2020年01月31日

コーヒーカップ

   種類は色々
SANY1283.JPG コーヒーカップ、喫茶店で出て来るコーヒーカップ、店によって拘りがあり、使っているカップも色々、その店の特徴が出るものでもあると思っている。
 喫茶店には毎日と言って良いほど通うが、最近の若い子は余り見かけないが、年配者は良く見かけ、それも同じ顔。
 同じ店に行けば何時もと同じ顔に出くわす事が多く、向こうでもそのように思っている事だろうが、確かに年配者ばかり。
 私と同じで時間をゆったりと過ごしていると思う、一時間位はざらで、二時間近く滞在する人が殆ど、それも常連さんが多い。
 位置も同じ席で、同じ顔触れ、そのせいか別に気にならないで時を過ごせ、自分の時間に浸る事も出来るのだと思う。
 そんな喫茶店、カップに拘っている店も多く、良い、悪いは兎も角、色々なカップで出て来るが、自分好みもものが出てこない時は、何故かしらコーヒーも美味しくない。
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 面白いものでカップ一つで感じる味が違う、これは私だけであろうか、そうではないと思うが、自分好みのカップが出て来ると何故かしらうれしいものだ。
 そんな時は他の人がどんなカップで飲んでいるのか気になり、あたりを見て観察、カップに全く関心が無い人は直ぐに分かる。
 逆にカップに関心がある人は出て来た時にカップの裏側を見る事も多い、何処のカップかと見ているのだが、私もこれをやってしまう。
 それだけカップが珈琲の味を左右すると思う、嫌いなカップでは味も落ち、気分も乗らない、逆にカップ一つで気分も変わる、それがコーヒーであると思う。
 カップに拘りのある店を選んで喫茶店に行く事にしているが、人はどんなカップでも良いとも言う、拘りはないのだと、それもまた人それぞれであると思う。
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2020年01月30日

雛道具

   小さい事が
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 雛人形、3月3日の雛の節句、今では女の子の成長を願って飾られるものだが、その昔は厄払いの儀式であったと言う。
 上巳の節句と言い、5節句の一つとして古くから行われて来たが、3月初めの巳の日に厄払いの儀式として行われたそうな。
 これも中国よりの伝来、平安以前に宮中に伝わったと言われ、厄除けのお祓いをしたそうな、そしてもう一つが神社で行う人型に厄を払う儀式。
 白い人型の紙に自分の災いを託して川に流し、厄払いをするもの、この儀式も古くから行われていたらしい、そんな厄除けの儀式と宮中でお子様が遊ばれていた「ひいな遊び」が合体して、雛人形が生まれたと言われる。
 何時の頃とはハッキリしないが、室町時代とも言われ、京都の室町でその雛人形が生まれたとする説、これには確かな立証はないのだが。
 その後江戸に入ってから、その雛人形が少しづつ大きくなり、寛DSCN0429.JPG永の頃に寛永雛が誕生となり、確立されて行ったらしい。
 この寛永雛が元禄の頃より大きく発達し、享保時代に享保雛が完成し、雛人形が独り立ちする事となったとの事。
 享保雛は姿が現在の雛人形とは少し違い、顔は能面みたいな面長で目が細くて、特徴のある顔立ち、衣装も独特の綿入れを着たみたいな姿だ。

 1768年ごろ江戸で古今雛なるものが誕生、人形師原舟月なる人物が公家風の古今雛と称して人形を作り売り出し、好評を博する事になる。
 この雛人形が現在も作られている雛人形のルーツであると言われ、それに対抗するように有職形式の雛人形も作られ、有職雛と言う。
 この二つの雛人形が発達して、現在の雛人形を二分するものとなったが、古今雛の方が現在は多く製造されているようだ。
 雛人形が発展して行くと同時に、それの伴い雛道具も作られる様になり、その数が段々と増えて行く事となるのだ。DSCN0431.JPG
 五段飾りから七段飾りへと発展して行き、雛人形も七段飾りとなり、雛道具も種類が多くて、形式化され確立して行く事になる。

 今回の雛道具、大正時代に造られたもの、磁器で造られた瀬戸製のもの、小さなもので一円玉よりも小さいものだが写真では大きく見える。
 型押しの茶碗ではなく、ろくろで造られた精巧なもの、こんなに小さな物をろくろで造るのは技術が居るものであり、職人の腕が良かったらしい。
 ポットはどうも型押しらしくて、少し大きく造られてはいるが、それでも雛道具としては非常に小さな物、職人の腕の良さが見て取れる品物だ。
 色々な雛道具が造られたが、時代、時代により流行があり、その時代を反映した物が雛道具として造られ、現在に至っている。


