2020年01月12日

暖かい

   時代遅れ
 寒の入り、一年で一番寒い時期になった今、寒さ対策の一環とDSCN2036.JPGして湯たんぽを利用しているが、人は時代遅れと言う。
 確かに今は電化製品、電気毛布もあれば、電気足温器もあり、他にも色々と足温器が発売されており、湯たんぽは過去のもの。
 現在はハイテクな足温器も多く、電子レンジで温めれば直ぐに使える優れものもあり、時代は進んでいる。
 娘たちも時代遅れの湯たんぽを使わなくても、もっと便利なものがあるから、そちらを使えば良いのにと言うのだが。
 確かに色々なものが販売されているから、一番便利なものを使えば良い、簡単で手間要らずな足温器、何回でも使用出来、コンパクトで安いと言う足温器。
 カタログを見せられ、これを買い込めば良いと勧められるが、確かにそれも良いと思う、しかし私はとこの湯たんぽが良いと思う。

 少し面倒な事は湯たんぽは湯を沸かして使用するために、熱湯を入れなければならない、それが面倒だと言うのだと思うDSCN2035.JPG
 スイッチ一つで利用できる電気毛布、確かに便利なものだと思うが、温か過ぎてなかなか眠れないのだ。
 以前に少し使用したことはあるが、やっぱり湯たんぽの方が良いと私は思う、それは全体ではなく部分的な所だけ温めれば良い。
 そんなことで今でも湯たんぽを使っており、時代遅れと言われてもピンと来なくて、少しくらいは面倒でも湯を沸かして従来の湯たんぽを使う。
 昔の形そのままな湯たんぽ、ブリキで出来ていた昔のものではなく、樹脂製の湯たんぽがそれ、これを愛用している。
 ハイテクなものを使わなくとも、暖かくて安全、熱くてそれを避けるためにカバーをつくり、その中に入れて使用しているのだ。
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2020年01月11日

鏡開き

   ぜんざい

 鏡開きと言えばぜんざいと連想するのは食い意地SANY1855.JPGが張っているからか、子供の頃よりこの日はぜんざいが食べれる日と思っていた。
 事実我が家ではお供えの鏡餅を崩してぜんざいの中に入れ、そのお餅を食べるのかこの日の行事みたいなものであった。
 母親が鏡餅を割るようにと私に金槌渡し、包丁では切ってはいけないと言うのだが、その意味が分かったのは少し大人になってからの事、その時は分からなかったのだ。
 そもそも御鏡さんは神様にお供えをしたもの、それを包丁では切らず、固くなったお餅を金槌で割ると言う作業をするのだ。
 これは切る事は縁起が良くないから、開くとか割るとかに言い換えるので、子供の頃は何でだろうと不思議に思ったものだ。
 その意味が分かってからは自然に身に付いたもので、鏡開きの言葉もしっくりと聞こえるようになったことを覚えているのだ。
 我が家の子供の頃、鏡餅はでっかくて分厚いものであったから、当然の事硬くて中々割れず、苦労した事を覚えているが、今はそんなに大きくはない。SANY1862.JPG

 実は我が家の鏡餅も現代的になったのだが、それは震災以後の事、エコが囁かれてから鏡餅もパック式のお餅になってしまった。
 然し神棚やその他にお供えする鏡餅は昔ながらのお餅、そんな鏡餅を子供に金槌で叩いて割るように教え、この日に現在も行っている。
 昔みたいに大きくはないので割るのに苦労かる事はなく、簡単に割れるが、あまり力を入れ過ぎるとバラバラになってしまうので気を付けて割るように教えた。
 ただしカビが生えた鏡餅は食べない様にして、綺麗なものだけを食べる事にしているが、カビは待ってはくれないのですぐに生えて来るから、選別をするのにも気を遣う事になる。
 何にしても今日は鏡開き、ぜんざいが沢山作ってあるから、昔ながらの食べ方で鏡餅のお下がりを頂く事になる。
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2020年01月10日

