2020年05月31日

日時計の色々

   安いものからSANY0791.JPG
 明治に入り日時計に普及品が多く製造され、一般庶民も使えるものに、江戸時代には簡素な日時計しか持てなかった庶民。
 裕福な人たちは豪華な日時計を持ち歩いていたが、庶民は紙で出来た日時計を持参、簡単なもので時間を知っていた、それは関所の開門や閉門の時間。
 旅に出て一番重要なのは門限、関所を通り抜けしなければならないから、当然時間を知らないと足止めを食らう事になってしまう。
 特に山道は険しく、足場は悪いために早く進めないので時間がかかる事に、当然山道だから足止めを食らえば大変な事になる。

 だからこそ日時計は重要な携帯品、SANY1981.JPG旅の必需品であるが、日が出てないときは用をなさないので、雨降りや、曇りの時は困った事になる。
 昔の旅人は苦労の連続であったようで、今の我々が旅をするのと訳が違い、一歩外に出れば自然がいっぱいの世界。
 コンビニなどあるはずもなく、宿場までたどり着かないと宿もない状態であったから、時間までにたどり着かないといけない。
 ましてや夜は早いから店も閉めてしまい、その前に辿り着かなければならないのだ、その為にも日時計は重要な必需品であったと思う。
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2020年05月30日

暑い時期が

   そろそろ梅雨
 今年はコロナ騒ぎで暑いのも忘れてしまいそう、家の中にいるDSCN2265.JPGせいか余り暑さを感じないが、外は温度がどんどん上昇、真夏日が出る時期になってしまった。
 家の中に居ると外気温もあまり分からず、天気予報を見て知るがそれは感覚ではなく温度の数字、確かに高くなっている。
 もう6月になるから梅雨も近く、うっとおしい雨がやって来るが、この時期になるとテラスの日除けをしなくてはならず、毎年行っている。
 以前は梅雨明けに行っていたが最近は早くなってしまい、梅雨前に行うようになり、今日簾をテラスの上に置く事になった。
 本当は梅雨明けでないと簾が痛んでしまうが、この暑さでは仕方がなく早く簾を上げてくれと妻にせがまれ、日本間にかけてあった簾を外してテラスの上に置く事に。

 我が家では日本間の前に簾を掛けてあるDSCN2264.JPGが一年中掛けており、この時期になると新しいものと交換するのが習わし、古くなった簾馬テラスの上に置き夏過ぎまで上げておく。
 簾の使いまわしだが結構便利で、夏の暑い日差しから光を遮ってくれるので便利、何も新しいものを使う必要が無い。
 日本間に掛けてあるからさほど傷んでなくて状態は良い、やはり掛けてあるからと思うが、テラスの上に置くと暑い日差しと雨のせいで劣化が早くなる。
 掛けている時はさほどでもないが、横にして雨と日差しに充てると劣化は早く、夏過ぎには使えない状態になってしまうので使い方次第で持ちも悪くなると実感している。
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2020年05月29日

猫の顔

   個性が表に
SANY0218.JPG
 招き猫、現在でも根強い人気を保っているものの一つ、商売繁盛のお守りとして、商店主から絶大に支持を受けたいる。
 全国各地で製造されているが、それぞれの造り方で製造されているが、勿論その所の特徴を出しているのだ。
 もともとは素焼きの招き猫が造られていたが、時代と共に磁器で製造される様になり、より豪華なものまで現れる事になる。
 商売繁盛を願うものだから、それなりの拘りと信頼性も要求されるもの、昨今ではマスコットとして人気であるが、それはそれ。
 やはり商店主にとっては商売繁盛が望み、それを叶えてくれるものが招き猫、昔から親しまれている信頼感だ。
 そもそも招き猫は鐘を集めてくれるものではなく、人招きをしてくれるものだが、商売では人が集まらなければ金も集まらない。

 だから人が集まってくれる願いを込めて、店頭に招き猫を置いて、人寄せの為のおまじないと言って良いものだ。
 だからこそ、招き猫が愛される秘密でもあるのだが、マスコットとしての招き猫は違うもの、可愛らしくあればそれで良い。
 最近の招き猫もその時代の流れで、変わった招き猫が登場、今までに無いものが造られ、市場に出回っている。
 両手を挙げて、金と人を同時に呼び寄せたいと言う願望を持つ猫、私にはお手上げ状態の万歳にしか見えないのだが。SANY0240.JPG
 人間の欲望を満たすために造られた招き猫が、思わぬところまで進化してしまった一例でもあるのだと思う。
 しかし昔ながらの正統な招き猫、仕来りにのっとり人を招き入れる為に造られているが、そこは作り手の個性も入っているのだ。
 同じ招き猫でもやはり比べて見れば個性が、双子の兄弟でも一人、一人に個性があるもので、招き猫にもその個性が。
 同じような顔をしていても、良く見るとそれぞれの個性が現れているもの、顔が突き出て本物の猫みたいなもの、丸顔で可愛らしいもの、そして伝統的な顔をしている招き猫、やはり一つ一つに個性が表に現れていて、ジックリと見ていても飽きない顔をしているのだ。







