識に変化が、日本中に走ったかもしれないのだ。
 空気と同じくらいに現代生活には普通のもの、何処にでもあると思っている人ばかりだったが、少し前の時代、明かりは貴重なものであった。
 家の何処にでも明かりが付くことは無く、必要な最小限度のところしか明かりが無かった時代、灯りに対する考えが、今の我々とは大きく違っていた。
 暮らしの中で長く居るところ以外は、明かりは節約していたもの、全然明かりが無かったわけではなく、持ち運びできる灯りを使用していたのだ。
 蝋燭もしかり、持ち運びできる灯具を利用し、常に其処に置くことはなく、必用に応じて使うシステムを採用する合理性、長く居るところではない為に、その時だけ使用できればよかったのだ。
 その為に開発されたのが豆ランプ、普通のランプよりは小型のもの、特徴は何処にでも持ち運び出来る事、小さくして持ち運びは出来るが、明るくなければならない。

 豆ランプと言えども灯具、蝋燭の火よりも明るく、風が吹いても消えSANY1064.JPGないもの、そして持ち運びも楽なもの、そんな条件を満たす為に作られたのが豆ランプ。
 しかし豆ランプにも種類があり、高級なものから安価なものまで色々と存在する。
 今回紹介するものは実用的な丈夫なもの、ブリキで作られたもので頑丈なものだ。
 見た目よりは実用的、しかも丈夫で明るいもの、一石三鳥のようなものだ。
 之もまめランプと言われるもの、ガラスではない為に現代人には好まれず、市場ではヤッパリ安価だが、時代の生き証人でもある豆ランプだ。
 豆ランプと言えばガラス物が取り上げられるが、実際に活躍したのはこの様なランプ、丈夫で使いやすいものが主流であった。
 ただ上の火屋はガラスでなければ光を通さないから普及品の安いもの、兎に角安くて実用的なものが好まれたようだ。
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2019年10月07日

集める極意とは

    よく聞かれる事

 SANY0848.JPG古時計を集めていると良く聞かれる事は、古時計を集めるのにどの様にしたら集められるものなのかと言う事、これだけ多くの古時計を集めたのだから、何かコツでもあるのかと言われるが、そんなものは無いと思う。
 確かに40数年も古時計を集めているから、人はさぞかしその極意があるのだろうと思うが、そんなものは無いのだ。
 もしあったとしたら私が聞きたい位、如何にしてその極意を身に付けたいとも思うが、未だに無いのだ。
 展示会場でもその質問が何時も来るが、その都度教えて欲しいのは此方の方と、そんな答えをすると決まって嘘だと言われる。
 別に嘘を言っている訳ではなく、事実を説明しているが、これだけ古時計を集めるのには絶対何かがある筈ですと。
 そんな風に言われる人も多いが、私も知りたいのだと言えば、何で知りたいのかと聞かれてしまう始末である。SANY2082.JPG
 実際に私も古時計を集め出してから、何かコツでもあるのだろうと、色々な人に聞いた事があるのだ。
 その時に明確に答えをしてくれた人は一人もいないし、殆どの人は自慢話で終わってしまい、コツなどは全くと言って教えてくれない。

 数多く古時計を集めた人は、それなりの努力をしているもので、簡単には集まらないから、やはりコツコツとはじめなければ出来ないと。
 新らたに古時計を集めている人は良い古時計を集めようとするが、それは止めた方が良いと思う。
 誰しもよい古時計が欲しい事は確か、人よりも変わった時計も欲しいと願う、そして段々と無理してしまう。
 経済的に余裕のある人は少なく、ある程度のものを買い求めてSANY4098.JPGいると、当然資金が底をつくことになる。
 しかし古時計はまだまだ手に入れたいと思うのが新人さん、見境なしに次々と買い求める、後は本人次第。
 自分の身の丈に合った古時計を集めているのかと、そんな疑問を持たないといけないのだが、それに何時気が付くか古時計と付き合うには焦らない事、ジックリと構える事が一番大事な事だと思う、私も幾度となく焦って失敗した。
 焦って高い買い物をしてしまった事が幾度とある、ジックリと見極めれば、こんな事は無いから、良いものを探すには焦らない事だと思う。
 皆が欲しがっているものは避けて、自分好みのものを見つける事、人のやらないものを始めたら良いと思う。
 古時計を集めるのに極意など無い、自分自身と向き合い、無理しない事が古時計を長く集める時の心得とでも言える。