どちらが良いか

          綺麗が良い
SANY0134.JPG
 古時計愛好家にとって時計の状態が1番の関心事、その時計が状態が良ければ、良い事はありがたい事、良ければよいほど望ましいのだ。
 古時計は当然時代が経っているのが普通、時代が古ければ状態も良く無いものが多く、状態の良い物はすくないものだと思う、あたり前の事で時代が経っていれば当然痛んでいるのが当たり前、当時の状態のままあるのがあり得ないので、それ相当痛みがある。
 この古時計、発見されたままの状態ものは少なく、なんらかの手が加えられているのが普通、埃を払いのけただけではなく、再塗装したり、磨いたりと手が加わっている。
 良くピカピカの古時計が売りに出されている事も、売り文句としては直ぐに使える状態とうたわれているのだが、その古時計を見ると真鍮部分や扉まで磨かれている。
 確かに綺麗である事は認めるが、全く時代が無くなってしまっている物が多く、手が加えすぎで古時計の雰囲気がなくなってしまう。

 ここで2つに分かれるのだが、綺麗な物の方が良いと言う人、元の状態のままで良いと思う人、この2つに分かれるが、何処まで綺麗にすれば良いのかだ、もともと古時計は時代が経っているものだから、それなりの古さがあって当たり前、それを製造当時の状態に近づけ様としても、それは出来ない相談だ。SANY0147.JPG
 しかし綺麗だからと手を出す人も多いのが現実、綺麗な時計から売れて行くのも事実、ではどの様にしたら良いのかであるが、これまた難しい事。
 出てきた当時のまま保存するのが1番良い事、汚いから綺麗にするのではなく、少なくとも現状維持の形で残すこと、これが大事な事だ。
 表面の埃だけは取り除き、あくまでも現状維持、これが古時計の保存の鉄則、時代を経た痛みも極力少なく修理する事、それも出来れば昔の手法で行いたい。
 ニカワが劣化して剥がれていれば、ニカワで又接着する事が望ましいが、難しければボンドでも仕方がない、表面にはみ出さない様にする事。
 真鍮類はピカピカに磨かない事、ガラスも変えないこと、ラベル等の紙物は極力保護をして維持する事が大切、できれば表面をプラスチックのカバーをしたいものだ。
 自分が手に入れた物だから、別に好きなようにしたいと思う気持ちは同じ、しかし古時計を後世に伝えるつもりでなければ、古時計愛好家とは言えない。
 今まで生き残ってきたから、尚更の事後世に伝える義務があると思って欲しいもの、それが古時計愛好家だと私は思う。






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2020年01月09日

展示の準備

    部品が足りない
 今年も尾張瀬戸のSANY2455.JPG雛めぐりがやって来るが、昨年新たに手に入れた白木御殿、点検したところ展示前に部品の足りない事が分かった。
 良くある事だが買い込む時には完成品を見ることは出来ないので、売り手が完品だと言えばそれを信じるしかないのだ。
 この御殿もその様な状況で買い込んだが、点検したら部品が足りない事が分かり、このままでは組み立てての展示は不可能。
 そこで足りない部品を造るしかなく、良く似た御殿を参考に部品造りに入る、しかし簡単には行かないもので、寸法が全く分からず四苦八苦。
 それと言うのも、このような御殿、製造しているところにより大分違いがあり、完成図もないから尚更難しい状況に陥った。
 御殿は白木造りの京御殿飾り、明治期に製造された物で、特注品らしく横幅140センチ、高さ53センチ、奥行き42センチの大型御殿。
 参考にした御殿も同じ明治時代の御殿であるが、中京製の白木御殿、京都製と少し違いがあるようで、細かい所が不明で、後は良く似たものを造るしかなく、適当にアレンジをして部品造りに入るが、当然のこと釘を一本も使わないものなので、切込みを入れて接合されるが、その切り込み具合が微妙に合わない。