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2020年01月29日

台座

SANY1072.JPG   迫 力
 アンティークランプ、良いものは高くて買えないがリプロであれば安価で買えるので人気となっている。
 アンティークは勿論古いものだから歴史を背負っているので値段が高いと思っている人も多いが、古いから高いと言う訳ではなく「材質が良かったり」、「作者が有名であったり」とそれなりの理由が存在する。
 その他にも古くてしかも数が少なく貴重であったり、その上欲しい人が多く、人気があるものは値段が高くなっているのだ。
 単に古いからと言って値段が付くものでもなく、それなりの理由が存在している事がそのものの価値、アンティークとはその様なもの指して言う言葉、当然のこと偽物も多く造られているのも、この世界の常識でもある。
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 そんなアンティークだが現代に造られたコピー商品なら値段も安くて、雰囲気だけは楽しめるもの、敢えて高いアンティークを買わなくても良い、ムードだけは良く出来ているから、それなら何時でも手に入ると思う。
 自分なりに観察して利用する事も良いと思うし、部屋の雰囲気ががらりと変わると思うが、あくまでも個人の感覚、人それぞれであるから、古いものが良ければそれはそれ、やっぱり利用する人しだいと言う事。
 今のリプロは実に良く造られており、本物により近く出来て、迫力があると思う、無理して古いアンティーク物を買い込んで失敗するより、安価なリプロで楽しく雰囲気作りもおもしいと思う。
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2020年01月28日

写真館

   今はないSANY2568.JPG
 町の古い写真館、今は閉店してから久しいが中にはまだその面影が残されており、昔を思い出させる雰囲気が残っている。
 ここで多くの人達が記念の写真を撮って貰った事だろうと、つい思い起こしてしまいそうな、そんな気がしてくる。
 カメラはないが大きな台が置かれており、そこにカメラを仕掛け、写真館の主人がなんかの記念の写真を撮る姿が浮かんで来る。
 ある時は結婚記念か、それとも誕生日なのか、はたまた見合い写真か、そんな写真をここでとって貰ったと思うと、何だか懐かしい気がしてくる。
 自分が撮って貰った事はないのに、何故かしら緊張してくるのは何故、記念写真となると何故かしら緊張するのだが、それは自分だけなのか。
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 私は写真が余り好きではなく、かしこまって撮られるのも嫌い、何故か緊張してしまい、怖い顔をしている事が多いからだ。
 2階の部屋にスタジオが残されているが長年の埃がつまり、所々には蜘蛛の巣が張り巡らされ、荒れてはいる。
 然し正面にある垂れ幕には周り階段が描かれ、そこに立って写真を撮っていたのであろうと思われるが、近寄ってみれば埃だらけである。
 然し遠目には綺麗な状態に見え、今でもこの前で写真を撮れば雰囲気の良い写真が撮れそう、今は昔の面影である。
 現在の写真スタジオも同じようなスタイルだと思うが、何だか全く違って見えるのは何故であろうか、周りの雰囲気が荒れ果てた状態だから、尚更そのように思ってしまうのか、それともここが持っている昔の写真館の力なのか分からない。
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2020年01月27日

消えた時計

    盗難か
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 又同じ話だが何でカタログにない時計が存在するのかと言う質問あり、私の若い頃の話で怪談めいた怖い話ですが事実の話し、大正、昭和と名古屋大手時計製造会社の開発に関わられた方の実際の話、私が古時計を蒐集し始めの頃、名古屋市内に古時計を求めて良く行く骨董屋で、品の良い老人とよく鉢合わせをした時の事。
 その老人に向かって私が古時計を蒐集していると、店の主人が言うと「若いのに古時計が好きですか」とその老人は小さな声で言われた、まだ始めたばかりで詳しいことは分かりませんが、今は「数を多くする努力をしています」と答えると、「其れは其れはご苦労なことですね」と頭を下げられた。
 その後、何度かお会いするうちに、老人が時計製造に携わった当時の事を詳しく語られるようになり、開発製造の面白い裏話を数多く教えてもらった。

 自分は時計製造会社に入り、製造部門を経て新しい時計の開発に関わるようになり、その後そこの責任者となった話、当時は数多くの新商品を開発、会社の命運がかかっており、各社生き抜くために心血を注いで新たな時計開発を行っていた時代。
 その老人は新商品の開発に日夜努力をされ、新たな商品を数多く開発され、試作品の山が出来たと言う話をされ、その一つ試作品が研究室から夜な夜な消えると言う、夕方までは壁に掛かっていたが、朝には姿がなくお化け話のような事があったと言う。
 出来の良い試作品は研究室の壁に沢山掛けてあり、研究者は目にすることの出来るようになっていたとの事、しかし、毎月給料日の前近くになると何故かしら時計の数が少なくなり、何処に消えたか分からなくなったと、其れも日常茶飯事、しかし誰もとがめなかった様で何時の間にか、その時計が質屋に入っSANY2082.JPGていた事も多くあったらしい。
 又、ある時は販売店の店先に試作品が掛かっていた事もしばしばで、其れを見て老人は冷や汗をかいたこともあったと話された。

 老人いわく「当時、給料が安かった職人は給料日前に試作品をこっそりと持ち出しては金に換えていた」と笑顔で昔を語られて、兎に角おおらかな時代であったので、数々の開発された時計が消えても、事件には成らなかった様だが今なら大変に事だ。
 そして、家にまだ試作品の時計があるから「見たければ見せてあげるよ」と、そんな話に私は飛び付き、私を家に連れて行ってくれた。
 老人の家の壁にはその試作品7、8台の時計が掛かっており、今まで見たことの無い時計ばかり、まだ塗装がされてなく白木のままの物もありビックリ。
 驚きの連続で老人の家を後にしたが、今あの時計はどうなったのか非常に興味がある所だが、何処かのアンティークショップに売りに出ているかも、試作品の時計が消える原因究明の回答に成ったが、「カタログに載ってない時計が何故あるのか」の一つのヒントにでもなればと思う、昔の名古屋の時計製造所の話。