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2020年05月28日

今年のバラ

   はちものDSCN2242.JPG
 今年のバラ、昨年虫に入られ弦バラは全滅に近い状態であったが、何とか持ち直して生き延びている、しかし元気がない。
 当然の事だと思うがなんとか頑張って生きて欲しいと、色々試してみているので何とかなりそう、しかし花は少なく小さい。
 40数年我が家と共に生きてきたバラだから、兎に角頑張ってほしくて専門家にも相談し、アドバイスは貰っている。
 一番綺麗で好きなバラだけに持ち直して、綺麗な花を咲かせて欲しいもの、弦も少しは出て来たみたいだから来年に期待したいものだ。
 一方、はちものは元気な様子、はちもののバラはそんなに良くないもの、自分では好きではないが妻はこちらが良いと言うのだ。

 好き好きだからそれは良いが、はちものはDSCN2241.JPG置く場所に困り、咲いた時は良いがそれは一時期、その後は場所取りをするので面倒。
 今は玄関先に置いているが、花が終わってしまえば場所を移さなければならず、その場所も問題、庭が狭いので変な所に置くと犠牲者が出る。
 うっかり引っ掛けて怪我人が出る事に、それは私だ、何度となくバラのせいでひっかき傷を、だから場所が問題。
 そんなバラに限って枝を伸ばしており、幅を利かせているので厄介、もう少しこじんまりと咲けば良いのに儘ならない。
 今年は元気が良く蕾も沢山で、今は良い状態だから仕方がないが、咲き終わったら安全な場所に移動しなければ怪我人が又出る事になる。


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2020年05月27日

相談

   質問ではなくDSCN2225.JPG
 古時計愛好家から色々な質問が寄せられるが、何もかも古時計に関して知っている訳もなく、それでも関係なく多く寄せられる。
 古時計に興味を持って貰う事は非常に良い事で、保存協会としても有難い事だと思っているが、何せ私一人が対応しているから大変。
 古時計と言っても種類は多く、和時計から西洋時計、置時計から掛時計、腕時計から懐中時計と千差万別とてもの事分かるはずがない。
 誰しも良い古時計を手に入れたいと思うのは人情、私とて別格ではなく良い古時計が欲しいと思うもの、しかし現実は厳しいものである。
 第一に資金が無い、金さえあれば良いものも買えるが、小遣い程度で買いたいと思うから、現実は厳しいものだ。
DSCN2226.JPG

 そんな中、会員さんから相談したい事があると、この会員さんは良く会にも出席する人、馴染みの会員さんだが、相談とは何だろうと思っていると。
 古時計を買いたいが今買い時な古時計は何だろうかと言う事らしいが、私に相談されても困るものだ、私が欲しい物とは違うから。
 得てして投資目的であれば相談には乗れないので、詳しく聞く事にしたら、やはり投資目的のようだと分かった。
 今なら安くて良い古時計があるから、将来儲かる古時計を教えて欲しいと、こんな相談には乗れず、私には分からないが、欲しい古時計を買えばとだけ答えておいた。
 困ったもので投資目的で相談されても困るもの、もしも値段が下がったりしたら恨まれてしまうから、相談には乗れないのだ。
 純粋な目的での古時計の相談なら、少しは忠告しても良いが、投資目的は勘弁してほしいものだと思う。
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2020年05月26日

如何しても欲しい

    気にいったから
 古時計を展示していると色々な事に出くわすDSCN0827.JPGが、1番困るのは展示品を譲れという事、それもこちらが大変気に入っているものを欲しいと。
 確かに古時計愛好家なら、珍しい時計は欲しいが、展示してあるものを欲しいと言われても迷惑な話、それも珍品となると尚更の事。
 誰しも経験があると思うが、珍しい時計は中々手に入らないもので、それを手に入れるには苦労をしているはず、だからこそ愛着が湧くものだ。
 展示品にはその様な時計も幾つか展示してあるが、それを欲しいと言われても、はいそうですかと簡単に渡すわけには行かないのが人情。
 誰しも同じ心境だと思うが、しかし中にはそなん事はお構いなしに、自分が気に入ったから譲って欲しいと、申し出る人も多いものだ。

