2020年06月30日

夏越の払い

      厄払いですSANY7423.JPG
 夏越の払い(水無月払い)と云い、6月30日は夏を迎えての厄払いの儀式をする日ですが、最近は余り知られていないようで、厄払いに行く人も少ないと聴く、この厄払いの儀式、古く701年に大宝律令によって定められた、宮中における儀式、以後1300年に渡って受け継がれてきた儀式であり、現在も続いているもの。
 当時は、毎日洗濯をする風習が無く、この日に新しい物に着替えたと言われているが、新品ではなく夏向きの着物にしたようで、衣替えであったようだ。
 宮中では、国民の健康を願って、「夏越の払い」を行ったとされる重要行事であった由、この時期は季節の変わり目、病を起こす病原菌が多く、多くの人々が流行り病にかかり亡くなった。

 夏越の払いの様子を詠ったものに、「風そよぐ 奈良の小川の夕暮れは 禊ぞ夏のしるしなりける」 とある。

 現在行われている夏越の儀式は、各神社で行われているが、大々的に行わSANY2179.JPGれるのは京都の加茂神社、それは「茅の輪くぐり」と云われ、茅のの大きなワッパを作り、その中を潜り抜け厄を落とす行事である。
 また、この時期和菓子においては、白い外郎の上に小豆をのせた和菓子が作られ、厄除けの和菓子として売り出されるが、これは宮中での氷室の氷に見立てて作られたお菓子。
 一般の人は氷室の氷が食べられるはずも無く、其れを真似て作られた菓子を食べて厄払いをしたようで、現在でも老舗の和菓子屋では、この時期に作られたいる。
 現在我々が6月に入り衣替えをするのも、大宝律令が大いに関係をしている事を、知る人は少ないが、衣替えは殆どの人が一斉にするのも、実に面白い伝統でもある。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月29日

マッチの記憶

   見かけなくなり
 またまたSANY0687.JPGマッチの話、以前は何処でも見られたものだが、最近は探さないと見つからないので、諦めているが何処に行ってしまったのか、今はライターが普及しており、マッチを使う機会はなく、またタバコは中々吸えず、しかも手元にライターがありマッチは使わないのだ。
 使わないと言うよりは手元にない、ライターがいくらでもあるから必要ないとも、そんなマッチ、少し前まではタバコに火をつけるものはマッチ、誰もがポケットに入れて持ち歩いたものだが今は見ない。 それよりも最近はタバコを吸うところが狭まってしまい、しかもライターに押されてしまい、マッチの姿はなくなってしまった。
 以前は喫茶店や食堂にはサービス品のマッチが置いてあり、それを貰ってきてはポケットに放り込んで煙草を何処でも吸える為の用意、だからマッチを探さなくても何処かのポケットに入っているので困らなかった。

 その中から特に気に入ったマッチSANY0683.JPGの図柄があると、二、三個貰いポケットに、そんなマッチを他の店で気に入ったものを持ち歩いていたのだ、どんなマッチが気に入ったのか、旅に出かけた時に置いてあるマッチを気に入り、何時もの様なポケットに放り込んでいたもの。
 それぞれに個性のあるマッチ、その中には今は旅館を廃業してしまい現存していない宿も多くある。
 ちょいと昔に貰ったマッチ、今は懐かしい図柄のマッチであるが、今は探してもないと思うと尚更思い出されるのだ、たかがマッチ一つ、しかし、このマッチ一つで昔の事が昨日のように思い出されるから不思議、火をつけるためのマッチであるが、使ってしまえば捨てるだけ、しかし残しておけば思い出となるものだ。
 単に火をつけるだけの物ではなく、色々な思い出も残してくれるのがマッチ、それが今はなくなっている、それはタバコの減少が原因でもあるが、それよりはマッチも金がか掛かり、渋くなったのが現在の原因でもあるようだ。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月28日

芝刈り

   狭い庭でも
 我が家の狭い庭、新築時に自分の好きな芝の庭を造ると決めDSCN2295.JPGていたので、早速芝を買いにホームセンターに行き、店員さんにどんな芝が良いのか聞いてみた。
 店員さんは色々な芝があるが、安くて扱いやすいのは高麗芝だと言われ、早速買い込んで庭に植えることにしたが、どのように植えればよいのか分からない。
 そこで植え方も聞くことに、店員さんはなるべくなら平らなところが良いと言い、そして水捌けのよい砂があると育ち易いとも言われた。
 早速川砂を大量に買い付け、トラックで家に運んで貰い、芝生を植える場所に敷き詰め、言われた通り平らな状態にして高麗芝を植えた。