 材料の木材だがホームセンターで予想した寸法でカッSANY4286.JPGトしてもらい、御殿の組み立てに入ったが接合部分がやっぱり違い、組み合わない。
 原因は時代による歪、古い木材はねじりが入り、少しづつ曲がってくるために、キッチリと測った寸法では合わないのだ、曲がった部分は真っ直ぐにする事は難しく、曲がったままで接合するしかないのだが、其れが簡単には行かないのだ。
 写真はその御殿、四苦八苦して部品を造り組み立て、合わないところを微調整し、再度部品を造り直しては組み立てる。
 そんな繰り返しを何度もしなければならないのだが、造る方が素人だから尚更合わなくて、四苦八苦やるしかないので無理やり組み合わせて終了。
 部品は美しい造ではないが組み立てるのには不足は無い、その上後ろ部分でもあり、妥協して完成とし、展示にどうにか間に合った。
 それにしても簡単な造りだが、そこは職人の作業、図面通りに仕上がっているからピッタリと接合できるが、後から適当に造った物は、やはり不格好である。

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2020年01月08日

餡子か皮か

   たい焼き

 この時期になると無性に食べたくなるものにSANY1321.JPGたい焼きがあるが、焼き立てを食べるのが一番、寒い時などは焼き立てで熱々のたい焼きを冷ましながら食べるのが最高。
 寒いから尚更の事たい焼きの熱いものが身にしみ、手に持っていても熱いたい焼きが匂いと共に体に伝わってくる。
 特に屋台で食べるたい焼きは一味違う、特に旨いと言う味ではなく、あの熱さと匂いに完全に虜になっているのだ。
 寒さも勿論味の内、寒いから味も美味しく感じるのは暖かいものが持つ力,やはり屋台で食べるたい焼きは特別なものだ。
 それは味自体が美味しい訳ではなく、雰囲気と場所が大いに関係している事は確か、食べ物は雰囲気が一番大事、幾ら旨いものでも雰囲気が台無しでは美味しく感じられない。
 食べると言う事は目で見て感じ、舌で味わい、鼻で感じるものだと誰かが言っていたが、確かにその通りだと感じる。

 そしてたい焼きには2つの要素が必要、DSCN0375.JPG餡子と皮の状態を指し、一番は餡子、最も上質の餡子ではなく、たい焼きに相応しい餡子後あると信じるが、それも好き好きである事は言うまでもない、とびっきりの上質ではなく、そこそこの甘さ。
 この程度の甘さが重要なポイント、そして尻尾まで餡子が入っているかどうか、それも重要なポイント、やっぱり尻尾まで餡子は入っていないとダメ。
 2つ目のポイントは皮、皮がパリパリの状態がベスト、焼き立てのものは大抵はパリパリ感があるが、少し経てば柔らかくなってしまうが、中々柔らかくならないものもあり、そこも大事な要素である。
 柔らかくなってしまったたい焼きはストーブの上やオーブンで温めれば表面はパリパリ感を取り戻す、柔らかなまま食べずに温めて食べるのが旨い。
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2020年01月07日

七草粥

   もう七日
 SANY2012.JPG
 令和2年が明けたと思ったらもう七日、早いもので遊んでいると特に早く感じるのは歳のせいか、正月の不摂生がたたり胃があまり調子よくない。
 当然暴飲暴食のお陰であることは明白、正月3ヶ日何もしないで食べてばかりしていたから、体重も増えてしまったもので情け無いことに。
 食べては寝、寝ては又食べるといった3日間、訪問者も多くて呑むは食べるはでは当たり前に太る事に、それでもお構いなしに食べた。
 そんな日が続けば体に良くない事は目に見えているが、訪問者と一緒になって食べればツイツイ呑、この繰り返しで今日まで来てしまった。
 酷い時に家から一歩も出ず、ひたすら食べて呑む、正月とは何時もこんな状態で過ぎて行く、歳を重ねてもこの癖は良くならないのだ。
 そんな事で今日は胃を休めてやらないと、昔の人は良くしたもの、ちゃんと分かって行動しているから流石、体のために良い食事をする仕来りをつくった。
 今日は七草粥の日、胃に優しい食事を取る風習をこしらえているのだが、この時期に七草粥を食べる事はチャンと理に叶っているから昔の人は流石。