 
 



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2019年10月06日

エコ通貨

   まさかこんな物

 陶貨とは金属でない通貨の事、陶器で出来た貨幣をSANY1090.JPG指す言葉、通貨は古く使用されてきたが、現存しているものは大方金属で出来ている。
 当たり前の事だが丈夫で摩耗しない素材で造られているから金属が最適、強い素材であるからだ。
 古代より通貨は摩耗しないもので造るのが原則となっており、現存している過去の通貨は金属製が多く、その他を圧倒している。
 勿論他の素材で出来ているものも、つまり摩耗しない石で造られたものも、古代より通貨としてやはり使われていたが、通貨とは簡単に摩耗しない素材でなければならないと言うもの、だからこそ金属が最適な素材である。
 世界各地で発掘される古代の通貨も、この様な事から金属や石で造られており、現在までその姿を見る事が出来る。
 日本で最初につくられた通貨も当然金属製のもの、「富本銭」と言う通貨だ、最近までは「和同開宝」が一番古いとされていたが、最近の究SANY1094.JPGの結果富本銭が一番古いと立証された。

 これ以後日本の通貨は金属製のものが主流、色々な貨幣が製造されてきたが、陶貨はそれ以後も製造されていないのだ。
 突如登場してくるのは昭和の時代、太平洋戦争末期に金属不足に陥り、はじめての陶貨が登場するのだが、これは1938年(昭和13年6月)臨時通貨法が制定され、陶貨の製造を計画、全国の陶器の産地に製造の依頼が出される事になる。
 色々の論議の末、1945年(昭和20年7月)瀬戸、有田、京都の陶器の産地が選ばれ陶貨製造に着手することに、各地で分散して製造され、1500万枚製造。
 しかし8月終戦により陶貨は廃棄処分となり粉砕されたと言うが、実際は少量現存していたもの2005年愛知万博の記念として瀬戸市が一銭陶貨を再現し売り出したもの。実際通貨の大きさの倍以上の大きさである。
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2019年10月05日

蛇の目

    傘とは違うもの
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 ある会員さんから、「戸田さん教えて欲しい事があります」と言って来たが、その会員さん最近入ったばかりの人だ。
 この会員さんは時の記念日展に来場し、突然古時計に目覚めたと言い、古時計を集める事にしたらしいのだ。
 話の内容は古時計に目覚めて、あるアンティークショップに出かけたらしいのだが、その時の事であると言う、彼はまだ若くて20代後半、古時計保存協会の時計展で見た時計に引かれてしまい、古時計を調べらしたらしい。
 そして古時計を買おうと決めたが、よく考えて見ると自分の部屋に掛ける処が無いのに気づき、どうしたら良いか思案したと言う。
 今のアパートは釘を打つところが無い造り、勿論フックを使用しても良いが、重量のある古時計は危険だと感じたらしい。
 そんな時、雑誌に懐中時計が載っていたと言い、それを見ているうちに場所もDSCN1332.JPGとらないから、これだと思い付いたと言う、本当は展示場で見た古時計が欲しいが、壁に掛けられないので諦めたと言うが、その気持ちも分かるような気がする。
 彼曰く、「アンティークショップに行く前に、懐中時計は一通り調べてみた」と言う、調べずに店に行っても恥ずかしいから。
 それで一応知識を頭に入れてアンティークショップへ行き、懐中時計を見ていたら、店員さんに何を探しているのかと聞かれた。
 彼は懐中時計を探していると言うと、「今は懐中時計は人気が無いから、店にはおいてないが、一つだけある」と言って奥に入ったらしい。
 しかし、直ぐに出て来て「何処かに入り込んでしまったので、もし良ければまた来てください」と言い、品物は「蛇の目の懐中時計」だと言われた。