 しかし半年が過ぎても芝生は根をDSCN2296.JPG張らず元気がない状態、それも殆ど枯れかけの状態で瀕死の域、何が原因かホームセンターに聞いたが分からないと言う。
 知り合いのゴルフ場で芝の管理をしている知人に聞いてみたら、水不足ではないのかと、しかし水は毎日散布していたはず。
 自分では水不足とは思わなかったが、結果は川砂が多すぎて水捌けが良すぎるとの結論、砂地が良いと言われたが良過ぎたのが原因であった。
 その後砂を入れ替え現在に至っているが、芝刈りが大変で何時も苦労しており、特に隅が刈れなくて四苦八苦、そこで隅専用のバリカンを買い込んだ。
 しかしこれも便利なようで中々面倒、その上直ぐに歯が切れなくなり、替え刃をしなくてはならず、このバリカンで確か10台目とおもうが芝生を育てるのも苦労する。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月27日

溜まりすぎ

   ツイツイ録画
 見たい番組を録画して、暇DSCN2309.JPGな時に見たいと思いせっせと録画、そのおかげで番組を予約して録画、後から見る事が出来る様になった。
 今のレコーダーは番組を複数録画でき、以前のように一つしか出来ないことは無く、その為に逆に録画が増えてしまい、結構なDVDの枚数になったしまった。
 録画している時は別に気にもせず録画するのであるが、その録画を見るときに何でこんなに多くのDVDがあるのだと気付く事になる。
 イザ自分の撮っておいたものを見ようとDVDを探すも、直ぐに見いだせず何枚ものDVDを探す羽目になり、改めて数の多さに気が付く事になる。
 見たいと思って録画するが、後のことなど考えずに録画、そんな作業を何度となく繰り返した事でDVDの山が出来上がった。

 初めの頃は一回限りの録画DVDを使用しDSCN2310.JPGていたので、その数も多くなってしまい、又倍速で録画することも知らなかったので尚更増えてしまった。
 数が多くなると置き場所にも困るようになり、ラックを買い込んでDVDを整理もしたが、整理したものを見ようと、今度は探すのに苦労する羽目になる。
 思い起こすと以前のビデオテープの時代、録画しすぎてテープの多さに幻滅したことを思い出すが、その時の再現が今、昔の繰り返しをやっている。
 ビデオテープは厚みもあり、嵩張ることになるのでラックの数も自然に多くなり、置き場所にも困った時もあった。
 しかしDVDなら薄いからと思っていたが結果は同じ事になり、やはり置き場所に困る現実が今、情けない事に同じ繰り返しをやって、写真のような山が10個以上ある。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月26日

きゅうりの値段

   どちらが安い
 我が家DSCN2306.JPGで毎年栽培しているキュウリ、プランターでの栽培であるがよく育ち、なかなかの収穫で朝の食卓に上るのだ、新鮮さが売りもの。
 今年も去年より収穫は落ちるが、新鮮なキュウリが取れているが、ここえ来て収穫が出来なくなっており、今年はこれで終わりかも知れない。
 今年の苗は昨年の苗よりも出来が良くなかったよう、昨年は多くのキュウリが収穫でき、沢山食べれたが今年は少ない。
 勿論プランターでの栽培だから、プランターの土も入れ替え、肥料も規定量を与え、去年と同じ状態で栽培したのであるが、出来が今一つである様だ。
 色々と考えたが去年の苗と今年の苗とは違いがあったようで、幾ら同じ苗でも同じ収穫があるとは限らないもの、それが自然であると思う。
 そんな話をしていると友人が、「キュウリなど栽培するより買ってきた方が早い」と、その上「手間をかけてまで栽培するようなものではない」と言うのだ。

 確かに彼の言う通りかも知れないが、スーパDSCN2307.JPGーで買ってくるキュウリと家で栽培したキュウリと比べれば、はるかに家で栽培したキュウリが旨い。
 するとまた友人「手間をかけて幾ら収穫するのか」、「何本収穫出来るのか」と言い出し、そして幾らお金が係ったのかとまで言い出した。
 面倒な栽培をして、幾らかの収穫をしても、その手間を考えたら遥かに買った方が安いと、現実の話をするのだが、確かに買った方が安いに決まっている。
 手間と時間を考えたらその方が生産的、しかし彼の言う安いからではなく、美味しいキュウリが食べられると考えるべきと思うから栽培している。
 友人、趣味だからそれはそれで良い、しかし少し位旨いキュウリより、安い方が良い、手間暇かけるのが面倒だと、確かに言う通りだが今年のキュウリ、写真の物が最後のようだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月25日

思い出の時計

   ポートベローSANY2451.JPG
 以前にも書いたが誰しも思い出の品にはそれぞれのドラマが、友人のアンティーク買い付けでイギリスにお供、大概のマーケットは行ったが、その行った所々で出会いも、それが物であったり、人であったりといろいろ。
 イギリスでの人の思い出は余り良いものは少なく、気分の悪くなるものが多いが、中には今でも心に残る人も、何回かのイギリスの旅のお供で、アンティーク、マーケットは少しは分かるようになった。
 自分でそこに行けと言われれば、絶対に行けないが、連れられて行った所は全部記憶に、その中の一つがポートベロー、ここはあの映画の舞台でもあったからだ。
 しかしそれだけではなく、良い思いでの一つ、例によって土曜日の朝早くにポートベローに行き、早速オルゴールを求めての探索に入った。
 観光客で早くも満員の盛況、しかしバイヤーと言うプロも多い、そんな中、以前に行ったバイヤーの店に着き、友人と早速オルゴールを見る事に。
 バイヤーいわく、「お前たちの為にとっておいた」と指を指す処にオルゴールが5台、確かに良い物のようだが、当然のこと値段次第で決まる。

