2019年11月10日

地豆

   茹でない
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 友人が送ってくれた地豆、つまり落花生、友人は茹でて食べろと言っていたが、茹でるまでの下処理が大変であった。
 自分では生の落花生を見た事はなく、食べれる状態ものしか見ていなくて、それを自分で茹でて食べろと言われても、「はいそうですか」とは行かない。
 砂が一杯付いているものなので洗わないといけないが、土が簡単に落ちないので何回も洗い、それをまた日に干さないといけない。
 簡単に行くと思っていたのに結果は大変、洗って、干して、皮をむいて、それから火で炒らなければ食べれないのだ。
 友人は茹でて食べればと言うが、落花生の柔らかいものは好きでないので、やはり炒らないとな食べたくないのだ。
 茹でて食べればと言っていた友人、彼も実は火で炒ったものが好きらしく、人には茹でて食べろと、彼曰く、この種類は茹でて食べた方が旨いらしい。

 だから私には茹でて食べろと言ったSANY1372.JPGらしく、それがこの落花生の食べ方、しかし落花生の柔らかいものは感触が良くない。
 口に入れてカリット砕けないと落花生ではないと思っているから、茹でたものはグニャト歯ざわり、これがダメなので火で炒らないと。
 本来は茹でた方が良いらしいが、好きな食べ方で食べた方が旨いと思う、そんな事で今回は炒ることに、フライパンで落花生をジックリと炒る事にした。
 皮をむくのも大変であったが、炒る事もそんなに楽な事ではなく、フライパンでじっくりと炒る、しかしこれがまた大変な作業、やっぱり食べ物は時間がかかり、簡単に食べれはしない事を改めて感じたもの、楽して食べれないと肝に命じた。
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2019年11月09日

やっと秋

   今年は遅い

 四季がハッキリしている国日本、春、夏、秋、冬と四季SANY1389.JPGがキッチリと訪れ、寒暖の差が確実に分かれている。
 世界でも珍しい四季が分かれている国、そんな国であったが最近は少し変化が出て来て、寒暖差が少なくなった様、温暖化の影響か。
 夏は暑くて長くなっており、春と秋が短くなった様、確実に変化をきたしている証拠、今までにないはやさで温暖化が進んでいる。
 今年の台風は過去にない位大きくなっており、勢力も想像以上の強さ、風力に至っては70メートルと言う異常な強さ。
 過去の台風の勢力より遥かに強く、風と共に雨も又異常に強く、記録的なふり方をしているが、これも今までにない。
 そんな無いないずくし、過去に経験したことのない事ばかり、令和に入って災害続き、何でこんな風になってしまったのか。
 これも温暖化のせい、地球がおかしくなった証拠、まだまだ続くようで世界的に気候変SANY1383.JPG動が起きている事は確かなようだ。

 我が家の小さな庭に菊を植えているが、今年は夏の暑さで瀕死の状態、ダメかと思っていたが雑草の如く生き返ったようで、何時もなら綺麗な花を咲かせている筈が、今年はやっと咲いた。
 仏壇に供えるために植えた菊、観賞用の菊ならばもっと良い菊を植えるのだが、日持ちがして、尚且つ丈夫で長持ちのする菊を植えた。
 去年まではそれに答えて早くから咲いていたのだが、今年はやっと咲き始め、夏が暑かったせいで菊も弱っていたのだと思う。
 それにしても今年の気候はおかしいと思え、この菊これから例年のように咲いてくれるものなのか、心配でもある。
 何時もなら仏壇の花に困らなかったから、それが今年は心配、必要な時に咲いていてくれるものなのか、先が思いやられる。

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2019年11月08日

裏 話

    どちらもどちら

 SANY4834.JPG古時計愛好家は兎に角まめで、それには2つのタイプがあると思うが、自分がどちらなのかは別として、愛好家を観察していると面白い結果に。
 古時計愛好家と言っても幅が広くて、ウオッチ派かクロック派かに分かれると思う、その中のクロック派でも又別れ、置時計と掛時計に分かれる。
 ウオッチ派も腕時計と懐中時計に別れ、やっぱり好き好きで分かれてしまうが、時計を好きな事は変わりが無く、ただどちらに属するかである。
 古時計と言っても千差万別、色々な人が色々な物を集めているから、それを定義付けは出来ないが、するとすればウオッチかクロックかである。
 最近の若い人はウオッチ派が多く、クロック派は少ないと言われるが、果たしてそうであろうかと思いつつ、今のところは確かにそれもあるなと感じているこの頃。

