2019年10月21日

人其々

   磨かない

 古時計愛好家には色々なタイプの人がいて、観察していると実に面白いもの、人のことは言えないが変わった人が多いようだと思う。SANY1273.JPG
 自分の事はさて置いて、愛好家の人を見ていると実に色々な人に出くわし、こちらがビックリする人も多く、「何だこの人は」と時々驚かされる。
 勿論本人は分かっておらず、接している人が感じる事だが、やっぱり変わった人が多いと、それが個性かも知れないが本人は知らない。
 そんな事を言っている自分の方が変わっているのだと人は言う、あの人に比べれば自分はごく普通の人物だと思っているのだが、人はやはり違う評価をしている様だ。
 古時計愛好家の中には手に入れた古時計をピカピカに磨く人、文字盤も汚くなったものは張替、傷がある所はペイントしてきれいにする、そんな人も多い。
 以前は私もその様にしていたが、明治村で時計展を開催する時、綺麗な古時計が良いだろうと思い、ピカピカの古時計を持参したが、意外や意外学芸員から「戸田さんこれは展示出来ない」と言われ、こちらがビックリ、「何故ですか」と問いただすと、あまり手が入り過ぎており宜しくないと言うのだ。
 自分では選りすぐりの綺麗なものを選別して持って行ったのに、ダメ出しを食らい意気消沈、納得が行かずに再度聞いてみた。

 学芸員の人の言うのには古時計は時代を経て来たもの、当然の事傷も出来るだろうし、文字盤も汚れるもの、しかし綺麗にする為新しいものに張り替えたり、塗ったりして台無しになったしまい時代が損なわれてしまうからと言うのだ。
 出て来た時のまま、汚れだけを落とす以外は手を入れない事、もとの儘が良いのだと言う、それ以来私の手に入れる古時計は出てきたまま、時には埃もそのままの状態にしてある。
 知らない人は戸田さんの所の時計は汚い、他の人の時計は綺麗にしてあるのに、ここの古時計は汚く見栄えが良くないのだと言う、確かにその通り見栄えは良くない。
 しかし、他の人のを良く見ると真鍮部分をピカピカに磨いたもの、傷は塗りなおして、文字盤は張り替えてあり、綺麗なもの、それの好きな人も多いのだ。
 人それぞれで楽しんでいるのも良い、ピカピカに磨くのも良い、しかし博物館で展示するにはそぐわないと言う、しかしそれもまた人其々で史料価値はなくとも綺麗が好きであると言う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記