2019年12月12日

鬼門

   風水開運SANY7693.JPG
 我が家の鬼門は北東、昔から鬼門から邪気が入ると言われ、以来北東は鬼門の方角、邪気が入らない様にお祓いをするのが習わし。
 日本人は古来より風水や陰陽道に従い色々な災いごとが入らない様にお祓いをして来た民族と言われているが、もともとは中国より渡来の風習とも言われる。
 鬼門には表鬼門と裏鬼門とがあり、北東の反対に南西の方角がそれにあたるらしい。
 その為に鬼門には玄関やトイレなどを作らない様にする事らしいが、住宅事情によりどうしてもそこに水回りが来ることがある。

 特に日本では土地が狭く、現代の住宅事情SANY7700.JPGでは中々避けられないもので、鬼門に玄関が来ることになり、そんな折には魔除けとしてお札を張り、邪気が入らない様にお祓いをするのも日本人らしい。
 そもそも鬼門とは陰陽道から来ているらしく、京都では平安時代には盛んに陰陽道により鬼門にはお寺や神社を置き、邪気が入らない様にしていた。
 現在の京都でも鬼門は避けて家を建築しているとの事、我が家も鬼門にトイレがあり、あまり良くないからお札を張って邪気を払っている。
 そんな折に友人が魔除けとして鬼の面を持って来てくれ、玄関においておけば邪気が入らないようになると言うので、玄関にドッカリと鎮座している。
 有難い事に友人は我が家の事を考えてくれ、わざわざ自分で造り上げたと言う、力作が現在邪気を払ってくれている。

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2019年12月11日

磁器製ロボット

   ある訳ない
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 ずいぶん前に書いたロボットの記事、自分でも忘れていたのだが質問を受けて思い出すことに、それは思いもよらぬ質問だ。
 何故かと言えば磁器製のロボットなどある筈がないとの指摘、意外な質問なのでこちらが驚くことに、何故質問されたか不思議だから。
 私自身当たり前とらえていたものが何故と疑問を持たれた事、当たり前と思っているから何故と、そんな事で前の記事を見てみた。
 確かに自分の書いた記事だからブログにあがってはいるが、記事が多くて記憶が曖昧、その上否定されると何故否定されるものなのか分からないのだ。
 逆に質問された方は当たり前に質問されているから、それに答えないと、そんな思いで前の記事を再度読んでみると、磁器のロボットが動くはずないとの質問だ。
 確かに磁器製のロボットが動く筈ないと思っても仕方がないので、実際にどのように動くのか説明する必要があると思った。

 質問者は磁器製のロボットがブリキの玩具同様に歩くもSANY0609.JPGのだと思われている事、前の記事では歩くとは書いていないものだが誤解を生んだよう。
 読者にしてみれば動くと聞けば歩くものと思われても仕方なく、こちらの説明不足でと思い、改めてどの様に動くものなのか説明しなくては。
 このロボット、手は前後に動き、頭も左右に動くが、歩いたりはしなくて本体は不動で、手と頭がゆっくり動くだけの事、歩いたりはしない。
 機構的には足で動く事も出来そう、今はその仕組みは付いていないもの、只付けることは可能だと思うが、やってみないと何とも言えない。
 理論的にはそんなに難しくはないが、コスト面でどうかとの疑問があり、値段が高くなり販売しても買い手が付くかどうかは疑問。
 そんな事で頭と手だけ動くようになっていると推測させるが、真意は分からないし、高くても売れるかもしれない。
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2019年12月10日