 SANY2456.JPG遊びで出来ている訳でなく、主としてオルゴールの買い付けが主、その為に妥協は許されず、当然の事私に対する期待度が大きく、友人は金を出すだけ。
 そんな状態でジックリとオルゴールを見極めるが、見掛けは全部良い物だ、しかし良く見ると部品が所々換えてあり、オリジナルの状態の物は無く、友人に目配せで合図。
 よくある事だが海外のマーケットはピンからキリまで、良いものから悪いものまで、兎に角多く存在しているが、その中から自分好みのものを見つけ出す。
 しかし見た目だけでは騙される事になり、中をジックリと見ないととんでもない代物も多いのだから、素人では中々難しい。
 そんな時、私はガラスケースの中に写真の懐中時計を発見、オルゴールどころでなく、早速懐中時計を見せてもらうが、やっぱり珍しい物であると同時に程度が良く大珍品、「シメタ」これは掘り出し物だとSANY2453.JPG思う。

 この時計は1880年代に流行ったトリプルカレンダーつきの懐中時計、表と裏の両面にカラクリを施した珍品、日付、曜日、月が表示され、尚且つムーンフェイス付きの懐中時計。 
 その後は想像通り、オルゴールを買うから之を安くしろと交渉開始、とは言っても私がするのではなく友人が通訳、友人にも悟られないように「オルゴールもソコソコだから買いな」と云いつつ、「この時計も一緒に交渉せよ」と、結局安く商談成立して、私の思惑通りこの時計を持って帰ってきた。
 あとで友人「最初からこの時計を買うために、オルゴールを俺に買わせたのか」と私に聞く、私は「とんでもない、お前がオルゴールを買うのならついでに」と思っただけだと、しらを切り通し目出度く目指す時計をゲットして帰って来た思い出の品。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2020年06月24日

木曽の架け橋

   木曽路の旅
 中仙道は江戸五街道の一つ、江戸から京DSCN2305.JPG都まで続く街道であるが、山道が多く続く街道であるが何故かしら姫街道と呼ばれている。
 東海道を避けてこの中仙道を旅したお姫様は多くいたと言われ、それが姫街道と呼ばれる所以でもあるらしい。
 然し山道が多く、ましてや難所と呼ばれる危険な場所も多くて、実際は非常に辛い街道であったよう、姫様達もさぞや苦労し多であろう。
 姫街道は表の東海道を避けなけれならない姫様達、時の江戸幕府は大名の妻子を江戸に人質として住まわせていたから、彼女たちの見張りは厳しく、特に江戸を出る時は厳しく見張ったと言われ、東海道には厳しい箱根の関所や新居の関所があり、出女を厳しく取り締まったから、必然的に中山道に道を取らざろう得なかったようだ。

姫様と言えば幕末の頃、皇女和宮はこの中仙道を通って江戸まで旅をしているが、その行列は語り草となって今に残っている。SANY0579.JPG
 皇女和宮の行列は朝から晩まで行列は続き、宿場は一日中行列が絶えることはなかったと言われ、その行列の長さと豪華さは歴史に残ると言われている。
 また松尾芭蕉は中山道を旅して幾つもの俳句を残しているが、この木曽の架け橋にも対岸に碑が立っており、一句詠ったもの。

 かけはしや いのちにからむ つたかずら

日本三大架け橋を詠った大きな碑がその名残を伝えている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月23日

国境

   今とは違うきそじ.jpg
 コロナの国境解禁で久しぶり出かけた島崎藤村のふるさと馬籠、中山道の宿場町として栄えてきた土地、長い坂道の途中に存在する集落であるが、その歴史は古い。
 中山道は江戸から京都に続く街道の一つ、東海道とは違い殆どが山の中を貫いている街道でもあり、別の呼び方は姫街道とも呼ばれていた。
 東海道よりも厳しい山道であるにも関わらず、姫街道と呼ばれたのは検閲の厳しい東海道を避けて女性たちがこの道を選んだことから来ると言うのだ。
 東海道は「入り鉄砲に出女」と言われる位に女子の出入りを厳しく取り締まり、武家の女性が江戸より出る事を見張っていたと言う。
 つまり武家の妻子を江戸に人質として住まわせ、出る事を禁じたからと言われ、その探索は厳しいものであったと言われる。
 特に東海道は検閲は厳しく、女性が旅をするには難しい街道でもあったと言われる位、検閲をしたのだ。