 つまり若者はウオッチ、年配者はクロックとに別れているような気がしいて来たのは確か、その上掛時計はいまいち人気薄、それは値段が高くなってしまったから。
 しかし現在は景気が悪く値段も最低の状況だから、この機会に掛時計を収集する事をお勧めするが、若い人に興味を持ってもらわないといけない。
 腕時計は使用が可能で毎日でも付けられ、実用的であることが若者に受ける原因、しかし掛時計は毎日付けられないし、持ち運びも出来ない。SANY5054.JPG
 こんな所も若者に敬遠される要因でもあり、そのハンディーは避けて通れないが、掛時計には別の楽しみ方もあるから、それをアピールする事も必要。
 インテリアとしては最適なもの、古時計が1つあるだけで雰囲気がガラリと変わる、そんな楽しみ方もして欲しいものだ、殺風景な部屋に憩いを齎してくれる。
 こんな風に若者を誘っていても仕方がないと言うやからが、「何で掛時計なのか、俺は置時計を勧める」と異議を名乗り出るのだ。

 確かにその通り、置時計派と掛時計派に分かれていったけと思い出し、彼らは彼らで此方が良いと思っているから、やっぱりこの世界は幅が広い。
 しかし若者は腕時計だけに興味があるわけでもないと確信したのが、古時計の展示会場でのこと、若い人がインテリアとして古時計を求めたいと。
 しかしそれは若い女性たち、若い女性の中には古時計をインテリアとして見ているから、時代やメーカーは関係なし、部屋に合う時計を求めているのだ。
 そんな彼女たちは四ツ丸ダルマが人気の様、それも大きいものではなく小さな時計が、その上程度の良いものを好むのだ。
 
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2019年11月07日

落花生

   茹でて食べろ

 友人から電話で「地豆は食べるのか」とSANY1347.JPG言って来たが、地豆と云われても何のことか分からず、何だ地豆とはと聞き直す。
 電話の向こうで知らないのかと、しかし地豆とは何の豆なのか分からず、そんな豆は食べた事が無いと言うと、地豆を知らないのかと言う。
 知らないから聞いていると、茹でて食べたら旨いぞと言う、めんどくさいから送ってくれと頼んで電話を切ってしまった。
 翌日我が家に段ボールが届き、中をあけて驚いた、そこには堀たての落花生がビッシリと入っており、段ボールに洗ってから食べろと書いてある。
 彼奴らしい書き方だと思いつつ段ボールから落花生を取り出し、書いてある通り洗う事にしたが、砂が全体にビッシリとついており、触っただけでボロボロと砂が落ちる。
 めんどくさがりの奴は掘りたてのものを段ボールに入れて送って来たが、大量の落花生を洗うしかない、仕方なく外で洗う事にした。

 今まで落花生の土の付いたものを見た事はなSANY1348.JPGく、奴の言う地豆は土だらけ、外で何度か洗い、しつこい泥状の土を取った。
 何時も食べている落花生は火をとうしてあるもの、直ぐに食べれるものであるが、この落花生は生のままだ。
 生のままの落花生は見た事もなく、その上自分で洗って処理しなければならないものは初めて、逆に新鮮さを感じた。
 それにしても奴の言う地豆は手間のかかるものだと、今までは簡単に食べていたが、やはり食べ物は簡単には食べれないものだと痛感した。
 我々の口に入るまで生産者は苦労して食べれるようにしていると、直に考える事が出来、食べ物の有難さを知る事が出来た地豆、それにしても地豆とは分かり辛く、落花生と言えばよいのに、奴の言う地豆、生産者らしいのかも知れない。
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2019年11月06日