受け継ぐ物

   古くはあるが
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 親父が亡くなって久しい、色々な物を受け継いだが、身につける物も少なくない、その中の1つにカフスがあり、種類も色々と、母親と使える物を選んで家に持ち帰ったが、妻は時代が違うから使うのは難しいのではと言う、しかし私はそんな事は思わない。
 確かに親父の物は大正時代の物が多く、昭和初期のものもあったが、時代が幾ら変わっても良い物は何時まで経っても良い、だから何時でも使えると思う。
 もちろん流行の先端と比較すれば、あきらかに時代遅れ、しかしアンティークのカフスとしてみれば、当たり前の物だ、時代がいい味を出している、最近はカフスをする人が少なくなっているようで、余り見かけなくなったが、我々はカフスをこよなく愛する人物、カフスで自己主張をしているのだ。
 若い人たちは面倒でカフスを余りやらないとの事、たしかにはめるのはに少しSANY1170.JPG時間がいるが、そんなにたいしているもので無いもの、それが面倒だと言う事か。
 自己主張するなら是非とも袖元をハッキリさせ、自分なりの主張をして欲しいものだと思うが、そんな所よりモット主張できるところがあるのか。

 それはさて置きこのカフス、2つは銀製の物、1つはオニキスの入った細かな細工がされた物、このカフスが一番手の込んだ物と思う。
 たぶん親父もこのカフスを気に入っていたようで、ケースの中にしまってあったものだから、余程気に入っていたらしく、アンティークな香りがする。
 何時の時代の物かは知らないが、おそらく若いときの物ではないとか思うが、はたして私の推測があっているのか、もう1つのカフスも銀製のシンプルな物だ。
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  このカフスはどんな時にも合う、何時でも使える便利なカフス、自己主張も控えめな姿のカフス、ただ銀製のカフス使わないと直ぐに黒くなる。
 銀製品の悪いところであり、嫌いな人も多いと聞く、だから金のカフスの方が扱いやすいと、確かにそうだが銀には銀の良いところがある。
 あとの2つはガラスと鼈甲、最近は滅多に見ない鼈甲であるが、昔は流行った物の1つ、鼈甲は優しいカフスのようだと思うが、これも好き好き。
 そしてもう1つがガラス、ガラスと思うが水晶かもしれないが、このカフスは昔親父が夏にしていた事を思い出す、だから夏用に使用した物なのか。
 沢山あったカフスの中から選んだ物、これからも長く使えると思うし、親父の形見だと思い、大事に使って行きたいものだ、これからも手入れしなければいけない。











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2019年12月09日

今年の紅葉

    晩秋から初冬

3g.jpg 秋が通り過ぎて行き冬到来であるが、まだ秋の名残を見ることが出来、行く秋を惜しむ姿が見受けられ、其れを探して見学をしている人がいる。
 その人たちは、何処の紅葉が早く色好き、そして美しいものかなのかも良く知っていて、好きな物同士その景色を愛でているから、兎に角良い場所を知っているのだ。
 もう紅葉は時期を過ぎてしまったと思っていたら、「まだまだ今盛りの紅葉はあちらこちらにあります」と教えられ、遠くの所は敬遠して近くのところを教えてもらった。
 教えてもらったのは何時も行く瀬戸市内の公園、私の頭の中では既にそこの紅葉は見所を過ぎ、枯葉の状態であると思っていた。
 しかし、話を聞けば今が最高に美しいとの情報、確かにその場所は日当たりが良く、暖かい場所であるから紅葉も遅いのか、今が見所といわれてもピンと来ない。

 その上、満天星つつじの紅葉と同時に見えるとの事、言われてみればそうで満天星は垣根としてあった事は知っていたが、それと紅葉と同じ時期に紅葉するとは思ってもいなかった事、誘われて見に行き改めて納得したものだ。
 普段何気なしに見ている風景、さして考えずに見ているのであるが、四季によって色が変化する事に気が回らなかった。
 身近な見慣れたところにも思わぬ景色が存在することを改めて感じ、忙しさにツイツイ忘れてしまう四季の移ろい、現代人にありがちな自然を観察する心のゆとり、家庭と職場の往復ばかりの毎日、そんな習慣に慣れてしまい、自然に接する機会を避けていた現実。
 今一度身近なところにも、心の洗濯が出来ることに気が付く次第、やはり我々は自然の中で生かされている事を実感した日でもあった。
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2019年12月08日