 コロナ解禁で尾張から国境を超え中山道くにざかい.jpgのほぼ中間あたり馬籠宿、ここが島崎藤村の生まれ在所、つまり誕生の地で現在も生家跡があり、観光客でにぎわっているが、この馬籠宿ある事でも有名になった場所である。
 馬籠宿とは長野県に存在する宿場町と昔の地図にはその様に記されているが、現在は岐阜県中津川市に属している土地である。
 つまり昭和になってから長野県から岐阜県に住民投票の結果、越境した土地として有名になった所、それを知らない人は今でも馬籠宿は長野県だと信じている。
 そんな証拠が写真の石柱、上の写真の碑の近くに美濃の国と信濃の国境の指標、柱にはハッキリと、ここが国境と記されているが、今はずっと下がって5キロほどの馬籠峠まで戻る事になってしまったが指標は現在もそのままの状態だ。
 つまり宿場ごと信濃の国から美濃の国に鞍替えをしてしまい、村を二分したこの選択は当時有名になり県境が変わったと騒がれた、しかし今はひっそりとした宿場町だ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月22日

振り子の形

   木製のふりこSANY2378.JPG
 時計に付きものの振り子、柱時計にせよ、置時計にせよ、機械式の古い形の時計は振り子式、様々な振り子が付いている。
 時計の個性により特殊な振り子を付けている古時計があり、製造者の主張を表しているものと思え、大量製造された時計と違い、製造者の意思がはっきりと表れている古時計には特殊な振り子が付く事が多い。
 振り子の種類も様々なら、素材の種類もまた様々、通例の振り子は殆どが金属製の振り子、特殊な時計ほど素材に凝っているのも存在している。
 それは時計本体が何で製造されているかによっても分かれ、金属製なのか、木製なのか、陶器製なのか、それとも別の素材なのかによっても分かれる。

 振り子一つとっても、様々な主張が伺えて、古時計愛SANY2389.JPG好家ならねそれを見るのも楽しいもので、作者の意思をどう受け止めるのか、それも古時計愛好家の力量に掛かっているとも言えるもの、作者の意図を感じ取るのもやはり力量と言って良いと、特に変形スタイルの古時計には多くの特殊振り子が付いているから、振り子一つでも見逃さない様にしたい。
 時計全体のイメージを崩さない様にするのも腕の見せ所と言って良いもので、余り奇抜な振り子を付けると、その時計が死んでしまう事にもなりかねない。
 幾ら奇抜な振り子を考えても、統一性のない振り子は、宙に浮いてしまい、折角のデザインが台無しになる事も、そこそこの奇抜さを如何に発揮されるのも、製作者の腕、それにコストも当然考えないと製造者としては失格と言えよう。
 それ位振り子の形一つとっても、全体のバランスを考えないといけないし、その時計が売れなければ意味のないものとなってしまうからだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2020年06月21日

木製文字盤

    黒の森製

 SANY3233.JPG郭公時計、日本では鳩時計と呼ばれる時計、この時計の故郷はドイツ南西部の森林地帯、縦長に160キロもの森、樅ノ木が茂る森林地帯、遠方より眺めると黒く見えることから「黒の森」と呼ばれる。
 この「黒の森」が郭公時計の故郷、ヨーロッパの森林地帯であり、木工業が盛んな地方、世界的にも有名な木工の産地、其処で作られている時計が世界で人気を博することになる。
 小鳥の巣箱の様な姿をした時計を作り、動きのある鳥をカラクリのように動かして時報を告げる仕掛け、郭公時計として販売され、カラクリが人気となり販路を広げる。
 技術的には簡単な仕掛け、時計の機械も複雑なものではなく、家内工業的に製造が出来るもの、その為この地域で多くの小さな時計製造所が生まれ郭公時計を製造した。
 基本は木、木材をふんだんに使った時計を製造することを目的とし、ドイツ独自のスタイルを持つと共に、素材を生かした時計を製造することに勤め、其れを現実させた事SANY3236.JPGだ。

 上部の郭公もリアルに再現、文字盤も木製の物を作る事にしたもの、金属や紙などを使う所もあるが、あえて木製の文字盤に拘った、その木製の文字盤、変化をもたらすために中心部をデコボコにした
 文字盤は平面的になりがちになる事を避けた選択、時間を表す数字は白のセルロイドの板をくり貫き、釘で貼り付けることにより、変化をもたせた。
 数字は印刷する事もあり、その方が早く仕上がるが、あえて手で貼り付けることを選んだことで、手造り感を強調した時計に仕上げた事、隣の国スイスでも同じ様な時計が製造されるが、こちらは山小屋風の形をした時計、スイスらしくオルゴールも付いているが、ドイツものとは少し形態が違った時計となる。
 ドイツでは小さな工夫をして出来上がった郭公時計、如何にも手造り感が出ていて、森林国ならではの時計に仕上がり、世界各国にドイツの郭公時計として販売された。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月20日