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2020年01月26日

今年の展示

   雛巡り
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 あと一週間、今年は瀬戸の雛巡りも展示会場を変え、古民家久米邸の蔵でも展示をする事にしたが、場所的には問題がないが、何せ古い建物なので中には入れず、外からの見学とした。
 本来ならジックリと中で見学して頂きたいが、消防法との問題もあり外からの見学にとどめる事にしたいと思っている。
 蔵の展示は二間続きにして、広さは二間で二十畳になるが、外から見やすいように手前の方で設置、雛壇は三段にして横に長く作る事にした。
 蔵の展示は荷物の搬入に手間が省け、2階から下に下ろせば良いから、体力的にも削減できるが、余り多くが展示出来ない。
 何故かと言えば大型の雛人形を集中的に展示したいと思っているから、手前にもって行くと横一線で終わって仕舞い、迫力に欠ける事になる。
 室内で見学見学できればコの字型に雛壇を作ればより多くの雛人形を展示出来、迫力も出る事になるが、横一線では迫力不足。DSCN0874.JPG

 それをどう克服するかは検討しないといけないが、2つに1つしか選択肢がないので、どちらかにするしかないと思う。
 考えられるのは大型の雛人形を中心として大型ばかりを並べてみる事、場所は取るが迫力はあり、見栄えはする事にはなる。
 然し欠点は数が並ばない事、数が少なければ楽しみが薄れる事にもなりかねない、大きいだけではつまらない。
 そこで横の壁に押し絵雛を飾るのはどうだろうかとの意見が出る、それもまた解決方法の一つでもあると思う、しかし時間が迫っているのだ、結論を出さないといけない。


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2020年01月25日

ブリキの玩具

   ダルマと亀
 今回は前にも紹介したブリキの玩具、懐かしいオモチャ、ブリSANY0182.JPGキのおもちゃで遊んだことのある年代はブリキと聞くだけで懐かしく思うもの。
 子供の頃に遊んだ覚えるある人は多いと思うし、懐かしくも思うもの、日本のブリキの玩具の歴史も古くて明治中期に遡る。
 勿論日本独自のものではなく、海外から齎されたもの、外国製のブリキの玩具を真似て日本の職人が造り出したオモチャである。
 当時はブリキ自体が新しいものであり、輸入されていた時には高価なものであったが、国産化が進むにつれて安くなる。
 そのブリキで製造された玩具は当時は高くて、一般庶民には高根の花であった様だが、次第に安価となり庶民にも買える値段となり、大正時代に入ると普及して、安価なものが対象に製造されるようになり、日本全国に広まって行く事になる。

 戦前戦後はブリキの玩具は日本の外貨獲得にひSANY0195.JPGと役も、ふた役も貢献したが、次第に下火となり、プラスチックに押されて姿を消す事になる。
 そのプラスチックが出現する前のブリキの玩具が写真のもの、ブリキのダルマと亀、2つともゆっくりとした動きをする。
 特にダルマ玩具は体全体を使って前にゆっくりと動くが、大きな目玉が左右に動き、面白い動きを演出している。
 一方亀の方は独特の色使いで、現実離れした亀の姿、実際にはこんなカメは存在しないが、玩具としては派手な造り。
 面白い事に尻尾はゴムで出来ており、ブリキではなく他の者を使用している事も面白いが、動きは亀の動きに忠実なようだ。
 いずれにせよブリキの玩具が活躍した時代は日本の高度成長期、生活が段々と豊かになって行く時期と相まっている。
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2020年01月24日

雛の顔

   面長のかお
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 瀬戸の雛巡り、今年も参加して14年になるが早いものでそんなに経ったとは、時の流れが速く感じるようになった。
 歳を取るとはこんな事かと思いつつ雛巡りの準備、毎年の事だが展示するには倉庫からだし、点検をしなくてはならないから、順番に出して行く。
 勿論何処に何があるのか自分の頭の中、それが昨今何処にしまってしまったか忘れ、探しまくる事が多くなって、歳のせいなのか。
 在庫が多くても何処に何があるのか覚えていたのだが、それが見つからず探す事が多くなってしまい、自分でも嫌になる。
 毎年だが去年展示して片付けたものは自分しか記憶していないので、スタッフに聞いても分からないから自分で探すしかない。
 いま探しているものは享保雛の頭、享保雛は大きくて箱に入れてあるが、頭は何時も外して別にしておくのが通例、一緒にしていると出す時にうっかり傷をつける事もあるから。
 普通、頭は和紙でぐるぐる巻きにして箱に入れるのが通例だから、うっかり和紙を外す時に落とす事もある。