水滴のいろいろ

    カラフ

 SANY5968.JPG明治期に製造された尾張瀬戸の水滴、文明開化の象徴西洋時計を模写、今までに無い水滴を作り出した瀬戸、時代の最先端を行く。
 この水滴は古来より製造されてきたもの、様々な種類のものが製造され、使われてきたが素材もまた色々なもので製造されても来た。
 大きなものではないが、必需品として何時の時代でも使われ、又親しまれてきたものの時代時代の流行もあり、世相を反映した物とも言える。
 元々瀬戸の水滴は歴史が古く、鎌倉以前に遡り、猿投窯で焼かれていた様、中国より渡来の文化、中国で盛んに使われてきたものを輸入され日本に渡来。
 もっとも中国のものは当時高級品、日本で製造されるようになり、一般にも普及してゆく事となるが、其れも庶民の間ではない。
 この水滴が庶民の間でも使われるようになったのは江戸時代、この頃より盛に色々な種類の水滴が製造されたが、ヤッパリ流行があったようだ。

 今回の水滴、明治期に盛に製造された時計の形をして物、主SANY5979.JPGに瀬戸と伊万里が盛に製造したものだが、瀬戸の水滴はカラフルなものも製造した。
 明治期に製造された水滴は文明開化の流行もあり、派手なものが多く、他の産地のものも赤や緑を使ったものが流行り、形も色々だ。
 主流は磁器で製造されたもの、江戸時代までは陶器の物も多く製造されたが、明治期は磁器が幅を利かせ、カラフルになって行く。
 写真の水滴、カラフルな色が使われている事が分かるだろうか、緑、あか、黒、青、茶色、金色と多くの色が使用されている水滴。
 本来の時計は木製であり、いろとしては茶色が普通であるところ、実際のものとはかけ離れた色合いのものが製造された。
 これは新時代の西洋時計をデザインした際に、当時の職人たちの遊び心とも言うべきか、様々の色合いのものをデザインした。
 これは江戸時代にはなかった水滴の色、新しい時代に相応しい水滴を作り出し、当時の職人の腕を見せつけた水滴と言えよう。
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2019年12月07日

壊れて

   毎日だから
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 ブログをやり始めてから必需品としてデジカメが要る事になり、安くて使いやすいものをと探しに出かけたが、中々良いものは見つからない。
 良いデジカメを見つけたいと思ったが、これはと思うと値段が高くて、結果は見つけることが出来ず出戻ってしまったので、友人が「ネットで見つけろ」と言うのだ。
 確かにネットでは多くのデジカメが出ているから、自分に合ったものを選べ良いが、どれが良いのかやっぱり悩んでいた。
 すると友人「ただ写すだけのデジカメだろう」、何で悩むことがある、要るのだから早く買えば、そんな言葉に追い立てられた。
 確かに奴の言う通り単に時計を写すだけのも、何も悩むこともないと決め、買い込んだカメラは一年半持ったが、やはり写りが悪かった。
 2つ目のカメラは一応メーカー品のカメラ、色々な操作が付いており、始めのものより高かったものだが、やはり多くの機能は使わなかった。

 そんな訳で3台目のカメラは安くて使いやすDSCN1970.JPGいものに、するとそのカメラを見て友人が「お前安いカメラを使っているな」とひやかすのだ、安が使いやすいぞと答えたが帰って来た答えが「何でお前の写真はピントが合っていないか分かった」と言い出し、この安いカメラだからダメなんだと。
 確かに自分でも安いカメラだとは思っていたが、奴に言われると腹が立つ、しかし事実ピントが甘いと指摘はあったのだ。
 ブログで載せる写真、ピントがときどき甘くてハッキリしないものも、自分でも分かっていたので、カメラのせいかなと。
 しかし娘が「今時のカメラは誰でも取れるもの」安くても良い写真は撮れる、それに手振れ防止の装置が付いているバズだと言うのだ、そんなカメラも又使い過ぎで壊れてしまった。
 結局ブログをはじめて4台のカメラを壊したことになり、何で早く壊れるのか原因が分からないが、人は使い方が悪いからだと言うのだ、しかしカメラも消耗品だと思う。