 今年の展示場でもそんな人が訪れ、是非とも時計を譲って欲しいと言われ、何度か見学に来られて、私の留守の間に係りのものに懇願された由。
 係りの人の話では、何度もみえて時計が欲しいと言われているそうな、そこでどの時計と聞けば、黒柿の小型バイオリンだという事だ。
 この時計は私が散々探し回って、ツイに気に入ったものを見つけたもの、譲るわけには行かない代物、今までにも幾度となく譲れと言われて来た時計だ。
 そして、どんな人だと聞けば、老人で何回か来られて譲れと言われるそうだが、私の居ない時ばかり来るそうで、係りの人も困っているとの事。SANY7262.JPG

 そんな事で私の居るときに来て欲しいと伝えて暫く後、その老人が再来してユーハンスの小型バイオリンを譲れと言われるが、その発想がこうだ、「黒柿が気に入ったからこの時計が欲しい」との事。
 しかしこの老人、古時計には興味はなく、黒柿だから欲しいという事だ、そしてモット驚く事には、1万円で譲れという事らしいが、老人曰く「それ位が相場だ」と、これにはこちらが驚く他はない。
 その老人、私に向って是非譲れと強引な態度、仕方なく「この時計はそんな低い評価の時計ではありません、非常に珍しい時計で、愛好家なら誰しも欲しい時計の1つです」と詳しく説明する。
 すると老人、「時計は要らないから枠だけなら譲れ」と、とんでもない事を言い出し、此方も開いた口がふさがらないが、キッパリとお断りした。
 すると、「では1万5千円でどうだ」と、こちらの事など聞いていない様子、こんな事で押し問答をしても仕方がないので、丁重にお断りをした。
 
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2020年05月25日

連絡事項

    ミーティング開催の件
 日本古時計保存協会の浜松ミーティングを開催いたします。
 日時、 6月14日 日曜日
 場所、 NKトレーデング事務所
     浜松市東区小池町2543−4
     053−465−3666
 時間、 11時30分 開催
 会費、 1500円 昼食代本代含む
 尚、オークションも開催しますので、こちらも参加してください。
   オークションは会員でなくても参加可能です、申し出て下さい。

  日 本 古 時 計 保 存 協 会    事 務 局
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2020年05月24日

プランター

    ボチボチと大きく
 SANY1908.JPGエコ対策の一環プランターでの栽培、早いもので8年となるが、未だに上手く行かないことだらけである。
 最初は訳が分からないままスタートし、はじめての事だから失敗して当たり前と思い、別に気もしていなかったのだ。
 しかし2年、3年となると失敗してはいけないと思い、色々な事が心配の種となり出し、あれもこれもと心配だらけの毎日、何が一番簡単なものなのかと、失敗しても被害の少ないものにしたが、次第に収穫が喜びとなり出して来たのだと思う。
 次第に欲が出て来て、より収穫の多いものをと思うようになり出し、もっと良いものを収穫したいと強く思い出す事に。SANY1906.JPG
 そんな思いの中で一番の成果が出たのがキュウリとトマト、最初にしては思わぬ収穫、そして食べて見てビックリ。

 スーパーで買ってきたトマトと全く違う代物が出来、此方がビックリする始末、買うトマトよりも美味しいとは驚き、始めからこんな事だから、次第に期待が大きくなるのは仕方がない事、今年こそはもっと多くの収穫をと思う。
 知らないで始めた時は出来たものにビックリしたもので、こんなに簡単に出来るものなのかと、感心するやらであった。
 それも収穫した物は美味しくて、素人のそれもプランターでの栽培、思っても見ない収穫と順調すぎる展開、それがまた楽しくなり出すが、栽培と言うものは思っていたよりも奥が深くて、今年もより以上に収穫できると思っていた。
 しかしそれとは裏腹に収穫は去年よりも少なく、その上に味も今一のSANY1904.JPG状態、おかしいと思い出し始め、専門家に聞く事に。

 始めの状態と違い連作の状態で、それには栽培の仕方も、最初とは違ったやり方があるらしいと聞かされ、そしてその栽培の仕方は、土の改良から始めなければいけないと、去年のままの土を使う事は肥料不足と菌がい付いている事もあり、消毒もしなければイケないと言う事だ。
 何もしないまま去年の土を使い、少しの肥料を入れての栽培であったから、何やらおかしなことになっているのだと言う。
 簡単と思っていたプランターによる栽培、本当はそんなに簡単ではなく、土から改良して行かなければならず、思っていた以上難しくなったようだ。