好きなもの

   幾つあっても
SANY4425.JPG
 酒は強くないが好き、多く呑まなくても良い、少しだけでも呑めば楽しいものだと思うが、決して呑んべいではないと、自分では思っているが人は呑み助と思っているようだ。
 友人たちと呑む機会はあるが、そこそこで止めており、回数もそこそこだから、それを称して酒好きだと言われる所以だと思う。
 何時も言う事だけど、酒はウイスキーかブランディ―しか呑まない事に決めているのだが、それは友人だけしか知らないので、ほかの人は何でも呑むと思っている。
 そんな私が好きなものは器、勿論好きな酒を呑む道具、呑む雰囲気が大事だと思っているので、何でもよい器で呑むのは嫌い、好きなグラスで少し飲めばよい。
 同じ形のグラスでも、好きなものと嫌いなものとに分かれ、人はどちらでもよいと言うが私は拘っているのでどうでも良くない。
 特にウイスキーは重いグラスが良いと、持っている殆どのグラスは重くて、ほかの人は何でこんな重いグラスを使うのかと言うのだ。

 そこには私なりの拘りが、それは私の親父が同じSANY4428.JPG事をやっていたからだと思うが、幼い頃よりオヤジの呑むところを見て来ているから印象深く、特にグラスには親父も拘っていた。
 そのグラスは今もそのままになっており、時々見ていると当時の事を思い出し、同じことを親父も言っていたと思う。
 つまりどんなグラスでも同じだと言う友人、しかし親父は同じではないと頑固に自分好みのグラスで呑んでいた姿を見て来たからだと思う。
 知らず知らずに親父の後を追っているかも知れないと最近思うようになったが、グラスの好みはやっぱり同じではない。
 親父はどちらかと言えば小型のグラスが多く、私のは大型のグラスが多く、同じものはないので、好みも違っているのだと思うが、グラスに拘っているのは同じだ。
 少ししか呑まない酒、だからこそグラスだけは拘って呑みたい、ただそれだけの事だが人はそのようには見てくれず、友人達も変人だと思っている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月19日

灯り

    生活に灯りを
 前にも取り上げた灯り、現代生活SANY8261.JPGは明るい部屋の中で行われているもので、あの明るさは今や無くてはならない様な状態、少しでも暗くなると不安を感じる人も居るそうだ。
 確かに現代の明るさは少し度が過ぎているように思うが、果たしてそれで良いのであろうかと思うこの頃、震災以後省エネが叫ばれているが、家庭では節約しているよう。
 省エネと叫ばれて年が過ぎ、家庭から明かりが消えたのかと思いきや、前と全く変ってはいない状態、LEDの電球も進んで益々明るくなっている。
 まだまた家庭の明るさは変わってはいないもの、日本の家庭の照明は明るすぎると海外からも指摘されているが、建築業界や家電業界も余り反応していない。
 つまり相変わらずの蛍光灯を多く使用して、部屋の全体照明を続けているのが現状、もう少し部屋全体を明るくするのではなく、スポット照明にするべきだと思うが。

 そんな中、主婦の皆さん方が少しづつ、現在のあり方を変えようとしている人も、今ある蛍光灯を少し減らして、スポット的な電球使用をしだしている人もいる。SANY2874.JPG
 蛍光灯の無機質なものよりも、すこしは人間味のあるものをとアンティークの灯りを、昔ながらの電球では省エネにはならない為に、LEDの明かりではあるが、白色のものではなくて、太陽の色に近い電球を使用。
 最近の蛍光灯もいぜんの白熱灯に近い色の物も存在し、白熱灯よりは省エネタイプのLED電球を使う事により、色合いも昔のものに近付け、省エネと実用を工夫し、そんな訳で電気の笠も昔のものを使うように心がけ、アンティークな笠を探してアンティークショップをめぐり。
気に入ったランプシェード求めているらしい、それらの人達に人気があるショップは、色とりどりのランプシェードを用意、希望に答えられるように工夫しているところがある。
 人とは違ったものを求める人にとっては、そのような店を訪れるのも人気、自分好みの物を探す時が楽しいらしく、良い物に出会ったときは気分も上々、写真はその様な人達の要望に答えるため、様々な形のランプシェードを仕入れ、楽しく買い物が出来るようにデスプレイに力が入っている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月18日

その後

   芽が出た
 以前にブログにあげた槇の木、昨年の暑い夏に三本DSCN2221.JPGの枝がられ、わたしとしては慌てふためいたもの、何故ならば我が家を新築する時に植えたお気に入りの木だから。
 新築をする時、いくら小さな庭と言え槇の木だけ絶対に植えたいと思っていたから、その槇の木を自分で探してきた。
 友人の紹介で生産地に行き、気に入った槇の木を見つけ、高かったが買い込んで小さな庭に植えた、それ以来40数年何の問題もなく成長してきた。
 昨年の9月に異変が起こり、三本の枝が何んだかおかしな状態に陥り、葉っぱが枯れだしたので慌てふためいたのを覚えている。
 あれだけ気を使って育てて来た槇の木、それが枯れだしたから当然慌て、知り合いの植木職人に相談、槇の木の状態を見てもらった。
 植木職人曰く、暑さのせいで水不足が原因かも知れないとのこと、あれだけ気を付けていたのにとガッカリ、反省したものだ。