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2019年12月06日

どれが珍品

   種類による
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 古時計愛好家からよく質問されるのが、どれが珍品時計かと言うこと、この質問が1番多いように思う、誰しも珍品時計は欲しいもの、
 そんな珍品時計の定義はと言う事だと思うが、珍品の定義等無いと思うし、珍品時計は個人によって違うものだとも思うので、一概に言えないと答える。
 つまり、その人が何を求めているものによって違う、それが製造メーカーなのか、形が珍しい物なのか、数が少ないものなのか、歴史的に重要か様々な要素によって分けられる。
 得てして、八角型の時計、同じ形なので何処が珍品時計なのかと聞かれるが、それは製造メーカが珍しいからなのだが、知らない人には単なる八角型だと思う。
 この種類の珍品時計は時計製造会社が珍しいか、その時計会社の製造した物が少ないことだが、現存数が少ないことなどの要素だから、八角型の形ではない。
 私の体験上から話をすると、単なる八角型の時計を展示会で展示、すSANY0122.JPGるとある業者がこんな話をして来た、「この時計と同じものを持って来れば高く買って貰えるか」と言う事だ。
 勿論、同じ時計であれば欲しいと伝えると、その業者「市場で幾らでも出るから、直ぐに持ってくる」といって帰ったが、そんなに簡単に見つかるものではないと思っていた。

 案の定、20年経った今でもその業者とはよく会うが、「あんな時計ある筈が無い、これだけ探しても見つからない」と今は非常に弱気、あたり前の事、40数年私が全国を探し回っても2台しか見つけられなかったのだから簡単に見つからない。
 それは例外の話だが、形が同じでもメーカーが違う、そして珍品といわれる物は数が少ないもの、多ければ珍品とはならないのだ。
 これは単なる八角の時計の話し、珍品となるにはそれなりの理由があり、史料的に重要でしかも数が極端に少ないものを指す、それゆえに珍品時計となるのだ。
 その一方、形が珍しい時計もまた珍品時計と言うが、この時計は相当数の数は存在している物、しかし愛好家から支持を多く受けている為、珍品時計となる。SANY0380.JPG
 当時、数は相当数製造されたものであるが、現存数が極めて少ないものを珍品と云い、数が少ないからやっぱり求める人が居る事が珍品時計とされてしまう。

 そもそも珍品時計とは珍しい時計の意味、時計の数が少ないとか、形が変わっているとか、製造メーカーが珍しいとかの要素を備えた時計がその様に呼ばれる筈。
 精工舎の姫ダルマみたいに、当初は数が少ないことから珍品時計と呼ばれたが、愛好家が数が多いことに気が付き、珍品時計から外させた例もある。
 この様に珍品時計は主観で決まることも、人によっては珍品時計の意味が違うものでも、定義は無いといえるが、その人が珍しいと思えば珍品時計だ。
 そんなものと思えば良いが、珍しく数の少ない時計はやっぱり珍品時計と呼ぶ、呼び方は違っても珍しいことに違いなければ珍品時計と言える。人によってその判断が分かれるのもこの問題である。