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2020年05月23日

思い出の時計

    お土産品
SANY0159.JPG
 以前も紹介した時計、若い頃より腕時計は好きで、色々な形の物を集めては代わる代わるにはめ、それを楽しんでいたのを思い出す。
 勿論その時は掛時計はまだ一、二個、しかし腕時計は20個以上は持っていたと思う、見るもの見るものが欲しくなり、結果は多くたまっていた。
 友人が「お前の腕は何本あるのか、そんなに時計を買ってどうして使う」と、そんな時は「毎日変えているから大丈夫」と答えていた。
 確かに友人の言う通り、自分の腕は二つ、しかし時計をハメるのは一個、毎日ハメ変えても20日以上はかかる。
 確かに言われればその通り、それでも時計は好き、知らないうちに次の時計を探している自分がそこに、新たな時計を探しに。
 いくら集めても集めたらないので、現在でも買い集めているのだが、別に高い時計を集めている訳ではない。
 確かに高い時計は良いに決まっているが、そんなものが沢山集められるはずはなく、安い物しか買えないのだ。
 だから工夫をしなくては手に入らず、自然と中古品に目が向く事に、名古屋大須に質屋さんが多くあっまって店を出している。

 質屋会館と言うところ、そこには常に出入りSANY0165.JPGして面白い時計を探し、見つけては安く買っていたものだが、この質屋会館、確か品数も豊富で、しかも安くて信用もあるもの、保障もシッカリとしているから安心して買えた。
 他の店では信頼性に欠けるが、此処は信用度が高く、物も安く出ていたので、ツイツイ買うのも多くなってしまい、気を付けないと買い込み過ぎた。
 写真の腕時計、これを見つけた時には、こんな面白い時計があるのかと、早速買い上げ、店の人に何処の物かと聞く、店員さんは「スイス製の安物の時計だが、デザインが面白いでしょう」と言って機械を見せてくれた。
 中の機械を見ると確かに安物の機械、玩具に近いものだがシッカリと時を刻んでいるので、楽しんで使えばよいと思った。
 その後この時計は良く使ったが、いまだに故障もなく動いており、実用向きであったと感心しているのだが、あの時買い込んで良かったと思っている。



















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2020年05月22日

凧絵師

   角館凧絵師DSCN2223.JPG
 五月人形を整理していて鐘馗ののぼり旗を見て、ふと凧絵師の武藤さんの事を思い出し凧絵を探す事に、何処かにしまった覚えがあるが何処か分からない。
 前にもブログで書いたが武藤さんとの思い出は今も残っており、鐘馗ののぼり旗で思い出すとは聊かおかしいが、それだけ武藤さんの事が記憶にあるからだ。
 初めて会ったのは角館の飲み屋と記憶しており、当時武藤さんは白髪のひげ姿であったと思う、それだけ印象深い記憶がある。
 物静かで仙人のような雰囲気が漂っており、何処の人かと思いつつ遠くで眺めていたが、その後近くで話を聞き凧絵師だと分かった。
 翌日武藤さん宅を訪れ、凧絵を見せて貰う事になったが、色々な凧絵があり目移りがしてどれが良いのか分からずまごまごしていた。
 津軽凧とは少し違い、角館の凧は色が違うと言われたが、自分ではなかなか分からず、細かな説明をして頂いた覚えがある。
DSCN2224.JPG

 その時買った凧絵が鐘馗で思い出したもの、改めて見ると当時の事が思い出され、裏を見ると1977年とあり、私の記憶と少しずれているが、この時期かもしれない。
 津軽凧も好きで凧絵師の自宅を訪れて色々と見せて貰ったものだが、武藤さんは淡々と凧絵の事を語られるので、やはり仙人のようであった。
 この凧絵はその時武藤さんが選んでくれたもの、確か川中島合戦のものだと記憶しているが、武藤さんの得意なものの一つと言う事らしい。
 あれから何十年経っているが武藤さんの事は忘れもしない、あの時私はまだ若かったから、よく武藤さんが応対してくれたものだと。
 確か角館はその時は2回目の訪問であったと記憶しており、盛岡から汽車で角館に行った覚えが、駅から歩いて角館市内に、武家屋敷を見学してから飲み屋で武藤さんとあったと思う。
 今は懐かしい思い出の一つ、時計も貰ったもので今も家にある。
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2020年05月21日

槇の木

   枯れたDSCN2221.JPG
 我が家の槇の木、新築した時に植えたもの、実家に古い槇の木があり幼い時から見て来たので、自分が家を持った時には必ず植えたいと思っていた。
 狭い庭なのに槇の木植えればさらに狭くなり、つり合いが取れないと言われたが小さい頃の夢でもあったので反対を押し切って植えた。
 確かに狭い庭なのでつり合いが取れない事も承知の上、友人からは狭いのに何で槇の木なんか植えたのだと厳しい批判、確かな狭い庭だと思う。
 しかしこの木だけは初めから植えると決めていたので、知人に頼んで探してもらった木、産地に行き直接買い込んだ木でもある。
 その時植木職人から、あんたが死ぬまでには一人前になるだろうと、そんな風に言われたが何のことか分からなかったが、今になってやっと分かった。
 槇の木は成長が遅く中々大きくならないらしく、目の高さの所がビール缶の太さのものが、一端の木になるのに100年近くかかると言う事らしい。