 その職人から、「この状態なら来年には芽が出DSCN2288.JPGてくると思う、その時また考えようと」そんな事で昨年は過ぎ、槇の木を見守ってきた。
 そして6月初めに枯れた枝のもとから小さな芽が、職人からは思い切って枯れた枝を切れと指示され、枯れ枝を切り落とした。
 しかし思い切りが悪く、大胆に切れなかったので心配はしていたが、ここえ来て小さな芽が出、嬉しいやら、驚くやら。
 早速植木職人に電話で相談、指示を仰いだら、今は其の侭にしておき、芽が出尽くしたらその時に出向くとの事であった。
 去年植木職人から「木が元気なら来年は芽が出てくるから心配ない」と言われたが半信半疑であったが、やはり結果はその通りに、木は自分で回復するために頑張ったのだと、自分なりに納得したが、それにしても自然の生き物は回復力が強いと思った。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月17日

黒と白

   猫の色
 招き猫、昔から庶民に好かれてきた招き猫、発祥には色々な説があSANY8441.JPGるが、これと言った確証がなく、何処が発祥か分からないのが実情。
 手前みそ理論ばかりが先行しているから、確たる証拠もなく、言い伝えが歴史的事実の様にになっている所も多く、信憑性に欠ける。
 江戸発祥説も色々とあり、確たる証拠もないままが現実、やはり京都が発祥と唱えるのが自然かもしれないし、伏見人形がルーツとも言われている。
 もともと伏見人形が作られ人気になり、それが各地に伝わり招き猫に発展していったと見るべき、そんな中突発的に発祥したものと捉えるべきか。
 もともと伏見人形に猫はつくられており、それが元になったとも言われているから、各地でつくられても不思議ではなく、招き猫の基礎は伏見人形にあった。
 江戸時代の浮世絵にもしばしば招き猫が描かれているが、現物は残っていない、あるとしても現在の姿とは少し違ったもの。
SANY2848.JPG
 では招き猫には種類が色々あるが、最もポピュラーなものは三毛猫、このスタイルが招き猫のスタイルと思われているものだ。
 しかしそれだけでは無く白黒の招き猫も存在しており、其方の方が古いものとされているが、現実は何とも言えない。
 そんな中に黒猫の招き猫が存在、厄除けの意味もあるそうで、真黒な招き猫がつくられ、これも人気であったと言う。
 ポピュラーなスタイルものとは少し違うが、招き猫には変わりなく、店頭に置かれて商売繁盛を願ったもの。
 どんなスタイルの招き猫も客寄せのためのおまじない、人が寄って来る事を願ったものに違いはない。
 製造された数から言えば、黒色の招き猫は数が少なく、圧倒的に三毛猫が地位を占めているから、黒色は珍品とも言える。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月16日

使えるのか

   代用品
SANY2095.JPG
 戦時中、金属不足からくる代用品、陶器の町瀬戸で当時製造された代用品、現在のエコとは少し違ってはいるが、これもエコであるのかと問いかけられるものだと思う。
 戦時中の事だから色々と考え方によっては取り方も様々で、代用品はエコなのかとか、必然的にエコになったものなのか、それは時代がそうさせたのか。
 勿論日本は戦時中の事、海外からの輸入に頼ってきた日本、そんな状態の中から生まれたもの、それが代用品と言って良いが、一概にそれだけでは無いと思う。
 確かに金属不足は事実として存在し、変わるものを求めていた時代だからこそ、生まれたものだと思うが、職人たちはそれだけでは無く、当時として何かを生み出したいと言う考えもあったものと思う。
 現に残っているものを見ると、代用品だからと言うだけで片付けられるものではないと思う、確かに上からの指示であった事は事実。
 それだけではなく職人自身が考え出したものも存在しているから、単に代用品で判断出来ないものがこれ、スチームアイロンだ。

 写真のスチームアイロンは戦時中に製造されたものだが、代SANY2098.JPG用品を超えてつくられたと考えるべきではないかと思われる。
 このアイロン、陶器で製造されてものだが、取っ手部分は金属製、持ち手は木でつくられており、実用的なものとして製造されたと思う。
 取っ手部分に紙のシールが残っているが、それは新実用新案の特許を取得しているもの、やはり実用的に使えるものとしてみとめられたアイロンであるが、実際に使ってみたが余程熱い湯を入れないと蒸気は出ない。
 このアイロンは炭やガスの上で本体を温めないと蒸気が出ず、それもやっては見たがアイロンの底に一つしか開いていないない穴、これでは蒸気は薄くしか出ない。
 当時どれだけ売れたものか、それとも販売する前に終戦を迎えたものなのか不明である。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月15日