 この享保雛は私が持っている雛人形の中でもSANY1878.JPG大型のもの、高さ50センチを越す大きさ、和紙に包むと更に大きくなり、茶箱一杯となる。
 その為に頭は別に外して入れているので同じ箱では見つからない、もっともその箱が10個はあるから大変。
 良く外箱に入っているものを書いておけばと言われるが、勿論そんな事は承知しており、書いてはあるが他に5箱もあるのだ。
 6箱の中身を一つ、一つ、調べて行くしか方法はなく、結果は全部開ける事になる。
 現在所有している雛人形は4000体を越しているから、普通の数ではなく膨大で多数箱が存在している中、享保雛があるからだ。
 享保雛もセットで8セット持っており、それが別々に入っているから猶更探すのに手間がかかる事になる。
 こんな事を毎年繰り返しているので、現状を知っているスタッフは半ば諦め、自分たちでは手を出せないから、眺めているだけ、私がウロウロするだけの事、展示すると言う事は大変な苦労をすると言う事。
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2020年01月23日

はじめて

   今年初
 毎年この時期になると「おこしもの」の時期、SANY0038.JPG昨年より少し早いが今年も始まるおこしものを作る行事の開始である。
 この地方特有の習わし、雛の節句を祝うためにつくられる「おこしもの」、期間中に4、5回はつくる事になるが、今年は少し早め。
 勿論自分たちが食べたいための作業、この時期はおこしものを作って食べるのが好き、我が家ではおこしものを朝食時に食べるのが好きで、節句の季節になると作る事にしており今年は初。
 節句にお供えするためのものではなく、朝食のためにつくるおこしもの、だから自家用のためのもの、他に差し上げるものではない。
 小さい頃よりおこしものは朝食のおりにパンの代わりに食べていたので、その為につくるから節句とは関係ない作業。SANY0040.JPG
 コメの粉でつくるおこしものはご飯と同じ、これをパンやご飯の代わりに食べ、朝食とするのである、焼いて醤油をつけて食べている。
 朝から香ばしい醤油の匂い、これが我が家のこの時期の習わしとも言えるが、おこしもの好きな家族であると言える。

 おこしものを知らない人はどの様につくるものなのか、興味があると言う、写真のおこしものつくり、先ずは米粉を熱湯でこねて生地を作る事から始め、この作業が一番大事な事、これの如何によって美味しさが違う事になる。SANY0045.JPG
 粘土をこねる要領で作業を進めるが、これが味に大きく作用し、もちもち感と舌触りが全く違うものになってしまうから良くこねる事が重要。
 お餅つきと同じ作業、良く練ればもちもち感が出、また食感も全く違うものに、良くこねないとザラザラ感が出る。
 良くこねた記事を型で起こすが、これも単純作業であるがおこしもの出来を左右するもの、見栄え良く型おこしをしなければイケナイ。
 型からはみ出したり、少なかったり、抑えを良くしないと図柄が分からないものに、だから力も必要、それがおこしもの作りかた。
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2020年01月22日

がらけい

   買い替え
 携帯電話、殆どの人がスマホDSCN2037.JPGの時代、私は未だにガラケイを使用しており、人からやっぱりガラパゴスだと言われてしまったが、それでも良いと思っている。
 自慢じゃないが7年間も使用して来たガラケイ、今でも使えるものなら使いたいが、3月以降使えないらしい。
 前から買い替えて欲しいと言われていたが、何度店に行っても変える気がしなくて止めていたし、第一使いやすいのだ、長年慣れているから。
 使い込んでいるから愛着もあり、多少は汚れていても気にしなくて、人からも剥げた携帯を何で使っているのかと、変な目で見られている。
 スマホが使えないからガラケイを使用しているのだとも言われるが、そうでもないのでパソコンがあるから充分だと思っているだけの事。
 出先でネットが見られれば便利ではあるが、それまでして調べなくても良いので、あえてスマホに替えようとも思っていない。
 周りからも何でスマホに替えないのかと、何だか催促されているみたいで面白くないが、これも時代なのか。

 確かに最近のスマホは使いやすくて便利、そんDSCN2039.JPGな流れになっている事も承知しているが、イザ変えようと思うと、何故かしら替えれないのだが、一つには値段も高いから。
 何であんなに高いのかと思うと替える気がしなくなり、何度店に行っても帰って来たが、余りに勧められるので嫌気がするのだ。
 スマホでないと今の時代はダメだと言わんばかりの店側、そしてこの人時代遅れの人だとも言われそう、自分の僻みではなく事実の事だ。
 今は電子マネーの時代だし、ペイペイも流行っており、スマホ無くして時代について行けないよと、そんな言葉も聞かされる。
確かにその通りかも知れないが、家にパソコンがあり、タブレットも必要なく、ネットもパソコンで見れば良く、コンビニでの支払いも現金だ。
 今回の買い替えでも、ガラケイと契約値段も変わりがないからスマホにしたらと勧められたが、意地を張ってガラケイにして買い替えたが、単なる時代遅れの頑固者だ。

