2019年12月28日

今年もあとわずか

    大掃除を開始
 DSCN1907.JPG毎年の事であるが自分の部屋、年末の掃除をやっと開始、しかし中々進まず四苦八苦、荷物が多過ぎるから。
 年に一度の大掃除、延ばし延ばしで今日まで来たが、流石にこれ以上延ばす訳にも行かず、仕方なしに開始はしたが。
 畳の上に置かれた時計をどかさなければ掃除は出来ず、これを何処に置くものかでストップ、何故ならばその時計も掃除をしなければならないからだ。
 片付けようと思っているのは棚の方であるが、その前に置かれている時計を除けないと掃除出来ないからだ。
 知らず知らずのうちに数が増え、畳の上にも置かれている古時計、先にこの時計を掃除しなければならず、面倒な事に。
我が家には掛けられない古時計が沢山あり、自分の部屋に寝かせてあるのだが、これが又多いのである。
 掛けられなければ買い込まなければ良いと思うのだが、そこは浅ましい古時計愛好家の類、欲しいと言う欲求を抑えられないのだ。
 掛ける所もないのに買い込み、後でどうするのか思案に暮れるが、買うその時は全然気にもしていないのである。
 それ故に後が厄介な事に、当然自分の部屋で寝かせることになり、それが次第に多くなり、結果は座る場所まで無くなってしまう。
 それでも止めないのだから、自分自身で呆れてしまうが、しかしすぐに忘れて、また同じことを繰り返す、結果現実は甘くない、買い込んだこれらの古時計を放置して、先が進むわけではなく、ツケが溜まって大変なことになるのだが。DSCN1905.JPG

 暮れも迫ってくれぱ当然家族からも、いい加減に部屋の掃除をして欲しいと、そして畳の上の時計を処分しろと言う。
 言われてみれば確かに座る場所さえないから、自分でもイケないとは思ってはいるが、何とかならないものなのか、他人事みたいに思っていても、何の解決にもならず、仕方なしに大掃除をする羽目に、しかし埃が溜まっている。
 埃を取り除けていると、確かこの時計はあの時買い込んだもの、これを手に入れるのに苦労してと思い出す、するととたんに手が止まり、この時計調子が悪かった事に気が付き、文字盤を外して機械を見る事に、確かに機械が良くない、振り竿のバネが切れそうになっているから、それを取り換えて調子を見る事にした。
 バネを変えたおかげで調子は良くなったが、ゼンマイが錆びついているように見え、これも取り除かないとイケないが、今度はゼンマイを掃除するために機械を分解しなければ、作業開始であるが、棚の掃除をどうするものか、どちらが先にしなければならないものかと、取り留めもない事を感じながら、機械の分解に入ってしまった。
 棚の掃除はどうするのか、もう日にちは無いのに、こんな事をしていて良いのか、後が大変な事になる事は必定。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記