 そもそもこの風習が伝わったのは平安時代と言われているがハッキリしSANY2005.JPGなくて、それ以前から食べていたとも言われているから不明。
 この七草粥、本来は薬草で無病息災を願ってつくられたもの、野にある薬草を摘んで胃に良い食べ物として食していたのだと言う。
 この七草のうち、ホトケノザとは本来毒草、本当のホトケノザは有毒のある植物、食べてはならない物だと言うが、今食べているのはキク科の植物で毒はない。
 本来のホトケノザでは無いもの、薬草にも毒があるものも多く、それを見極めて食べていた昔の人は、生活の中からの経験がものを言う。
 江戸時代に入ってからは一般庶民もこの日に七草粥を食べていたと言われ、現代と同じ様な食べ方であった様、しかし最近では七草粥を食べる人は極端に減っている。
 食生活の変化や風習自体を知らない人も多くなり、この七草粥も食べなくなってしまった様、以前はスパーでも良く見かけたが、最近では余り派手ではない様少なくなったのだ。
 この七日に全国的に七草粥が食べられるが、地方によっては雑煮やぜんざいと言ったものが食べられ、土地土地の風習も違いを見せている。

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2020年01月06日

双六

    お正月の遊び
SANY2772.JPG お正月の遊びと言えば直ぐに出てくるのが双六、もちろん色々な遊びがあり、その中でも皆で遊べるものとしては双六が人気、人数に関係なく遊べるからだ。
 この双六、古くからあったようで江戸時代に普及したといわれるが、古い双六をあまり目にする機会はなく、どんな図柄であったのか興味もある。
 双六は当時の生活様式が反映されているとの事、時代、時代によって図柄が変化して行くらしく、その図柄を見るのもまた1つの楽しみだったそうだ。
 新しい年にあわせて双六も製作され、その年、年に新しい物が考案されて世に出され、人々もまた其れを期待を持って迎えていたようである。

 写真の双六、明治45年1月に出されたもの、川端龍子の筆なる大作、この図柄当時の世相を良く反映したもの、振り出しはSANY2775.JPG朝5時となっており、上がりは午後10時になっているが、時間をおって1日の生活が描かれている。
 その時間も文字盤を使い時刻を表したもの、5時スタート明治の人は早起き、1日の時間が非常に長い、朝食は7時、其れまでに主婦の仕事は掃除と朝御飯の支度。
 主人の出勤は8時、その後も主婦の1日を時間を追って進む、主人を送り出した後、12時の昼ご飯までに買い物を済ませたり、生花ゃ掃除もろもろ、兎に角時間を追って事細かに双六は進む。
 この双六を見ただけで、明治時代の主婦の行動が分かるが、これも理想の主婦の働きを表したものだが、川端龍子が其れを求めて描いたものなのかは不明だが。
 明治の女性の生活の一部始終が描かれており、当時の生活が今の我々が目で見える物であり、昔の生活を知る上でも貴重な資料といえよう。
 上がりが午後10時となっており、その時々の時間は文字盤で表示されているから、時計の資料としても興味深い双六であり、有名画家の製作した物となると尚更である。
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2020年01月05日