ラーメン

   国民食

SANY0647.JPG 日本人にとってラーメンとカレーライスは国民食と言って良いもの、誰しも好きな食べ物、老若男女問わず好きであると言って良い。
 ラーメンと言えば中国の食べ物と思っている人、大抵の人は中国より伝わってきた食べ物と思っているが、日本発祥の食べ物だ。
 勿論中国の食べ物をヒントにしたものに違いはないが、中国のものとは全く違うもの、日本で出来た食べものと言って良い。
 ラーメン発祥と言えば北海道との事、1884年に函館の養和軒が南京面と言う名で塩ラーメンを販売して好評を博したと言われ、これが一番古い記録である。
 レシピ等が残っておらず、どんなものであったかは分からないと言う、その後東京の来々軒が1910年に中国人の職にが作る醤油味のラーメンを販売、これが現在のラーメンに近いものであった。
 この来々軒のラーメンが醤油を主体として日本人の口に合うように工夫されたことで、志那そばとして庶民に普及したと言われている。

 その後東京全体に広がり、正油ラーメンはうどんや蕎麦と同SANY0656.JPG格に近い存在となって行き、全国的に広がって行くことになるが、戦後各地で来々軒とは違ったラーメンが登場、函館、佐野、横浜、尾道、福岡、熊本など全国的に広がると共に、ご当地ラーメンが登場する。
 呼び名も様々、支那そば、中華そば、南京そば、などと呼ばれていたが、次第にラーメンと呼ばれるようになり、全国にラーメンと言う呼び名が普及する。
 現在ではラーメンと言っても種類は多く、塩、醤油、豚骨、鶏がら、魚介などの出汁があり、それぞれに各地で発達を遂げ、ご当地ラーメンが主流となった様、各地のラーメン花盛りである。
 私の好きなラーメンと言えば岐阜多治見にある「大石屋」、ここのラーメンが好きで昔から通っている所、店はそんなに大きくなく20席位の店、しかし人気が高くて昼には行列のできる店、駐車場も小さくて路地を入った所、はじめての人には探し辛い店でもある。
 ここのラーメンはチャーシュウが分厚く美味しいので有名、これ目当ての人も多いと聞く、しかし私はスープの味が好きで若い時から通っている。
 最近は時代に合わせて少し醤油の味が薄くなったよう、これも時代の流れなのか、塩分控えめだが昔の味の方が私は好きである。


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2019年11月05日

記念品

    それぞれに

SANY7145.JPG  誰しも思い出の品はあるもので、私も数多くの思い出の品があるが、一つ一つ今でも直ぐに頭の中に浮かんで来るのだ。
 そのものは苦労して手に入れたものであると言う事だと思うもの、簡単に手に入った物ではないものだからこそ思いで深いものだ。
 簡単に手に入っていたなら、これほど印象深いものにはならないから、苦労した甲斐があればこその記念品とも言える。
 それが高価な物ではなく、自分として欲しいと思ったもの、だから宝物と言っても過言でないと自負しているが、人から見れば何でこんなものにと言う人も、確かにその通りかも知れないが、私にとってはヤッパリ大切なものだ。

 一つ目は東京オリンピックのポスター、学生時代オリンピックが開催され、オリンピックの公式ポスターが気に入り、近くの電気店に貼られているものに眼を付ける。
 店主に交渉したが断られ、幾度となく通ったが断られてばかりだったが、遂に店主も折れて手に入れたものだ、千歳船橋の駅近くの電気店であった事を、今でも忘れられないが、あの店は今どうなったのか気になるところSANY2481.JPGだ。
 二つ目はトヨタの2000GTの置物、これを見つけたのはトヨタの販売店、しかし売り物ではないと断られ、あちこちのトヨタの店を回ったが手に入らなかった。
 得意先にプレゼントするもので、我々みたいな者に提供してくれなかったので、結局これも苦労して手に入れたもの、それも10年も経ってから、自分がトヨタの車を買う時にセールスに懇願して手に入れられたもの、時間がかかったが、やっと手に入れた品。
 2つのものは非常に印象深いものばかりで、苦労して手に入れたものだけに、愛着も一番強いものとなった品。
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2019年11月04日