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2020年01月21日

時計の小物達

    使用目的は
SANY0204.JPG 古時計を集めていると時として時計に関連するものが目に入ってくる事が、何時ものように古時計を求めてあちらこちらの店を物色しているとき。
 古時計ではないが一寸した物が目に付く、それが時計の形をした物達、古いものならまだしも、新しいものでも見つけると嬉しくなる。
 見つけた時は手にとってツイツイ見てしまうことに、其れがどんなものでも、時計の形をしていると手が出るもの、人からは病気ではないのかと。
 時計依存症と言う病気があるのではと、おせっかいの事だが、人から見るとそんな風にしか見えないのかと、情けなく思うことも。
 しかし、病気何ぞではなく、只時計が好きなだけと自分自身は思っているが、人はその様には思っていないらしいのだ。
 病気かどうかはさておいて、今回の時計の小物、知り合いから頂いた物、私が時計好きなのを良く知っていた人の贈り物、有り難い事であり、私が好きなものを探してくれるのは実にあり難い事、感謝しなければならないもの、この様にして小物も増えてゆく。

 写真の器、1つは陶器、1つはガラス、2つとも古いものではなくて新しいもの、新しいからどうと言うものではなく、実に楽しいもの、これを作った作者が時計を好きかどうかまで分かってしまうもの、時計好きの作者だと細かい所にも忠実に再現しようと思う。
 本物の形に拘るという事、時計をデザインとして見る作者だと、こSANY0211.JPGの様な時計の形をした物に仕上がるのが普通、本物にはない味が出ている。
 細部的に拘らず、自由にデザインしたことが分かるもの、例えば針の位置1つ取ってみても、時計の好きな人は、10時10分の位置にするのだ。
 知らない人は針の位置は自由にどの時間でも気にしないものだと思う、針1つの位置を見ても其れが分かる事になる。
 一寸した事だが、時計愛好者は此処に拘りを見せるもの、だから物の見方が普通の人とはちょっと違った見方するものだと思う。
 この小物達、下のガラスの形をした器、これは時計の形をした灰皿、左の時計の形をした入れ物、これは爪楊枝いれの器。
 それぞれに使用目的はヤッパリ違うが、楽しい小物には違いないが、 時計の針を見て欲しい、偶然なのか時間が一緒だ、どちらかが真似したのか、それともヤッパリ偶然なのか。
 こんな所も楽しみの1つ、集めるだけではなく、そのプロセスも大事、楽しいものは何時までも楽しくありたいもの。
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落とし穴

    また失敗
 マタマタやられましたネットで、前にもSANY3140.JPG話したかと思いますがネットでの買い物、友人が買ってくれたフランス枕の時計、中国製の安物で友人に怒ったが、今度もまたやられてしまった。
 最近の事ネットを見ていたら、偶然にもカフスボタンが画面に出てきてしまったので、何気なしにカフスボタンを見れば、写真のできが良く、如何にも高級品に見えてしまった。
 早速、内容をチェックしてみたら、文面にカナダにて25.000円で購入したが、使わないので格安にとの文字が目に飛び込こみ、ツイツイ入札してもらった。
 スタート500円とやはり格安の出品、何処まで上がるか知れず、一先ず入札して置けばよいと、友人に1000円で入札して貰う、その後このカフスボタンの事も、入札した事も忘れていたが、先方より連絡メールが入っていたらしい。
 後日、友人がカフスを持って現れ、「550円で落ちたが何でこんな物を入札したのだ」と云う、カフスの事などすっかり忘れていたので、「落ちたんだ」と言うと。

 早速、包装を解き中身を調べるが、出てきたカフスはうすっぺらな物、如何にも安物といった感じ、其れSANY3141.JPGを見た友人「この前俺が買ってやった物より最悪だなぁー」と嫌味。
 確かにその通りで、如何にも安物と見える代物、黒い部分はオニキスと自分で勝手に理解していたのが、プラスチックのカバーであり、友人其れを見て「これがオニキスとはお前の目は確かか」とマタマタ嫌味。
 それにしても、又やってしまったと自分でも情けない思い、カナダコインとは以前にも時計で失敗、余程カナダコインは私にとって縁起が悪いらしく、2度3度と祟るらしい。
 ネットの説明にツイツイ25.000円のものなら大丈夫と、良く写真を見なかった自分が悪いが、ネットの落とし穴にズッポリと落ちた思い。
 友人いわく、「自分で深く反省するように」と言って、カフスボタンを置いて帰っていったが、その嫌味を教訓として今度は騙されまいと反省しきり。
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2020年01月20日

大寒

    1番寒い日

 SANY3770.JPG暦の上では小寒から立春のでま30日を1番寒い頃とし、中でも大寒の頃が1番寒い頃となり、その間を寒の内と呼ぶのである。
 今年は1月20日がその大寒、暦の上だけでなく昨今は寒さが厳しくなっているから実感があり、やはり1番寒い頃だ。
 昔からこの時期には酒や味噌、凍り豆腐や寒天を作る時期で1番適した頃とされ、この時期に仕込む事を「寒仕込み」と呼ばれる。
 この時期の水は腐らず、物を仕込むのには最適の時期とされており、各地では酒や味噌の仕込みにおわれる時、特に寒さが厳しければ厳しいほど良いとされてもいる。
 暦では大寒を三つに訳、七十二候のうちと呼び、初侯は蕗の花咲くころ、二候は水沢の腹くかたし(さわみずあつく、かたし)、三候は鶏初めて乳につく(ニワトリ初めてとやにつく)と呼ぶ。

