2019年10月16日

木曽節

    中仙道の中間

 中仙道の真ん中の宿場「木曾福島宿」SANY0874.JPG、この地は昔から要害の地として有名なところ、前後に山を配し真ん中に木曽川が流れ、砦としては最高の地。
 五街道が整備され此の福島宿に四大関所の1つ、「福島関所」が置かれ箱根の関所同様に「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まった所、その後尾張潘の御用地として300年管理されてきた土地でもある。
 古くは木曽氏の統括地であり、源氏の総大将木曽義仲の支配地であったが、その後も木曽氏により領土化され、江戸時代には尾張潘が統括した歴史を持つ土地。
 あの木曽踊り発祥の地でもあり、この地の木曽氏が木曽義仲の菩提寺を復興、その時霊祭に武者踊りとして踊られたのが始まりと云われ、その後改良されて全国に広まった。
 盆踊りには「正調木曽節」があちらこちらから聞こえ、最も賑やかな時を迎えるが、冬は厳しい寒さで凍りつく地、町並みは所々に旧木曽街道の面影を残している所もある。

 その木曾福島宿の真ん中に、蕎麦処「くるまや」があり、私せんぼん.jpgは50年来通っている蕎麦屋、昔の佇まいを残した店は余り広くなく、良く並んで蕎麦を食べた思い出の蕎麦屋でもある。
 300有余尾張潘御用を勤めた蕎麦屋で格式も高いが、昔ながらの蕎麦が現在も食べれ、遠くから此の蕎麦を食べに来る客が店の前で待つ風景は今も変わらない。
 店の横に木曽川が流れ、そばを食べながら木曽川の眺めを愉しんだ、昔の旅人が目に浮かんでくるような蕎麦屋、その前の細い道を登れば福島の関所に出られる。
 千本格子の向うに旧街道木曽路が見え、街道を行くたび人が歩いてゆく姿が見えるような雰囲気である。

 「 木曽へなぁー  なかのりさん  木曽へ木曽へと  ナンチャラホイ   風ふくしまの ヨイヨイヨイ  夏はなぁー  なかのりんさ  夏はよいとこ  ナンチャラホイ  住みよかろ  ヨイヨイヨイ 」 

  これが正調木曽節で、現在歌われているものと少し違い、哀愁を帯びた節回しと文句、如何にも武者踊りらしい木曽節、木曽義仲を弔うための歌とも言われているが、定かでない様だが歌の中でも歌われているのは確かな事のようだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記