2019年12月20日

羽子板

   女の子の厄除
 羽子板と言えば羽根つき、以前であればお正月SANY0464.JPGにはあちらこちらで羽根つきが盛んにおこなわれていたが、最近では見た事が無い、昔のお正月は羽根つきと凧揚げ、子供の遊びと言えば二大遊びと言えるもの、大概の子供はこれで遊んでいたものだ。
 特に女の子は羽子板をもって羽根つきで遊んでいたものだが、それが今では床の間で厄除けと成りすましている。
 以前の羽子板と現在の羽子板とでは別段に違いがあり、今の羽子板は豪華すぎるもの、これでは羽根つきは出来ない、出来ないと言うよりも、はじめから遊ぶものではなく女の子の厄除け、飾り物として造られた羽子板である。
 もとは中国渡来の遊びと言われており、平安時代に日本に渡来したと言われているもの、それが当初とはまったく違ったものになり、江戸時代には庶民の遊びとなったようだ。
 SANY0484.JPG
 そして武家社会で厄除けの飾り物として変化をし、破魔矢と羽子板が厄払いの品物に変化していったと言う事らしい、諸説あるが武家のこの様な儀式的なものを一般庶民も真似るようになり、縁起物として発達し、羽根つきをする羽子板とは区別して行ったと言う。
 勿論この時にも羽根突き遊び用の羽子板は存在しており、庶民の遊びとして行われ、現代まで受け継がれてきたが、片方の縁起物としての羽子板は江戸時代に豪華に発達し役者絵や娘ものが人気、特に役者絵は人気が高かった。
 浅草の浅草寺の羽子板市がそれの流れを汲んでいるもので、現代でも盛んに行われているが形態は変化している、何にしても今の羽子板は縁起物の羽子板が多く、羽根つき用のものは影を潜めている様だが、製造はされていると言う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記