ガラス絵

   描いていない
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 良く古時計を説明する時にガラス絵付きと表現してある時計があるが、何処がガラス絵なのかと疑問を持つ人も多いと聞く。
 大抵の場合、ガラス絵の入っている部分は振り子室のガラスを指す、文字盤部分ではないもの、そこには色々な模様が描かれている。
 時計の種類にもよるが、八角型は振り子室が小さい為あまり大きな絵は描けないから、小さなものに限られ、変形型の時計には大きく描かれたものもあり、絵の種類も多い。
 しかしよく見るとガラス絵付きと書いてあっても、よく実は写真が張り付けてある事に気が付くが、これをガラス絵と呼べるものなのかとの疑問が湧く。
 確かに良く見ると昔の写真が張り付けてあるだけ、絵が書いていないもの、描いてはいないのにガラス絵、やっぱりおかしい。
 本来、ガラス絵なるものは手書きで絵を描いたものを指し、写真を指す言葉ではないが、何故かしら以前よりガラス絵と表現している。
 DSCN1058.JPG
 この指摘は以前から会員さんからも質問されて来たが、この表現何時頃のものかは不明、しかし明治のカタログにもガラス絵付きと表現したものもある。
 当時からも写真でありながらガラス絵とカタログに表現がなされているから、自然に写真も絵であると認識していたようである。
 カタログを見る限りでは明治期、八角型の時計のガラス写真はガラス絵と記載されいるので、それ以来通説としてその様に扱われたと言える。
 実際のガラス絵を嵌め込んだ時計も多く存在、手書きで彩られた模様、日本的な図柄が多いのも、西洋時計と同じものを描きたくない日本の職人たちの意地かもしれない。
 現在残っている当時のガラス絵の付いた時計、実に見事に描いているから、西洋時計のまねではなく、日本独自の図柄である。
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2020年01月04日

今年も自然薯

   正月は自然薯
 今年も恒例の親戚一同我が家に集合、正月恒例の食事会、毎年正月DSCN0345.JPGには親戚が集まり、わが家で食事をするのがきまり。
 決まりと言うよりは恒例の行事、1日、2日の2日間で約60人集まって来るから大変、狭い我が家は人で一杯だ。
 よく人に聞かれるのが、そんなに人が一杯集まって何処で食事をするのかと、確かに人から見れば不思議でならない。
 そんなに大きな家でもないのに、何処で集まるかと言う事だ、確かに我が家は狭いが、別に知らない人ではないので窮屈だが座る事は出来る。
 2部屋に一杯の人で埋まる事になるが、それもまた楽しいもの、子供達も狭いがゆえに楽しんでいるようだ、そんな状態でも子供たちは遊ぶ所を見つけて、自由に飛び回っているから面白いもの、より親密感がでて之はこれで良い。
 狭い部屋だから逆に親密感があると思うが、あまり隔たっていると話もし辛いのでは、狭いから良いと思う、これだけ人が集まると食事も大変、見る見る出した料理が無くなってしまい、慌てる事になるのも毎年の事。
 そんな事はお構いなしに食事は進むもので、出したものがあっという間に胃袋に消えて行くが、それにしても若い人は良く食べる。
 普段2合のご飯が3日はあるのに、今日は1升5合を炊いても足らない位、あっと言う間に胃袋に消えて行くから凄い。

 正月といえば、この地方の風習で自然薯を食べること、2日間で3キロの自然薯が胃袋に消えるのだ、これを楽しみにしてくる親戚ばかりで、お節料理よりも自然薯が優先、今年の味はどうかと、厳しい意見も出てくる。DSCN0346.JPG
 小さい時から食べなれているから、味にはうるさい連中ばかりで、今年の自然薯は香りが薄いとか、粘りがないとか、それはうるさいのだ、孫たちも小さい時から食べているから、全く抵抗もせずに食べるが、初めて連れられてくる人は最初自然薯を見て躊躇する。
 何だか知らないヌルヌルとした汁状のもの、美味しとは思えないらしく、どのようにして食べたらよいか戸惑う。
 この自然薯の作りは私の担当、子供のころより親父に仕込まれたから、普通の人よりは作りにはうるさいのだ。
 陶器の卸板であらずりをした後、すり鉢で約2時間以上すらなければならず、これが一苦労であるが、怠ると味が落ちる、味にうるさい連中だから手を抜くことはできず、2日間は自然薯制作で疲れ果てることもあるのだが、恒例行事だから仕方がない。