 之はこの時期に動物や植物になぞらえて、その時期DSCN1595.JPGに出来る現象を喩えたもの、暦の上の指針であるとも云われ、昔から人々の行事の元となったもの。
 元は中国より伝えられた暦を渡来後、日本独自のものにして、古くから伝わってきたもの、この時期には各地で色々な儀式も行われている。
 奈良の春日大社では大寒みそぎが行われ、水温零度の水の中に浸かり、一年の無病息災を祈願する行事、タオル一本持参すれば誰でも参加できる。
 しかし、この時期零度の水に浸かる事は、一大決心をしないと出来ない事、一年の厄をはらう為に1度参加してはどうであろうか。
 寒さでとても入る気分にはならない人は、大寒みそぎを見学して、他人に変わって、自分の無病息災を願ってもらう事だ。
 ただし、効果が有るかどうかは保障にあらず、他力本願では神様も願いを叶えてはくれないかも知れず、ヤッパリ自分でやるしかないのか。
 
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2020年01月19日

富士山

   世界遺産
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 年が明けてもう19日目出度い富士山と言えば日本一高い山である事は誰でも知っているが、日本一美しい山でもあり、日本を象徴する山、やっぱり美しい。
 昔から富士の山は憧れの山、信仰の対象の山でもあるが、外国人が日本と言えばやっぱり富士山と忍者を連想すると言われている。
 特に富士山は綺麗な山として日本を代表するもの、外国の人が目にする富士山は単独峰としての山を見ているのだ。
 確かに富士のすそ野はなだらかで、実に美しい姿をしているから、見栄えのする山でもある事は確かである。
 あるテレビ番組で富士山は遠く何処まで見えるものなのか、その取材をやっていたので興味本位で見ていたが、流石に立地条件が厳しい。
 一番は天候、勿論晴れなければ富士山は見えないもの、しかし晴れたからと言って見えるものでもない、空が澄んでいないとダメで条件は厳しいものだ。
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 私も何回となく富士山を目にしてきたが、新幹線から見える富士山は何時でも見えるわけでもなく、やはり条件が合わないと見えない。
 昔から一番景色の良い富士を眺めるのは静岡県の三保の松原、白砂青松と言うように松原と富士山が一番と言われた。
 では一番遠くから富士山を見るのは何処か、そんな疑問に答えて番組が進行していたが、天候条件がぴったり合わなければ見えないのだ。
 全国には富士見台とか富士見峠とか言う地点が存在、そもそもこの名前は富士山が見えるから付けた名前なのか。
 そんな疑問にも番組は切り込んでいたが、ハッキリとしない結果も出ていたので、やっぱり難しいのかと思った。
 実際、三重県の友人が朝熊山から富士山が見えると言うので見に行ったが、何度言っても見えなかった、しかし地元の人に聞くと条件が合えば見えるとの事だ。

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2020年01月18日

二週間の戦い

   追い込みに
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 瀬戸の雛巡り、今年も始まるが準備が大変な事に、毎年の事であるから慣れてはいるものの、そんなに簡単な事ではない。
 毎年毎年、違う展示方法を取ってはいるが、中々変化を付けるのは難しいもの、しかしこれがまた難しい問題。
 どのように変化をつけるのかは頭の中、実際に行うは大変な事になり準備が必要、例えば毛氈一つとっても寸法が違う。
 準備段階ではぴたりと収まるはずが、イザやってみるとこれがはまらないので、四苦八苦して収めようとする。
 そんな事で時間が費やされ、計画通りに進む事はなく、焦りの状態が続く事に、焦っても仕方がないとは思っているが、思う通りにはならないのだ。
 展示場所も多くある事が問題を大きくするし、事がうまく運ばないと尚更の事進まない事に、そんな事の繰り返しで一日が過ぎ、日は一日、一日と迫って来、展示物もなかなか決まらず、これまた四苦八苦の状態。
 何でこんな事になるのかと考えるが、当初計画した通りに進まないのも何時もの事、誰かの一言でまたまた焦る事に。
 「何時もの事だから、上手く行かなくて当然、それで良いのだ」と、その上「上手く行く方が怖い」ともスタッフは言うのだ、毎年、展示したものは写真に収めているから、それを見て変化を付けているのだが、展示箇所が多くともなると中々の事難しい。SANY1914.JPG

 私がヘルニアであまり動けず、昨年展示物を片付ける事が出来ず、人にお願いしたから尚更の事、何処に何が在るのかサッパリ分からない状態。 普通は御殿飾りはセットにして自分で片づけるのだが、それがなされていないから、今年は一つ一つ探しては展示する事になり、時間ばかりが掛かってしまった。
 その上、違う部品が紛れ込み、御殿が組み立てられない始末、その部品を探して他の御殿飾りを調べなけれはならない。
 今までにこんな事はなかったもので、自分で片付けなかった事を後悔して、作業が中断する事に、その都度イライラがたまる。
 こんな事をしていて果たして期日までに展示が出来るものなのか心配で頭が一杯、そのせいか間違いをしでかす事も屡々。
 踏んだり蹴ったりの毎日、しかし時間はないので後戻りも出来ず、前に進むしか方法はなく、厄介な事がまだまだヤマズミ状態、厄介な御殿の部品探しもはじまり、何処に行った事やら、程々嫌になったりもする始末。
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2020年01月17日