和時計の暦

    仕組みは簡単
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 和時計、世界に類を見ないと言われる和時計、モデルは勿論西洋時計、だがそこから工夫して日本独自の時計を造り出す。
 写真の和時計は復元した新しいもの、現代版の和時計。
 和時計とは日本の暦に合わせて造り上げられた時計、どの様にして西洋の時計を日本の暦に合わせた技術を得たのか不明である。
 津田助左衛門が独自で考え出したのか、それとも誰かの考えたものか、今では分からないが、暦にあわせて行く。
 そして時代と共に和時計は進歩して行き、中期頃になると暦が付けられて来る様になるのだが、やはり幕末のものが一番で人気が良い。
 良く和時計は進歩が乏しいと言われ、いわば進歩がないとも言われているが、決してそのような事はない。SANY1610.JPG
 確かに機構的には初期も中期もそんなに変わっていないが、大きな進歩でなく、小さな進歩はあったもの。
 時計全面の上部か、それとも下の部分に磨が組み込まれ、子、丑、寅、卯と十二支が刻まれており、この形式も後まで変化は少ない。
 部品は二つの別れており、一つ一つが独立したもの、それを動かすのは主軸に付いている歯車とピンである。

 文字盤の歯車に爪が付いており、主軸が回転すると当然文字盤が回転し、一回転する毎に磨の歯車を爪で回転させる。
 写真三つ目のものに二つの歯車が映っていSANY1635.JPGるが歯車はギザギザな形をしているのが分かるだろうか、その刻みと文字盤の爪とが連動しているのだ。
 つまり文字盤が一回転する毎に磨の爪をひっかけて回転させるもの、仕掛けは簡単な事であるが、確実に回転させられるのだ。
 左右の暦の歯車は、そのような仕組みで一日一回転する事に、一つの爪で二つの歯車を回転させ、進む仕組みである。
 外からはこれらの仕組みは見えないので、よほど精巧で複雑な機構であると思っている人も多いが、意外と簡単なものだ。
 中期頃より幕末まで、高級な和時計には目覚ましと磨は付き物のようにして付けられ、和時計を豪華に見せる事になる。
































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2019年11月03日

うどんや

    如何しても欲しい
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 大分前になるが名古屋のうどん屋の壁に古時計が掛けてあったので、その時計を見せてもらうためにその店に行くことに。
 友人がこのうどん屋のうどんが美味しいと、そして古時計も有ったと言うので、店を探して出かけたのであったが、別に大したうどんでもなかった。
 普通のうどんであったが、彼は値段が安いのと素早く出てくるので、其れが気に入っていたらしく、味は普通のうどんで探してまで食べに行くところではなかった。
 その店には6台の古時計が掛けてあり、昭和の時計が2つと明治の時計が4つ、壁に架かっていたが、その中の1つ明治の時計に目が行く。
 張四ツダルマの程度は良く無いもの、あちらこちらで見かける普通の古時計、うどんを食べているときは単なる達磨だと思っていた。
 何気なしに店の主人に何処で買ったのかと尋ねてみたら、人に貰った時計だというので、「時計を見ても良いのか」と尋ねてみた。

 そんな時計でよければ見てもらっても構わないと、うどんを食べてからゆっくりと時計を見る事に、振り子室の扉を開けて見た、すると名古屋で製造された「安井時計」の文字が飛び込んできたSANY0457.JPGのだ、この時計は私も以前から探していた時計で欲しい時計の1つでもあった。
 しかし、今来て直ぐに譲って欲しいと言っても今日始めて、此処は友人に頼むしかないと思い、その日は時計を見ただけで帰ってきた。
 どうせダメだろうけど友人に連絡、「ダメで元々、あの時計を手に入れてきてくれ」と言えば、友人「あんな時計が欲しいのか、俺に任せとけ」と軽い言葉、心配だが任せないと仕方がない。
  後日友人がそのうどん屋に赴き、安井時計を手に入れてきてくれたので、友人に向け「たまには役に立つこともあるのだ」というと、得意げに「当たり前だわしだってやる時はやるのだ」と。
 まさかあっさりと古時計を貰ってくるとは意外、そんなにあの店と仲が良かったのかと思いつつ感謝。
 それにしても安井時計はある様でない時計、私も長年探してきたが私自身で見たのは2台しか見ておらず、この時計には縁がなかったのだ。
 程度は余り良くないが参考資料としての価値はあり、名古屋の時計史の資料としては貴重なものと思うが、人には単なる張四つダルマだと言う、其れはそれで良い。
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2019年11月02日