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2019年12月05日

今年の菊

   夏が暑かった
 今年も異常気象で色々と弊害が出ているが、その中SANY0197.JPGでも植物には変化が生じており、作物にも影響を及ぼしているようだ。
 生鮮食品は異常気象により出来が悪くて、全滅の状態のものも多いと聞く、やはり温暖化が影響している事は確かなようだ。
 我々の生活を徐々に脅かす地球温暖化、統計によると去年よりもひどくなっており、世界的に広がりを見せている。
 その上台風被害も相まって、より一層の被害拡大農家にとっては踏んだり蹴ったり、何処に捌け口を求めたら良いのか深刻な状況だ。
 例年なら我が家の菊も真っ盛りであるはずが、今年は勢いがなく、細々と生育している状態、これでは良い花も咲かないのは当たり前の事。
 夏の水不足で枯れた菊もあり、持ちこたえた菊も力なく咲いている状態、植物にも厳しい夏であったことは今の状態が物語っている。
 我が家のバラもそうであったが、去年は良く咲き、近所の人から欲しいと言われていたが、今年は全然咲いていないねと言われてしまった。SANY1389.JPG

 水不足で植物も体力がなく、例年のように咲く事が出来ないらしく、細々と生きながらえたと言った感じ、来年はこの様な状態では心配、バラなどは我が家が新築して以来共に生きて来た戦友みたいなもの、何とか持って欲しいものだと思っている。
 菊も又仏壇用に植えたものだから、その目的が今年は果たせなくて、買ってくる事になり、これも異常気象の影響が出ている。
 それにしても植物は正直、ハッキリと態度で示すから分かりやすく、花が咲かない事がそれを物語っている。
 菊だけではなく、本来はジンジャーもまたそれに当たり、何時もなら花が盛んな時期だが、蕾すら少なく、この先咲くか心配、当たり前のように咲くと思っていた植物が咲かないと、何だか拍子抜け気分である。
 何時ものように変わりなく咲いてくれることが一番、そんな簡単の事も出来なくなっている今の状態である、果たして温暖化は止まるものなのか、疑問で不安でもある。
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2019年12月04日

確認事項

   浜松ミーティング開催
 日時、12月8日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務
    053−465−3666
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 尚、オークションを開催します。
  日本古時計保存 事 務 局
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2019年12月03日

1ヶ月を切り

    早いものだ

 SANY3316.JPG月日の流れるのは早いもの、暑い暑いと騒いでいたのが昨日の様、気が付いてみれば12月に入っており、1年の経つのを早く感じる。
 これは私が歳を取った証拠であろうか、昔から月日の喩えを川の流れに喩えたものだが、「川の流れは絶えずして、然ももとの水にあらず」とか、絶え間なく流れるものだ。
 また、月日を旅人に喩えたものも、「月日は萬代の過客にして」などともの言う、今年の夏は暑かったからこそ、昨今の冷え込みは身にしみるものだが。
 絶え間なく流れて行く年月、終わりのない月日はこれからも次から次えとやって来るが、其れを迎える勇気が段々と減ってきているように感じる今日この頃。

 しかし、植物はそんな感情など微塵も持っていなくて、その場を如何に生き抜くかを必死で考えていると察するが、その証しを少し見たような気がした。SANY3317.JPG
 流石に12月風は冷たく吹き、植物の葉枝を揺らしてゆく、その寒い風に敢然と立ち向かうかのように、寒椿の蕾が大きくなっているのを発見。
 我家の小さな庭に新築当時に植えた寒椿、この所の寒さで目覚めたのか、蕾が大きくなりだし例年の状況に近づいたような気がするが、何時もよりは少し遅い。
 その反面、隣に植えてある南天が今年は出来が良く、例年だとまだ少し青くて、霜が降りたからより赤くなるはずだが、今年は既に赤色を増しだしたようだ。
 植物の性格によって其々なのか、しかし季節を確実に感じて例年の動きを、やはり人間と違って植物は粘り強く、自分の生き方を変えることはないようだ。
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2019年12月02日