 それが最近になり理解できるようになり、我がDSCN2220.JPG家の槇木も買い込んだ時よりは太くはなったが、まだまだ思ったよりも大きくなっていない。
 そんな槇の木が昨年の夏の日照りで枯れかけ、何が何だか分からず右往左往したが、3つの枝が枯れてしまいガッカリしたのだ。
 これで折角植えたものが枯れてしまうと思ったが、植木屋さんに聞いたら、その木が体力があれば回復するでしょうとの事、しかし心配であった。
 あちらこちらの人に聞いても枯れてしまうのではと言われ、流石に落ち込んだ時もあったが、植木職人の言う通り、ことし春に枯れ枝から小さな芽が出て来たのにはビックリ。
 早速植木職人さんに聞いたら、大丈夫元に戻るのには数年はかかるが大事に育てれば回復するので心配いらないと言う事だ。
 それにしても木とは生命力のある植物、人間も見習らないといけないと、その時思ったもの、コロナなのに負けてはいられないと感じたものだ。
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2020年05月20日

鎧兜

   節句は過ぎたDSCN2218.JPG
 よく言われるのは節句が過ぎたら早く仕舞えと言われてきたが、それは季節の変わり目を示すために言われて来たことであると言う、節、節は15日周期でやって来るからだ。
 特に言われて来たのが雛人形だ、3月3日を過ぎたら仕舞わないと嫁に行けぬと、そんな風に言われて来たと思う、それもまた節、節を知れと言う意味。
 我が家も雛人形は昔の人達が言う通り、節句が過ぎたらすぐに仕舞い、5月人形の準備をするが、兜飾りはそのままにしておく。
 雛人形と違って早く仕舞わずに床の間に鎮座しているが、それは私の誕生日が6月5日であり、昔から旧暦の節句まで飾っていたので、我が家もそおしている。
 母親が私の誕生日までは飾っておいてくれたので、他の家では仕舞い込んでしまった鎧兜はそのまま床の間に飾ってあった。
 しかしこの鎧兜は兄のもの、私の物はないのだが、昔は長男のものしかないのが当たり前、小さい頃は兄弟二人のものだと言われていた。

 そんな事で私の5月飾りはないがDSCN2219.JPG、実家を解体する時に蔵から爺さんのものと思われる鎧兜が出て来たので我が家に持って帰った来た。
 私はこの兜飾りを見た事がなく、一番上の姉に聞いても知らないと言う、しかし紛れもなく我が家の家紋入りの5月飾りだ。
 親父のものかとも思ったが、やはり違う様で長い事仕舞い込んであったよう、そんな事で自分の物が無いので、それ以来我が家はこの鎧兜を飾っている。
 昔の鎧兜を忠実に再現されたもので和紙で出来たもの、戦国時代の当世鎧と思われる造り、和紙の上に黒漆を塗り仕上げた手の込んだもの。
 自分の5月飾りが無かったので、何故か親しみが湧いて、それ以来この兜飾りを毎年出し、自分の誕生日まで飾っているのだ。
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2020年05月19日

ロボット

   歳をとっても

 幾つになっても好きな玩具SANY2042.JPGは好きで、見つけるとツイツイ手が出るもの、男とはそんな生き物であると思うが、それは私だけか。
 特にブリキの玩具となると見ているだけで楽しくなるのは何故だろうか、郷愁の想いだろうか、それとも単なるもの好きなのか。
 昔が懐かしく思うのは誰しも同じだと思うが、特にブリキのロボットと飛行機、それにレースカーは何時見ても楽しいものだ。
 その中でも特に好きなのはロボット、勿論子供の頃から好き、しかし高くて手に入らなかってものの一つ、子供の頃好きではあったが手に入れてはいないもの。
 欲しくとも高くて買えなかったと言う方が正しく、高根の花と言う玩具でもあったもの、だから尚更の事好きかも知れない。
 ロボットを見つけるとツイツイ手を出してしまい、買いたくなるのは子供の頃の反動かも知れないと思うが、やっぱり手が出てしまう。

 大人になってから何台ものブリキのロボットSANY2045.JPGを買い込み、子供の頃の夢を果たしはしたが、使い過ぎて何台も壊れてしまった。
 その都度自分で直そうと思い挑戦はすれども、直ったためしはなく、全て壊してしまったので、手元には数台しかない。
 古いものは余りいじらずにしているが、復刻版は直ぐに手に入るのでツイツイ遊び過ぎた壊してしまっている。
 写真のロボットもその実例で、復刻版を買い込み動かし過ぎて、壊れてしまい、現状ではどこが悪いものなのか分からない。
多分電気系統である事だけは分かるが、電機にはめっぽう弱くて、何処がどうだか分からず、そのままな状態になっている。
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2020年05月18日

