2020年05月03日

こいのぼり

   天高くDSCN1176.JPG
 鯉のぼり、男の子の成長を願い鯉のぼりを掲げて祝ったもの、もともとは中国古来の伝説にもとずくもので、登龍門と呼ばれる滝を上った鯉は龍に変身すると言う故事、鯉の出世を逸話としたものが日本に伝わり、江戸時代には鯉幟が出来上がる。
 色々な説があるが登竜門にまつわる故事を現実化したものと言われ、鯉は生命力の強い魚、何処でも育つと言われ、その生命力にあやかった逸話とも言う。
 この故事が日本に伝わり、特に武家社会に受け入れられ、武運長久を願う一つの題材とも言われ、出世と結び付け男の子の成長を願うものに変化して行く事になった。
 写真は和紙で製造された明治期の鯉幟、その大きさは5メートルもあり巨大り鯉幟、良く見ると現代の鯉幟と少し違い腹のあたりが太く、程度は良く色褪せもないもので当時が偲ばれるものだ。

 江戸時代に将軍家が自家の繁栄を願って端午の節句を祝った事でそれが大名家DSCN1178.JPGにと伝わり、全国的な広がりとなったという、この日は全国の大名を江戸城に集め、将軍家の権威を見せつけたとも言われている。
 そんな端午の節句を裕福な商人の間にうつり、彼らが武家を真似て端午の節句を祝うようになったが、当然の事鎧兜はなく、旗指物もない、そこで生まれたのが鯉幟だという、諸説あるがこれが現実的だとされている。
 はじめは小さく紙製のものであったというが、次第と大きくなり、室内から家外へと掲げる場所が変化して行く事になる。
 家外の鯉幟は布製へと変わり、それも当初は一匹だけであったと言われるが、次第に数が増え現在のような形式になった言ったと言う事だ、今では鯉幟を上げる場所もなくなり、五月の空も寂しくなってしまった様である。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記