どちらが好きか

      インテリア
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 前にも述べた話であるが、現在の部屋の雰囲気を何とかしたいが、とうしたら良いのか中々手が着かない方に、お金も余りかけたくないが、アンティークも欲しいと云う人。
 そんな悩みも解決するのは、そんなに難しくないもの、値段のはるアンティークランプ、ピンから切りまで色々な種類が存在し、当然の事値段も高くなる。
 そんな高いアンティークものを目指さなくても、雰囲気が出れば良いと云う人に、リプロダクションのランプシェードをお勧め、本物ではないが雰囲気は良いものが沢山ある。
 無理してアンティークのランプシェードを購入しなくても、リプロで良いものを安く買った方が、私はお勧めしたいと思う、リプロで最近は良い物が沢山出回っているから、其れを見つけること。
 ネットでも沢山出品されているから、其処で探すのも手であるが、ネットはディスクがあるから、出来れば直接店で見るのが1番良いが近くになければネットでも。
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 その時は、絶対と言って良いほど慎重に物を見る事が必要、写真が掲載されているから良く見て、直ぐに買わない事が先ず第一、リプロは数が多いから、1度見逃しても直ぐに又手に入れることは出来る。
 慎重に選ぶ事と、もう1つは値段であるが、その時によって同じ物でも値段がマチマチ、安いもので良いものを吟味して、やっぱり慎重に選ぶと良い。
 私も何度か失敗をしているから、直ぐに飛びつかない事が鉄則、そして後は好みの問題、和物にするか、洋物にするかは本人次第であるから何とも言えない。
 洋物でも和室にあうランプシェードも沢山あり、和室だから絶対に和物と決め付けないで、幾つか選択肢の中から選ぶと良い、リプロは案外値打ちな物が多い。
 洋物、和物どちらが良いのかはやっぱり本人次第、言えることはランプシェードを変えるだけで、部屋の雰囲気がガラリと変わる事だけは保障したい。
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2019年12月01日

麺めぐり

      蕎麦の中の蕎麦

おきなな.jpg これから新蕎麦の季節、少し緑色の掛かった新しい蕎麦、蕎麦通の人ならまちどうしいかぎり、待ちに待った蕎麦がたべられる時期となるから。
 その新蕎麦、一年を通じて蕎麦は食べられるが、やっぱりこの時期の蕎麦が1番、取立ての蕎麦の実を挽き、打ち立ての蕎麦を食するのが蕎麦の愛好家。
 蕎麦の愛好家は全国に多く、蕎麦なら何でも良い人から、国産の材料で打った蕎麦を求める人、地元の蕎麦しか食べない人、人其々に拘りがあるのも蕎麦。
 そしてもう1つが蕎麦の種類、十割蕎麦から六割蕎麦まで、また田舎蕎麦、藪蕎麦、更科蕎麦など色々な種類があり、これも人其々で好き好き。
 素朴の蕎麦から洗練された蕎麦までと様々な蕎麦を人は求めるもの、古くからの蕎麦は田舎蕎麦なのか、歴史的に見ると蕎麦は奥深いものになっているようだ。
 そんな蕎麦、私は「翁」の蕎麦に出会ってからは、ここの蕎麦が一番と思っているが、それは山梨の長坂「翁」、高橋邦弘氏の蕎麦を食べてからの事。
 其れ以来蕎麦は翁と決めたもの、しかし高橋氏は広島に移住、中々食べれなくなってしまったが、弟子がその味を継いでおり、其処に食べに行く。

 長野の豊科にその店はあり、「翁」の看板を掲げているから、もちろん高橋氏の弟子、「安曇野翁」がその店、長坂の翁と同じで、少し分かりずらい山間に、風情は長坂の翁と同じだ。
 国道に小さな看板しかなく、入り口を間違えると大変な事に、道が分かりずらく苦労する人も多いが、常連客は良く知っており、迷わず店にたどり着くようだ。おきな.jpgおきなあ.jpg
 この翁の主人、若月氏は師匠の味を忠実に伝える人物、中々食べれない高橋氏の蕎麦を、ここに行けば食べれ、私は良くこの店まで通う。
 以前に食べた高橋氏の蕎麦を、ここで出してくれるから、広島まで行かずに済んでいるかも知れないが、翁の蕎麦は翁の蕎麦であるに違いない。
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