これも姫達磨

   見た事のない
DSCN0698.JPG 姫達磨、言わずと知れた小さな四つ丸達磨、その姿が可愛い事もあり、通称、「姫達磨」と呼ばれている古時計である。
 古時計の中でも人気が高く、愛好家なら1つは持っていると言われる時計、明治後期から各社から多く製造されて市場に出た。
 色々な種類はあると言われているが、実際に現存しているものは少なく、今となっては中々手に入らない時計となってしまった。
 その中でも人気の高いものは、精工舎の姫達磨であるが、人々が思っているほど数は少なくなく、姫達磨が市場に出れば精工舎のものだ。
 以前は数が少ないと言われて、古時計愛好家が買い求めた結果、値段が急騰し愛好家もビックリする始末、然し数が多いと気が付き始め、しだいに値段も下がって行った。
 勿論他の古時計と比べれば遥かに台数は少ないが、それでも手に入れるのは難しくなDSCN0700.JPGいもので、今でもネットで出品されている。
 その値段も以前の値段の半値以下、高い時に買い求めた人にとっては驚きの値段、しかしこの値段が普通であると思うが。

 需要と供給のバランス、以前が異常な値段である事は確か、前に買い込んだ人はガッカリ、しかしそれも流行と割り切る事。
 皆が注目すれば、この様な異常現象を引き起こすが、それはそれとして、他の会社の姫達磨も存在しているから。
 愛好家から見れば、逆に数の少ない他の会社の姫達磨を手に入れたいと思うが、事実、現在では高野時計の姫達磨の方が高い値段。
 遥かに高野時計の姫達磨は数が少なく、愛好家がこの時計に目を付けているから、見つけたら買い求めた方が良いと思う。DSCN0701.JPG
 色々な姫達磨も集めたいと思うのも又人情で、古時計愛好家は何処かにそれがあると信じて、今も探していると聞くが、流行とはその様だ。
 そんな中、私も今までに見た事のない姫達磨を発見、会員の田中さんが隠し持っていたもの、壁に掛けてあるものを何けなしに見ている時発見。
 その姫達磨は東京の赤星時計製造の姫達磨、今までに見た事のない姫達磨であり、早速見せて貰う事に、全体は精工舎のものと良く似ている。
 しかし所々注意して見るに、やはり違いが歴然としている事に気が付き、それぞれの造り方をしていると改めて思う。
 文字盤には赤星のマーク、指針は丸の穴あきユーハンス風のものが付く、他の姫達磨と顔が違って見えるものだ、ガラス絵も普通は金色であるが、これは銀色の彩色が施され、他社との違いを強調していると思うが、一味違った雰囲気を持っている。


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2020年05月17日

ドーナッツ版

   毎 日 暇
 コロナのおかげで毎日が暇、外出もままならず友DSCN2206.JPG人宅にも行けず、家に居るしかないのでやる事がなく退屈な1日を過ごしている。
 勿論頼まれた原稿やブログの記事は仕上げてからの事であるが、それでも時間が有り余っているのである。
 コロナの前は友人宅に出かけるとか、ホームセンターに部品を買いに行くとか、特にスーパー銭湯も良く行っていたのだが。
 そんな事が全部できなくなり、外出自粛の指示では仕方がないので、家に居るしか方法が無い、誰しも同じ事だと思う。
 最初はそんなに長くはならないだろうとタカを括っていたのだが、現実はそんなに甘いものではなく、まだまだ長く続くと思われる。
 時計の部品を探している時、収納庫をあけて記憶を辿って段ボールをあけて見ると、見覚えのあるものが出てきた。

 それは若い頃に集めたレコード、今やプレーヤーが無DSCN2207.JPGければ掛けれないレコード、ドーナッツ版と呼ばれるレコードだ。
 今の人達はこのレコードは見た事もないと思うが、大きさはCDより少し大きく、真ん中の穴も大きく500円玉位の大きさ。
 ドーナッツに似ている事からドーナッツ版と呼ばれてもの、LPレコードより小さいもの、早速プレーヤーを探しかける事にした。
 もう20年は聞いていなくて、何処に仕舞い込んだか忘れていたが、それにしても懐かしいレコード、クリント、イーストウッドのローハイドやリチャード、ブンーのパラディンのレコードだ。
 1960年代のレコードで当時流行った西部劇の主題歌であり、何度となくかけていたレコード、勿論現役のもの、懐かしくて長々と聞く事になってしまった。
 コロナのおかげで思わぬものが出て来たが、これでも聞いて過ごせと神様のお告げかも知れないと、思う事にした。
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2020年05月16日