ふたつの梟

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   小型のフクロウ
 梟の時計は人気が高くどんな種類のものも古時計愛好家に取っては欲しい時計の一つ、どの手のものでも手に入れたいと思う。
 やはり人気の古時計、主に輸出用に製造されたものが多く、戦前戦後に造られたものが多いが大型のフクロウとは違い、機構的には簡単なもの、安価に製造できた。
 それが又人気の秘密でもあったようで、どの梟時計も販売は好調であったと思われ、数多く造られている。
 然しながら輸出が殆どで、戦後の外貨獲得に一役買っていた。
 特にオキュバイド、ジャパンと記された時計に人気が集中、逆輸入されてものも多いと言う事だ。、そこが又愛好家が好む時計でもある。
 フクロウ時計とされてはいるが、耳が立っている事から本来はミミズク、フクロウの種類には違いが無いからフクロウでも良いか。
 上のフクロウ時計は平面的な造り、一枚板も薄DSCN1988.JPGいが下のフクロウは立体的な造り、顔の表情もおどけた感じのものに造られている。
 上のフクロウは真面目なフクロウ、同じフクロウを造るにしても製作者の意図で全く違ったものに仕上がる、そこが又古時計愛好家から喜ばれる点である。
 面白みのない時計は興味が薄れるが、とぼけた感じのものは人気が出、チョットした工夫で売り上げも違ってくると思われ、苦労のしがいがあると思う。
 どちらのフクロウが好みかは人による、とぼけた感じのフクロウは下の時計、真面目なフクロウは上、それぞれに良い所が出ている。小型だが雰囲気は大型並み、この様にフクロウ時計は人気が出るのもうなづける時計だと思う。

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2020年01月16日

瀬戸の磁器雛

    射的雛とも言SANY1083.JPG
 瀬戸の磁器雛、小型で小さな雛人形だから、温泉場などにある射的場の的と良く似ているから、こんな呼び名もある、しかし実際に射的で使われているものではなく、呼び名としてそのように言われているだけ、確かに小さな雛人形だ。
 大正時代から昭和にかけて製造されたもの、射的の人形と同じように製造されたものであり、安価な人形である。
 高さは大体5、6センチの大きさ、あまり大きなものではなく、可愛らしいものだからこそ愛された雛人形である。
 今時で言うならばミニ雛と呼ばれるもの、かなり小さいものでコンパクトに置け、それでいて迫力はある雛人形である。
 小さいが派手な装飾は土雛と同じような彩色にあり、磁器ではない彩色がこの雛人形の特徴でもあるのだがそれは安価に造る事だ、普通磁器であれば2度焼く事になるが、これは一回しか焼かれておらず、彩色されたものは色落ちもするのだ、2度焼く事によって彩色されたものは下地に焼き付く事により、光沢と色落ちしない丈夫なものとなるのだ。

 それとは違い土雛は安価に造るためと、低い温度でも焼けるような窯で造られているからだが、この時期雛は高温で焼かれている。
 だから丈夫に出来ており、土雛よりもはるかに硬く、欠ける事も少ないように高温で焼きしめているから、土雛と比べ物にならない。SANY1432.JPG
 今回の磁器雛は小さいが派手、色々な磁器雛が製造されたが、この磁器雛は綺麗な彩色が施されており、色目も艶やかなものとなっている。
 プルーと赤色の彩色、黄色と赤、そして青色の3色に、茶色や黒といった地味な色も使われている事も、この磁器雛の特徴でもある。
 普通の5人囃子に比べると、非常に可愛らしく、出来も良いもので、全体の雛人形のバランスを考えられている。
 五人囃子だけが全体から浮いてしまっては台無し、15人セットであるから、この5人囃子が目立ち過ぎては困る。
 随身、昔は右大臣、左大臣と呼ばれた雛人形、これも特徴のある形として造られ、台に腰かけているのも珍しい造りである。
 その彩色も又、5人囃子に負けない様に艶やかに彩られており、やはり磁器雛らしい出来を誇っているようである。
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2020年01月15日