動きが違う

SANY2896.JPG   振り子の動き
 古時計の振り子、時を図る時計、動力はゼンマイとしているが、振り子が無いと役目を果たさないもの、普通の振り子は左右に振れるのが当たり前。
 時計は動力を必要とするが、振り子が無ければ一定の周期で動く事が出来ない仕組みとなっている。
 振り子の役目は時計を進めるための重要な動きをする部品、単なる動く部品ではないものだ。
 時計が速く動いたり、遅く動いたりするのを調整する部品でもあることはみんな知っている事。
 その振り子の動きは左右に振れるものだと信じている人も多いが、実は振り子の動きは左右に触れるだけではなく、上下にも、そして前後にも揺れる振り子が存在している事だ。SANY9392.JPG

 一般の振り子は左右に揺れて時間を刻むもの、機械の仕組みがそのように設計されているからだ、しかし別の動きをさせたいと思う人も居て、前後に動かしたり、上下に動かしたりと通常とは違った動きを造り出したいと思っている人も居る。
 彼らは通常の機械に改造した部品を付けあえて上下に振り子を動かしたり、前後に動かしたりと変形の動きを造り出した、これも自由競争に打ち勝つために造り出された機構と言えよう。
 他の時計製造会社とは違ったもので付加価値を高めるための試行、他との差別化を表したものと言えるのではないだろうか、上の写真は上下に動き、下の写真の振り子は前後に揺れるもの。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2020年06月14日

手彫りです

    フランスの香り
SANY3154.JPG
 今は人気がなくなってしまったライター、喫煙も厳しく使う人も少ない、そんなライター世界各国で製造されているが、とりわけヨーロッパ物が人気、其れも一番人気はフランス製、何故かしらフランスのライターは人気、特に日本人には馴染みの深い製品でもあり、ライターと言えばフランスものと決め付けているかのよう、何故フランスなのか、それは分からないが。
 何故かと聞かれれば、「何となく」と答える人が多いのではと思うが、私もその1人であり、フランス製のライターを幾つか持っているが、何処が良いのかと云われれば、実のところ私もハッキリしない。
 フランスと言えば「デュポン」と「カルチェ」の2つ、ドチラも老舗であり、世界で最も愛されているメーカー、しかしこの2つライバラ同士であり、個性も全く違うもの。
 デュポンは四角い形のライターを主体としており、片方のカルチェは長方形の丸みを帯びた形をかたくなに守っている事、2つとも個性のかたまりみたいなライターだ。
 SANY3156.JPG其々にファンが居て、「デュポン派」、「カルチェ派」とこれまた別れ、どちらも譲らずファンを虜にしている事、世界の一流品とはそう云うもの、兎に角支持者が多い。

 今回のライター、カルチェのライターの中でも手の込んだ物、金と銀のストライプに手彫りを施した個性的にライター、鋭く彫られた模様は連続模様。
 ストライプと手彫りのバランスが何とも云えない雰囲気を醸し出し、やっぱりカルチェと思う出来栄え、派手さを追求したカルチェらしいデザインとも言える。
 ライターの蓋を開ければ、カルチェのライター独特のスライド式の点火装置が顔を出す仕組み、この独特の装置が又人気の火付け役でも有る。
 これが良いと云うファンも非常に多く、カルチェのスタイル長方形の手の中にシックリ来る形、ファンならずとも見る者にとっても美しさが光る逸品なのだ、しかし今は喫煙も厳しくライターも影をひそめてしまった、これも時代なのか。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月13日

ゆらゆら

   波 状DSCN2278.JPG
 最近問い合わせが多いのが古時計のガラス、何故かと言えばネットで買い込んだがガラスが違うと、そんな問い合わせが非常に多くなっている。
 ガラスは透明でまった真平が普通、それが当たり前の現代社会、ゆがんだガラスなどないもの、しかし古時計の世界ではゆがんだガラスが貴重なのだ。
 昔のガラスはゆがんだものが当たり前、真平なガラスなどは存在しないもので、若い人たちに分かり辛いらしくどんなものなのかと言う質問。
 口で伝えようとすると非常にむつかしいもので、実際に目で確かめないと実感が湧いてこないと思う、やっぱり現物を見ると良いと思う。
 百聞は一見に如かずと言う諺があるが正にその通り、自分の目で確かめると良い、ゆがんだ感じがわかると思うし、記憶に残るとも思う。
 現代のガラスとの違いがハッキリと区別できるもの、目で見て感じ取るのが最高の体験、実感が湧くもの、それ位ゆがんでいるのだが。

