2019年12月27日

今年最後

   自然薯

 我が家は自然薯が好きで暮れから正月にかけて食べるのが通SANY1749.JPG例となっているが、他の人に言わせると何で自然薯かと言うのだ。
 たしかに何故自然薯かと言うと我が家は親父の代から自然薯を食べて来たが、私も子供の頃から親父に教えられ自然薯の作り方を教わった。
 勿論自然の芋、親父と自然薯を山に取りにも行った事も多く、取って来たものは当然の事暮れから正月にかけて食べていたものだ。
 この地方では秋には自然薯を食べる風習があり、各家庭でも食べていたから、我が家だけ特別なものではない。
 しかし昨今家庭ではあまり食べないよう、それは天然の自然薯が極端に少なくなったから、その上天然の芋はマツタケと同じようにねだんが高騰したからだ。
 高い自然薯を敢えて買い込んで食べなくとも良いと思う人が増え、今では家庭で食べる事も少なく、店で食べるだけと言う人が多くなった。
 しかし自然薯を嫌いになった訳ではなく、単に値段が高いからと言う事、それ位に天然の自然薯は少なくなった。

 そんな自然薯も畑で栽培されたものが市場に出回SANY1744.JPGり、天然と比べれば味も香りも落ちるが、手に入り易くなったことは確か、量も多くなった。
 我が家は天然の自然薯が届くからその点では幸せ、友人は持つべきであると痛感、自然薯は天然に限ると思っている。
 それを可能にしているのは友人の努力の賜物と、感謝しつつ今日も自然薯を食べる事になるが、その為には自分で努力しないと食べれない。
 親父仕込みの自然薯を摩り下ろすところから始め、時間をかけて摩り下ろして行き、出汁の利いた汁で少し薄めるが、その薄め方にも拘る。
 親父もそうであったように私もこれに拘り、兎に角よく摩り下ろし、時間がかかるのは当たり前であるが、それか自然薯を食べると言う事だと思っている。
 この地方の人は天然の自然薯は山よりの贈り物と思っていて、今日も何処かの家で自然薯を摩り下ろしていることだろう。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

招き猫新旧

   どれが古いのか
DSCN0139.JPG

 招き猫、商売繁盛を願って買い求める人、店の看板として店頭で客を呼び込む、それが招き猫の役目。
 色々な説があるが、この招き猫、そんな事とは関係なく可愛らしいから買い求める人もまた多いのだ。
 商売繁盛を願うだけでなく、貯金箱としても昔から作られているもので、その為に買い求める人も居る。
 いずれにしろ招き猫は人気が高い置物で、日本各地で製造されており、土産物としても役目を果たしているのだ。
 何処の産地の物が人気かと言えば、年齢によって分かれるから不思議、もちろん古くから作られている所と新しい所とある。
 若い人は自分のDSCN0136.JPG感覚で買い求める人が多く、新しいものが好きなようで、現代的なものにも人気だ。
 昔ながらの招き猫ではなく、カラフルな招き猫が好きなようで、最近の招き猫は七色以上の色が存在している。

 招き猫と言えば三毛猫と決まっていたのだが、現在ではその定番も無くなってしまったような気がする。
 そこで良く質問されるのが、どの招き猫が古いのかと、見分け方が知りたいと、そんな質問が最近多い。
 裏を返すと現代的な招き猫ばかりで、古い形式の招き猫が少なくなって来たものなのか、それともカラフルになっただけか。
 古い招き猫は三毛猫、これが定番のスタイル、そして手の位置が顔の真ん中より下にあるものが古いSANY8627.JPG物。
 産地は別にして、左右どちらの手もこの位置にあるものが古い招き猫、その後だんだんに手の位置が上に上がって来て、最近では手を頭の上たかく上げている。
 これは遠くの客を呼び寄せたいとの願望から、手の位置が高くなってまったよう、そして手も古い物の倍近く大きくなっている。
 そんな事を気にして招き猫を観察してみると、古い物と新しい物とが区別がつく様になると思う。
 もっとも現代的な招き猫は顔が丸くて、目が大きくてパッチリしているから、昔のスタイルの招き猫は目を見ても分かるようになる。
 一度、このような観点で招き猫を観察して見てはどうだろうか、面白い結果が見えて来ると思う。





posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記