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2020年01月03日

一富士

   何故だ
 一富士、二鷹、三なすびと言われ、良いものの例えとされている言葉、一DSCN1978.JPGつは目出度いものとしても扱われている言葉である。
 一般的には初夢にみると目出度いとされる言葉、昔から正月の初夢は目出度いものを見ると縁起が良いと言われ、その代表が富士山、日本一の高い山であり、誰もが憧れる富士の山。
 もともと初夢は大晦日から元旦にかけての夜に見る夢の事、それが一年で一番最初に見芽夢とされているが、諸説あり、2日から3日の夜にかけてみる夢とも言われている。
 一日か二日かと言う事なのか、所によって違いがあり、現在では2日から3日にかけてが初夢だと言われているが、これもまた処によりである。
 では一富士は誰もが納得する意味で良い、つまり日本一だから異存はないと言われるが、では2番の鷹はどうだろう、鷹は高い所を飛ぶから、これも高いに由来すると言う、そして3なすびはどうか、駿河の初物なすびは高値で取引され、これも高いものとしての意味と言う。
 そもそも江戸時代の事、駿河の国に徳川家康がおり、神君家康自身が好きなものとされていたのが、鷹雁りと初茄子と言われ、勿論駿河の国の富士山は日本一、この家康の好きなものを並べたものだとされている事から、一富士、2鷹、3茄子と例えたとの事。
DSCN1979.JPG
 いわれは兎も角初夢は縁起が良いものかよい、この3つを題材に色々デザインされているから、探してみるのも面白いと思う、私もいわれは兎も角富士山をデザインした皿を探してみたら、あるはあるは、どんどん見つかり、如何に富士山が本当に愛されていたと言う事が肌で感じられた。
 富士山だけ描かれたものは非常に多く、その殆どが三保の松原から見た富士山、ここから見る富士山が昔から一番と言われており、どの皿にもこの構図が多く、誰しもこの景色がピッタリとしていると思っていた様で、数々の更に描かれているのだ。
 やっぱり富士山は日本人は縁起の良い山、不死からくる言葉や、無事と言う意味もあり、高い山だけではなく縁起のよい山であると思う。
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2020年01月02日

お屠蘇

    正月の儀式

 SANY3667.JPGお正月、お屠蘇で一年の健康を願うもの、三が日の訪問者にもおとそで迎えるもの、このお屠蘇古くから日本に伝わり、宮中で儀式化された。
 元々中国の三国時代に遡るとされ、盛んになったのは唐の時代と云われ、日本は平安時代とされるが、もっと古くからあったとも云われる。
 鎌倉、室町時代には武士階級にも広まり、江戸時代には庶民にも伝わったといわれるが、明治以後広く広まったとされている。
 お屠蘇とは各種の薬草をブレンドしたもの、山椒、桂皮、防風、肉桂、桔梗、陳皮などの生薬、これを日本酒に浸して正月に飲む。
 屠蘇散とよばれ、昔は薬屋が販売していたもの、暮になると景品につけたり、其れ独自に販売したりと、薬局が屠蘇散を扱っていたものだ。
 その効用は胃に良いとされているが、その他は風邪の薬ともなり、その用途は薬と同じ使い方、生薬であるから当然のことであるが、胃に優しく、風邪に効くから子供から大人まで飲める。

 SANY3668.JPG屠蘇の作り方は、屠蘇散を器に入れて前の晩に酒を入れ、翌日に屠蘇としていただく、漢方と同じでじっくりと染み出た薬草が体に効く、独特の風味をさせてもいる。
 現代では、屠蘇の元も販売されているから、酒だけでは子供が飲めないから、味醂と酒を少し入れて器に浸しておけば、翌日には家族で飲めるようになる。
 子供から大人まで、正月に屠蘇をいただいて、一年の邪気をはらうと共に、家族の健康を願っての儀式を行ってはいかがであろうか。
 屠蘇を飲む順番も色々とあるが、まずは年少者から順に飲んで行くのが1番多い様であり、家長から飲むというところもあり、どちらにしても新年を祝う飲み物である。

 
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2020年01月01日

謹賀新年

       あけましておめでとうございます。
 
SANY2226.JPG
                          
         日本古時計保存協会
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