芽が出て来るのか

   緑地帯
SANY1612.JPG 家を新築してから40年が経ち、あちらこちらが痛んで来ているが、建物に限ったことではないのだが。
 庭に植えた木々もその一つで、長年生き続けているものや枯れてしまったものも、枯れたものは仕方なく次のものを植えた。
 新築以来現在も現役の植木たちも多いが、その中でも一番長生きなのがカイズカ、前の家との境に植えたもの。
 植えた当時は小さな苗木であったことを覚えているが、現在では大きくなり過ぎて、半ば困った状態。
 何故ならば植えた当時は小さくて、そして姿も綺麗にそろったもの、間隔もとって上手く植えたつもりであった。
 併し40年も経つと、思っていた以上に大きくなり、当初思っていたものと違い、幅も何倍かになったしまった。
 一番困ってしまったのが幅、狭い庭の境に植えたため、どんどんと成長してしまい、今では幅を取り過ぎの状態になったしまった。
 毎年選定はしているものの、それでも成長して幅は大きくなっている現状、こんなになるとは計算違いである。SANY1621.JPG

 初めは塀を造りつもりであったが、やっぱり緑が良いとの結論になり、カイズカを植え、当初は良かったと思っていた。
 勿論値段の問題もあり、安いものを探してカイズカに決め、手入れも簡単であったはず、しかしドンドン伸びてしまった。
 昨年秋に余り切り過ぎたので、目隠しのために植えたものが、大きく切ってしまったので前が丸見えな状態に、予想外の結果になってしまった。
 これで本当に枝が伸びて来るものなのかも心配になった来て、大丈夫なのかと心配になってきた。
 本当に芽は出て来るものなのか、こんな状態では目隠しにはならず、近頃では芽が出て来るものなのかと毎日眺めているのだが、果たしてどうだろうか。
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2020年05月15日

分かるかな

   なぞかけ
 コロナで退屈だと思うので謎かけ、会員さんから色々な質問が寄せられるが、SANY2292.JPG中には難題を持ち込んでくる会員さんも多く、こちらとしても神経が休まる事が無い。
 折角相談しくてるのだから何とかしてあげたいが、自分の力では何ともしようがないものも多く、ダダただ脱力感になる事もある。
 会員さんは幅が広く、掛時計から置時計、懐中時計から腕時計と千差万別、その質問に答え切れる筈もなく四苦八苦する状態。
 そんな中、逆にこちらから会員さんに問い掛けたいと思い、少し難しい問題を出してみようと思い立ち、色々な時計を選んでみた。
 一見してすぐに駆るものは面白きないから、中々の何台の方が苦労するだろうと、少しばかり意地悪い質問をして日ごろの憂さ晴らしと思い立つ。
 自分の所有している時計の中から、チョット難しい時計を選んでみたから、直ぐに分かる人は何人いるだろう。

 一つ目は桜の花びらが両横に付いている時SANY2271.JPG計で、名古屋で製造されたもの、振り子室には動物の絵が金泥で描かれているガラスがはまっている時計。
 振り子室の扉は丸いものが付いており、動物は透けて見え、振り子が見えるようになっている扉が付いている時計。
 二つ目は両サイドにハートの形をして物が付いている掛時計、これも名古屋で製造された時計、実用新案特許を取得した時計でもある。
 自社のトレードマークをデザインした、独特の形をした掛時計、明治時代にハートの形をした時計は非常に珍しいものだと思う。
 この二つの掛時計、直ぐにピンと来た人は古時計愛好家として優れた記憶の持ち主と思う、コロナで暇ならブログにも出ているからさがしてみて下さい。
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2020年05月14日

ことしも

SANY1906.JPG   エンドウ豆
 今年もプランターでエンドウ豆を栽培する事にしたが、昨年はトマトを栽培して大成功、余りなり過ぎて食べるのに大変な思いをした、食べきれない程実ったからだ。
 プランターであれ程実るとは思ってもみなかったが、なれば生ったで処理するの大変だと思ったもの、毎日トマトばかりでは飽きる事になる。
 贅沢な話であるが現実、毎日多くのトマトを食べるのもやっぱり辛いもの、なり過ぎにも困ったものだと思う。
 プランターであれだけ生るとは信じ難かったが簡単に生ったので気分的には嬉しい筈だが、食べきれないのも困ったものだ、そんな事で今年はさやえんどうを植えてみたがこれまた良くなったようだ。

 トマトと違い生では食べれないから湯がいたりSANY1904.JPG、煮たりするのだがそれも大変だ。
 トマトと同じで生り過ぎには困る事もあるが、煮て食べれるから日持ちはする為保存すれば良い。
 それにしてもホームセンターの人が言っていた「簡単に栽培できますよ」と言った通りに良く実る。
 野菜を作ると言う事は新鮮なものが手に入ると言う事だが、食べきれないのも厄介な事、程々に生って貰いたいものだが自然の成り行き。
 食物をつくると言う事も大変な事、農家の苦労が体験できたのも、プランター栽培の良い所、しかしなり過ぎては考えものか。
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2020年05月13日