 その日は家に帰って来て、店員さんが言っていた蛇の目の懐中時計とは何だろうと、気になったので私のもとに聞いて来たらしく、若い人が懐中時計に興味を示すとは、私としては非常に良い事と思うし、古時計の魅力をモット知って欲しいとも思う。
 彼の言う「蛇の目の懐中時計」とは、懐中時計のガラスカバーの真ん中に丸い穴が開いているものを指す。
 懐中時計はガラスを保護するカバーが掛かっているから蓋を開けなければ時間が見えない、その為に蓋を開けなくても時間が分かるように中央に穴が開けてあるもの。DSCN1334.JPG
 その形が丁度傘に描かれている「蛇の目模様」と同じようだと言う事から、通称「蛇の目」と称せられるようになった。
 当時の懐中時計はガラスの保護の為にカバーが付いているものが殆どであったが、蛇の目スタイルが出現してふたを開けずに時間を見えると人気になったと言う。
 一説には狩り行く時に便利であったからとも言われているが、やはり便利であった事が人気であったと思われる。
 質問して来た彼は実際にその懐中時計を見て、やはり現物を見ないと実感が分からず、百文は一見に如かずの諺通りだと思った由。
 知らない事は自分の目で確かめるのが一番の早道と、悟ったようで、その後も何回となく質問をして来るのだ。
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2019年10月04日

瀬戸と伊万里

   違いが分からない

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 保存協会の会員さんから質問が、ブログで私が載せている記事の中に瀬戸の水滴と伊万里の水滴が出ているが、写真で見る限りどちらとも取れないとの事。
 瀬戸と伊万里の区別がつかないという事だそうで、何回かブログを見ても自分では違いも、色も分からないし、全部伊万里ではないのかと思えると言うのだ。
 この会員さん、自分でも伊万里の水滴を集めており、全部伊万里だと思っていたが、瀬戸でも製造されている事を知り、自分の水滴を見比べてみたとの事。
 しかし幾ら見ても全部同じに見えてしまい、瀬戸と伊万里の区別はつかなく、自分の持っているものは全部伊万里と思うとのことであった。
 そして、私が瀬戸であると指摘した物も伊万里ではないかと言う、文章中にある瀬戸と伊万里の土の色、そして釉薬の色など同じだと言うのだ。
 確かに写真では見分けがつかない事もあるかも知れないが、実物を見ればハッキリと瀬戸と伊万里の区別はつく、同じようなことが招き猫にもあるのだ。
 SANY5979.JPG招き猫も明治期、瀬戸と伊万里で製造しており、形も良く似たものが現存しているから、パット見には同じに見えてしまうものだが、土が違うのだ。
 同じ磁器でも、瀬戸の磁器と伊万里の磁器とでは色が違う、陶器を知り尽くしている人だと見分けは容易と思うが、数多く見ていれば自ずから分かるものと思う。

 瀬戸の磁器は白っぽい色目、伊万里の磁器は乳白色、1番良いのは2つ並べて比べればその違いが分かりやすく、当然釉薬の色も違いが。
 この違いは染付けの釉薬が違うもの、コバルトの発色が違い、瀬戸の釉薬は色が少し濃く、藍みかかった色をしているから、伊万里と区別がつく。
 よく言われるのが形が違うのかとか、色が多く使用されているのか、染付けの違いは、とか色々聞かれるが勿論違いもあるが、形は殆ど同じものだと思う。
 独特の瀬戸磁器らしい色物もあるが、これは数が少ないから手に入れば1番分かり易いもの、しかし中々手に入らないから難しいも知れない。
SANY4851.JPG 磁器物ではない陶器の水滴も存在しているから、これは1番分かり易く、見た目で直ぐに瀬戸の水滴と区別が付き、伊万里にはない色付けの水滴。
 写真は上二つ瀬戸製の磁器の水滴と陶器製の水滴、両方とも瀬戸独特の色合い、特徴のある個性派の水滴、このように一見して瀬戸製と分かるもの。
 数多くの瀬戸製の水滴を比べて行くうちに、その特徴や色合い、瀬戸の特性を知らず、知らずに覚えて行けること思う、やはり本物を見る事。
 写真下は左伊万里、右瀬戸の水滴、良く見ると右の方が白っぽい事が判ると思うが、良く見て検討してください。