 何故歪んでいるものなのかと言う事は、製造方法にあり、DSCN2277.JPG現在の造り方とは全く違う製法、昔のガラスは人力で造るものなのだと言う事、職人が一つ一つ息を吹いてガラスを膨らませ、バルーン状にした後、それを切り開いて鉄板の上で平らにする製法、だから絶対に真っ平にはならない。
 その上気泡も多く入っているから、所々にその跡も残っているのが昔のガラス、今のガラスは鉄板の上に圧延で伸ばしまっ平にするからゆがみはなく、透明度も高い代物が製造できる。
 昔のゆらゆらガラスは斜めの角度から見ると、その歪みが実感できるが、写真に撮ると中々難しく、上手く撮れないのだが少しはゆがんで見えると思う。
 大正時代までのガラスはゆがんだガラスが多かったが、それ以後は平らなガラスになっているので、古時計のガラスも時代の変化に敏感に反応している。
 明治のものはゆらゆらが激しく、大正から昭和のものはゆらゆらが少なく、それも実際に見て感覚で覚えないと分からないと思う、しかし最近はゆらゆらガラスは中々手に入らない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月12日

麦秋

   少し遅いがDSCN2279.JPG
 麦秋とは麦の収穫時を言う、5月末から6月初め頃のことを指す言葉、青々としていた麦の色が黄色に染まるころの季節を言う言葉である。
 勘違いする人がいるが秋とついているから、本当に秋だと思っている人もいると言うが、そうではなく今の時期を指している言葉。
 最近はあまり見かけなくなってしまった風景、外国産の麦に押されて麦畑が少なくなってしまい、今や麦秋を見る機会がなくなった。
 昔はどこの畑もこのような麦が色ずく風景を目にしたが、今や幻の風景になってしまって様、一面の黄金色の畑、まさに秋の苗が色ずくころと同じような風景。
 そんな風景も今では見る事も少なくなってしまったのはが外国からの輸入、かって日本で収穫していた麦も外国産に押されて姿を消してしまった。
 農家は採算が合わないために麦の栽培をやめてしまい、国産の小麦や大麦はほとんどなく、外国産のものばかり、つまり輸入品である。

 この時期になると思い出されるのが「DSCN2282.JPGこうせん」、麦を粉にしてもの、母親が米屋さんに麦を持って行き、粉にしてもらったのだ。
 その粉に少し砂糖いれて食べる、香ばしくて麦の香りと砂糖を甘さが合いまって、この時期のおやつとなっていた。
 そんな頃が懐かしく思い出されるのもこの時期、そしてもう一つが麦わら帽子、刈り取った麦の本体を乾かした後、加工して麦わら帽子を作るのだ。
 麦が大量にあったので麦わら帽子も安く作られていたが、最近ではすべて輸入に頼っているとのこと、ここにも時代の流れが押し寄せた一例かもしれない。
 何にせよあの懐かしい麦畑の風景も、簡単には見えなくなってしまった昨今の畑、長い梅雨が到来し、ジメジメの季節となる。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月11日

古民家のオブジェ

   色々あるがSANY1940.JPG
 瀬戸市の古民家久米邸、私のホームグランドでもあるところ、ここで展示を開催して10数年になり、一年中出入りしているみたい。
 春の雛巡りに始まり、五月人形、そして時の記念日展、それが終わればこけし展、そのあとが招き猫展と次から次へと展示が目白押し。
 その為に年中古民家久米邸に出入りしている始末、他の人から久米邸は戸田さんの展示場ですかと、そんな陰口も聞かれるのだ。
 確かに知らない人から見ればその通りかもしれない、兎に角一年中展示をしているから、そのように思われても仕方がない。
 ここの主人からは戸田さんの好きなようにして下さいと、有難い事でそれに甘んじての展示であるが、口の悪いおば様方からは「戸田さん所有の古民家」とやっぱり陰口、確かにその通りかもしれない。
 しかしおば様達もそんな事は知り尽くしているから、単なるジョークとして私に放っているだけの事、そんな古民家久米邸、明治末期の建物、随所に痛みも出てきており、頭の痛い所でもあるが、騙しだましで今日に来ているが、何せ古い建物であり、痛みも多いが修理するにも大変な作業、そこはそこそこにして使用しているのだ。

 この久米邸、庭も広くて家を一周できるようになっており、庭木SANY1934.JPGも多いが手入れもまた大変な事、毎日草取りをしていても追いつかないありさま、これもまた頭の痛い事、抜いても抜いても雑草は生えてくる。
 そんな中に久米邸にも色々なオブジェが設置してあり、よく気お付けて見るとあちらにも、こちらにもカエルがいる。 私もはじめは気が付かなかったが、よく観察してみるとカエルの数が多くて、こんなにカエルがいたのかと。
 カエルの種類も色々とあり、私には分からないが種類は多いと聞く、これらのカエルも芸大生が制作して置いているとか、改めて一つ一つ見てみると、確かに言われた通り、個性的なカエルが多い事に気が付くのだ。
 ガマガエルがいたり、ひきガエルがいたり、ユニークなカエルも存在しており、何種類いるのか分からない位だ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記