玩具の鍵

   あるようで無い

 古時計SANY0693.JPGの鍵、愛好家なら古時計の鍵が重要である事は充分認識していると思うが、オリジナルの鍵となると中々少なく、悩みのたねともなる事に。
 誰しも古時計にあった鍵が欲しいもの、特に数少ない古時計であれば尚更の事、先日も蛎殻町製造の鍵が欲しいと会員さんからの電話、しかしオリジナルとなると中々出てこないもの。
 ましてや蛎殻町の鍵となると手に入らず、誰しも欲しいカギの一つであるから尚更手に入らない事に、探しても見つからないのだ。
 数少ない古時計の鍵を探している人も多いから、出れば出たで競争になること必定、私もその一人で古時計かなくとも鍵だけでも手に入れたいものだ。
 そんな人が居るからなおさらの事、手に入れるのも至難の業、鍵一つで苦労する事になるが、これも愛好家の楽しみとも言えよう。
 ないものねだりの古時計愛好家だからこその現象、単なるカギだが、単なるカギではない、愛好家にとっては宝探しに等しいものだ。

 そんな事で鍵は大切なものであることを分かっSANY0700.JPGた上での話、玩具時計の鍵も中々ないもので、鍵が付いて出て来る事は珍しい、何故かと言えば玩具時計は鍵を入れる場所が無いからだ。
 特に振り子室のない玩具時計は大抵は鍵が付いていなくて、愛好家が頭を悩ませるものの一つ、別に大した鍵ではないが、これも中々出ないものだ。
 時代的には新しくて直ぐに出てきそうだが、それが探すとなると中々ないもので、時計は手に入れたが鍵が無いと言う人も多い。
 たまに出て来た時に喜んで買っては見たが、自分の持っている時計と鍵穴が合わない事もあり、出たは出たでまた悩むことになる。
 それ位鍵と大事なもの、鍵が無ければ折角手に入れても動かせない、愛好家はイライラすること必定、鍵の有難味がしみじみと分かる時だ、上の写真下の方に写っている鍵が普通の鍵。
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2019年11月01日

小さな思い出

    毎年の京都
 
 子供がまだ小さかった頃、毎年年の暮れは京都に行く事にしていたが、今は行DSCN1647.JPGかなくなってしまった。
 京都で正月を迎えるのを楽しみにしており、子供たちも喜んでいたと思う、毎年嵐山の民宿に泊まっていた。
 天竜寺の近くの民宿であったが、いかにも京都と言える家の造り、京都に来たと言う実感があったものだ。
 近くには山陰線の線路があり、時折汽車が通り過ぎて行く音が聞こえて来るところ、風情が一杯の宿であった。
 建物も古くて時代がかかったもの、玄関も京都らしい造りの立派なもので、ここが民宿かとはじめは思った。
 確か上の娘が小学校一年生で下の娘が幼稚園であった時が、初めてここに泊まったもので、それから気に入って良く泊まったのだ。
 値段も安かったので毎年予約をして、正月に行く事にしていたが、違った所にも泊まりたいと家族が言い出したので、他に移った。
 私はここの民宿が気に入っていたが、家族が他に行きたいと言うので渋々ここを後にしたが、今でも行きたいと思っているが、そんな京都での正月、除夜の鐘を聞きに知恩院に出かけるのも儀式みたいに行っていた。

 私の拘りであるから、娘たちは理解していないようで、神社ばかりお参DSCN1649.JPGりするのは不思議な感じであったようだ。
 しかし清水寺の帰り道、さんねん坂で土産物を買うのが楽しみ、これを目当てに京都に来た感じだ。
 行きの清水寺までは余り足も速くなく、嫌々歩く感じであったが、帰りの道では足早になっているのだ。
 勿論目的があっての事、さんねん坂にある土産物屋に寄る事、ここが彼女たちのお目当てがある所。
 最初に来た時にここで土産を買ってから、毎年ここに来るのが楽しみとなったようだ。
 この店は極小の玩具がある店、色々な郷土玩具らしきものがあり、面白い店であったから、好きな物が多くあったのか、それ以来この店に行き、自分の好きな物を買うのが楽しみで、京都に来ている様なもの。
 はじめて買い込んだものが写真のこけし、日本一小さいこけし、米粒にこけしが刻まれ、日本一小さいと言われているもの、これを見るとあの時の京都の事が思い出され、懐かしく昔の事が返ってくるような、そんな思いになる。

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