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2019年10月03日

セリ場に潜入

    相場が出来る
 古時計愛好家には時計の相場がどの様にして生まれるかと言うSANY8562.JPG事だと思うが、それは自分の知らない所で出来ている事、しかしそれは古時計だけではない。
 殆どの古物には同じ様な仕組みになっていると言う事、つまりそれらの相場は作られる場所があると言う事、古物専門の市場があるのだ。
 この市場には古物と言われるあらゆる物が集まって来、ここで売買され市場に出回ることになるのだが、一般の人はこの市場には入れないのだ。
 古物の免許を持っていない人は入場できない仕組み、当然の事だがバイヤー専門の市だから、一般人は立ち入り禁止、この仕組みはどの市場でも同じだと思う。
 アンティークショップで売られている時計もこの様な市場から仕入れ、自分の店で販売する事になるが、当然の事仕入れ値があるのだ。
 古物の場合、大抵の物は市場を通して販売されるものなので、市場の値段がそのまま販売値段に反映される事になり、高く仕入れれば、その時計の値段は高くなり、安く仕入れれば案外安い値段となる。
 古時計の相場はこの市場で決まると言っても良いほど、大抵の場合は市場の値段推移が市場価格に反映される事は間違いなく、おおよその値段はここで決まる。
 古物の市場は専門家の集まり、彼らが仕入れれば値段はSANY8590.JPG上がり、彼らが仕入れなければ値段は下がる仕組み、当然市場に反映されるのだ。
 古時計愛好家が時計を求めれば市場の値段も上がり、愛好家が買わなければ市場の値段も下がる事に、これは全ての物に言える事であり、市場原理だ。
 愛好家が知らず知らずに古時計の値段を上げ下げしている事は確か、しかしそれに気付かない人ばかり、それもやもう得ないかも知れないのだ、つまり仕組みを知らないから。
 古時計の市場へのルートは色々あるが1番大きいのがこの仕組み、個人での売買は極僅か、最近のネットでの販売もあるが、市場を作るのは彼ら。
 この相場1番影響を受けるのはやはり景気、景気が乱高下すれば値段もそれにつれて上下するが、もう1つの要素はやはり古時計愛好家、愛好家が購入しなければ始まらないもので、消費者の動向が一番重要、値段を安く買いたいなら、余り無理に買わないことだと思うが、そうも行かないのが市場でもある。





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2019年10月02日

証拠は何処に

    立証して下さい
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 前にも書いた盗難事件2010年8月15日夜半、瀬戸市の古民家久米邸から忽然と姿を消した時計達、姿を消してから表市場にも顔を出さず、全くの情報も出ず、八方ふさがりの状態が続き3年、持ち去られた古時計は何処に姿を消したのか。
 全国の古時計保存協会の会員さんに捜査協力を要請、情報提供を求めるも、さっぱりようとして姿は見せずしまいであった。
 自分のブログを通じて姿を消した時計の写真を公開、久米邸で展示していた時の写真も同時に公開、全国に捜査網を広げたが、しかし結果は不発、3年経っても情報は少なく、なかば諦めていたが、 突然14年6月25日、会員の岡崎の酒井さんが、盗難の時計を見つけてくれ、持ち主と気長に交渉して返還にこぎつけてくれたのだ。