コロナのおかげ

   毎日退屈
 コロナのおかげで毎日が退屈でならないDSCN2203.JPG、日本中の人がその様に思っていると思うが、私もそのうちの一人である。
 これだけ外に出れない期間が長いのは経験した事がなく、誰しも戸惑っているのは当たり前の事、予想打にしなかった事でもあるのだから。
 日本中と言うよりも世界中だと言う事、100年前の再来と言うが、そんな前は知らない事、しかし現実にあった事でもある。
 そして今、コロナは収束していないが、何時まで続く事やら先が見通せない状態、一番早く発症した中国、未だ収束はしていない状態、日本は何時になる事やら。
 それにマスク、一時は何処にも売っていなくて皆が大騒ぎ、偶然にも私はその前に買い込んでいたから、心配ない状態である。
 別に買い溜めするつもりは無かったが、店員さんが進めてくれたので50枚入りを2箱買い込んだ、それが正解であった。
 その後、マスクは品切れで現在に至っているが、我が家ではマスクに心配はなく、また妻が手製のマスクを作り使用しているのだ。

 そんな事で毎日が退屈、妻には運動したらと言われるが中DSCN2205.JPG々、仕方がないから昔買い込んだDVDを見る事にしている。
 何せ西部劇か好きで映画のDVDは多く持っているので、それを毎日見ているが、妻からは同じものをよく飽きないで見えるものだと言われる。
 特にワイアットアープの映画は何回でも見ているので、そんな小言も出て来るが、何回見ても飽きないもので、今日も見ているのだ。
 そしてもう一つがスティーブ、マックイーンの映画「拳銃無宿」このDVDは殆ど持っているので、全部見るのには日にちがかかり、時間稼ぎが出来ている。
 何にしても之から何時まで続くか分からないが、映画でも見るしか時間がつぶれないから、明日も又DVDのお世話になる。
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2020年05月12日

紙の鯉のぼり

    現在とは違うもの
DSCN1176.JPG
 端午の節句は過ぎてしまったが、男の子の成長を願って行われる節句、古来中国より伝来した節句の一つ、色々な説があるが武家社会に入り益々盛んとなる。
 古来より端午の節句は邪気を払うものとして、5月に行われる行事であったが、武家が力を持ち仕来りとして参加となり、江戸幕府が推奨した節句でもある。
 元々菖蒲は勝負に通じ、その形が剣にも似ている事から、縁起の良い植物として武家に好まれ、また蓬はその匂いで邪気を払う。
 もともと薬草として用いられた蓬、菖蒲と相まって端午の節句には欠かせないものとなり、粽と菖蒲、それに蓬が加わる事により、厄除けとなる。
DSCN1178.JPG 古くは宮中で行われて来た厄除けの儀式、5節句の一つとして邪気を払い、1年の健康を願って行われて来たのだ。
 現在の様な男の子の節句となったのは、江戸時代に入ってからの事、特に将軍家が5節句を重要な節句として定めた事による。
 将軍家は男の子の誕生を祝い盛大に儀式を行い、端午の節句をも要した事が、武家に広がったのが最初らしい。

 端午の節句を祝うには、旗指物を床の間に飾り、菖蒲と蓬を束にして軒に吊るして邪気を払い、粽でお祝いしたと言われる。
 この行事が一般庶民にまで伝わり、男の子成長を祝う行事として浸透、武家を真似て鯉のぼりを立てるようになるのだ。
DSCN1177.JPG 元々は武家の旗印、戦において目印としたもの、馬印とも言われるが、庶民には縁のないものだから、鯉のぼりが流行る事に。
 庶民と言っても大店や裕福な商人たちが、子供の成長を願った行った物であり、一般庶民は菖蒲や粽で祝ったものだ。
 江戸時代の鯉のぼりは、今のような形ではなくね本物の鯉に似せて作られており、鯉独特の腹が大きくて寸胴型のものであった。

 写真の明治時代の和紙の鯉のぼり、和紙で出来ており、古い形式のもの、長さは5メートルを超す大きさ、胴体は太くて実物の鯉のようだ。
DSCN1180.JPG
 実際には外で掲げた訳ではなく、大きな土間などの天井に吊るしたとされているもの、和紙で出来ているものなので雨風には弱い。
 これだけの大きなものは、裕福な家庭でなければ掲げる事は出来ないもの、やっぱり子供の成長も金次第なのか。
 それにしても今の鯉のぼりと違って、胴体の大きなもので、和紙で出来ており、鮮やかな色使いもまた当時のもの。
 今の鯉のぼりは流線型の細長い形のものだが、ここにも時代の違いがはっきりと表れているもので、比較して見ると面白いものだ。
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