どんど焼き

    無病息災
 1月15日、小正月とも云う日、正月も終わり年かみさま.jpg神様を迎えた飾り物を焼くどんど焼きの日、全国的に見ればこの日がどんど焼きの日である。
 このどんど焼き、左義長と呼ばれ古くから宮中で執り行われる儀式、平安時代には既にこの儀式が行われていたようで、清涼殿の東庭に3本の青竹を立てて、其れを束ね扇子を飾り短冊を燃やしたと言われる。
 これは、毬杖(ぎっちょう)と言う杖を持ち、馬に乗ってこの杖で玉を転がして遊んだ事に由来、その毬杖を3本立てて青竹の先に扇子を飾り、短冊を燃やした。
 3本の毬杖(さんぎっちょう)から、左義長となったといわれるが、その他の説もあるが、何時の頃より左義長の字が当てられたのかは不明。
 鎌倉時代にはこの様な儀式は庶民に伝わり、吉凶を占う儀式とした定着、江戸時代に入り現在のような正月の飾り物を持ち寄り、青竹で3本の柱を立てて燃やした。
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 全国にこの左義長の儀式は存在するが、所により様々な風習が生まれ、現在に至っており、日にちも1月ではなく、2月や3月に行う所もあり、違った儀式となったようだ。
 私の居る尾張地区は1月15日に行われていたが、最近では其れに近い日曜日に行われるようになったが、左義長の風習は子供たちにも伝え、地元の伝統を守っている。
 当日は地区地区で色んな物を持ち寄ったり、主催者側からの提供で餅以外の食べ物も提供され、子供たちの正月の楽しみとなってもいる。
 地域の集いとして、余興が行われるように、大きな舞台も作り上げ、この日一日地域住民の交流の場所ともなり、本来の吉凶を占う儀式から少し変化をきたしているがこれも流れであろう。
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2020年01月14日

雛御殿

   部品が無い
 友人が白木の雛御殿を持ち込んで来たSANY1872.JPGが何で彼が持ち込んだのか分からず、何処から持ってきたのかと聞けば、ある所の知り合いが捨てると言うので貰って来てやったと言うのだ。
 この友人雛御殿など分かるはずもないが、私が雛巡りに参加している事は知っており、お前のために貰って来たと言う、以前にもこの友人に白木の雛御殿の話はしたことがあり、その事を彼は覚えていたらしく、白木の御殿と聞き貰って来たと言うのだ。
 私の為に貰って来たと言われれば、怒る訳にも行かずその場で箱を開けて見ずたが、中身を調べてみたら、多くの部品が足らないかも。
 当然持ち主もその事は知っている筈、だから捨てると言ったのだと思うが、そんな事は知る由もないのが友人である。
 折角彼が持って来たものを捨てる訳にも行かず、詳しく部品を調べてみたら、やはり重要な部品が無い事に気が付き、暫し考えたが仕方がない面倒だが作るしかない。
 何故ならば折角彼が良かれと思って貰っSANY1880.JPGて来たもの、むやみに捨てる訳にも行かないからだが、部品を作るとなると一苦労する。

 今までに多くの雛御殿を見て来たから、大体の部品は想像がつくが、組み立て式の為サイズを合わせないといけないが、中々合わせるのに苦労するのだ。
 今までにもいくつかの白木の御殿の部品は作ったが、やっぱり馴染むのには時間がかかり、そこだけ吐出して見えてしまうから、それが問題になる。
 よく似た色で塗る事になるが、素人のやる事中々色が合わず、失敗もしたりして苦労する事に、結果は余り褒めたものにならない。
 しかし出来上がった部品を組み立ててみると、少しは馴染んだのかと思えてしまい、これで良いのかと妥協してしまう。
 展示してから見学者にその部分を指摘される事もあり、そんな時はバツが悪い思いもするが、これも又仕方がないと思っている。


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2020年01月13日

毎日

   同じものは
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 毎日朝はコーヒーを飲むことにしているが、豆から挽くために時間が少しかかる事になり、急いでいる時に早く飲めないのが難点。
 一つの拘りだが豆も専門店から買い込んおり、焙煎したてのものを買う事にしているが、目の前で焙煎したてのものを貰ってくる。
 やはり焙煎したてのものは香りも良く、少し経つと香りが抜けるように思う、気のせいかも知れないが拘りでもある。
 行き付けの専門店で焙煎して貰っているが、ここで買うようになってから25年は過ぎていると思う、信頼のおける店である。
 友人が喫茶店を経営していたのでその取引先の豆を買っているが、自分の好みにブレンドして貰って、酸味の少ない豆にしている。
 豆にはそんなに拘りはないが、余り酸味のあるものは好きでなく、まろやかな味のものが好き、人はコーヒー通ではないのだと言うのだ。
 少し酸味があった方が旨いと言う、だからコーヒーを知らないのだとも言われるが、好きなもので飲みたいから通と呼ばれなくとも良い。DSCN1535.JPG

 友人の指導でコーヒーを入れるのを何回となく行ったが、それでも毎日味か違う、教えられた通りに真面目に温度もはかり、速度もゆっくりと湯をたらし、一点に集中しない様に注いでいる。
 しかし同じ味が出ず、何度やっても安定しなくて、何処に原因があるものなのか、友人に見て貰ったが、ダメ出しばかりである。
 はじめにゆっくり湯を注ぎ、少し蒸らしてから湯を注ぐのだが、一定の量で回しながらゆっくりと入れろと言われているが、その安定さが無いと言うのだ。
 自分では教えられた通りに入れているつもりだが、やはり味が違うので、何でそうなるのか分からず、また友人の指導を受けるが、それでも上手く出ない。
 豆の量も、湯の温度も、注ぐ速さも、全部教えられた通りにやっているが、それでも上手く出ないもの、プロとは大したものだと改めて感心する。
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