 7月4日、先方が酒井さんの説得に応じ、買い込ん時計累を返還しに酒井さん宅に持参したもの、ビックリして直ぐに其れを酒井さん宅に引き取り行き、現物をもって、その足で盗難届けを出している瀬戸署に向う。SANY5914.JPG
 刑事課に出頭、返還された物を持参するが、すると刑事課の担当者から、持ってこられた物が「戸田さんの物と言う証拠はあるんですか」と言われる始末。
 慌てて今まで公開しているブログや私の本、そして1番良く分かる和時計と豊橋時計の写真を提示して、私のブログやホームページに記載してある時計と見比べてくれるように担当者に説明する。
 瀬戸署の鑑識員が提示した資料を現物と比較、和時計の台に付いている木目と汚れ、これは2つとない模様、独特な木目である事が私の時計の証拠と説明。
 普通は自分の持ものである証拠と言われると、中々それに匹敵する確実な証拠がないもの、特に私の場合は出版した本の写真、明治村での展示写真、そして久米邸での決定的な写真。

 是だけの証拠を提示できたのも、結局は数多くの証拠写真があったからの事、やっぱり写真は撮っておくべきで、この様な時に力を発揮するものと実感したものだ。 
 鑑識員は写真や現物と比較して、間違いなく久米邸の展示物と同一品と鑑定、私の所有物と確認されたが、係員から「是は奇跡的なこと、無傷で持ち主に帰るとは」と驚いていた、その上証拠物件もハッキリとしたものは珍しいとも言われた。
SANY5971.JPG 盗難品の殆どは、足が付かないように、元のものに手を入れて改造してしまうのが普通、捜査が入っても直ぐに分からないようにするのだと。
 其の為に状態は前よりも悪くなってしまうのだとも言われ、運が良かったと言うよりも、やっぱり奇跡的と言うほかないとの事だった。
 1番下の写真が久米邸の展示写真、この場所から忽然と姿を消したもので、この写真があった事で証拠提出は簡単に進んだのだ。
 こんな形で後々重大な働きをするとは、其の時は夢にも思ってもいなかったが、これも又幸運と言うべきものなのか、皆さんには自分の古時計を写真に撮り、後の証拠として保管されることをお勧めします。
 
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2019年10月01日

小物入れ

      便利です
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 古時計を持っていると、必然的に必要な物は部品、特にビス関係のこまかい物が必要、小さなビスが無いばかりに失敗する事も多く、その部品を集めるのに、これまた必死。
 兎に角古時計を所有していると、トラブルは日常茶飯事、何時壊れるか分からないし、部品が無くなってしまう事も、そんな時の為に小さなビスとか部品を集めている。
 集めた部品は自分の分かる範囲において置かないと、イザ必要なときに慌てて探す事に、しかしそのような時ほど見つからない事がしばしば、そんな時はイライラして修理どころではない。
 結局その日は修理できずに部品探しに明け暮れ、とどのつまり修理も出来ずにイライラが募るが、こんな時の為に必要な小物入れを何時も探している。

 必要な時に探しても見つからないから、普段からアンティークショップに行くと、必ずや小物入れを探す事SANY0401.JPGにしているが、之が又丁度良い物が少ない。
 前にも飲料水メーカーのブリキの景品を集めたが、それだけでは到底足らないから、今尚小物入れは探索の最中、いい物が見つかれば直ぐに買い求めている。
 之も私の拘りなのかも知れないが、プラスチックの入れ物では良くないので、アンティークな物が良く、他の人は入れ物なんて幾らでも有、ホームセンターに行けば沢山有ると言うが。
 其処が又私の拘り、中々自分好みの物が欲しいもの無く、写真の入れ物は大正時代の化粧品入れ、アールデコのガラスで出来た入れ物、キャップが付いており、小物入れにはピッタリ。
 大正昭和の化粧品、乳白色のガラスのクリーム入れであるが、之が又使い勝手が良いのでアンティークショップで見つけ買い求めたが、店主「こんな物、戸田さん何に使うの」と怪訝な顔、「こんな物まで集めているの」と手厳しいが、部品入れと説明すれば直ぐに納得。
 このような小物入れが沢山有れば、小さなビスや小さな部品もしまって置くのに便利、暇な時にじっくりと探して、使いやすそうな物を色々と集めている。
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