2020年07月31日

ブームの陰に

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    名 工
 最近のこけしブームは静かでいて、それで熱くて、幅広いものだといういうが、今までのブームとは一味違ってものになっている。
 以前のこけしブームは矛先が有名人に集中していたからだ、名工と呼ばれる人達に憧れが集中し、我先に手に入れようと殺到したことにある。
 勿論その他の工人の製作したものも人気であった事は事実、ただそれよりも名工に集中、値段も跳ね上がった事も間違いのない事実、果たしてどれが正しいかは分からないがこけしがブームである事だけは事実のよう、それともう一つ違いがあるのは男性よりも、断然女性が多い事も以前のブームとはやはり違う点、かくじつに女性上位である。
 今の若い人たちは我々が求めたものと違い、有名人のこけしを求めていない様、全くジャンルが違うらしく創作こけしが好きなようである。
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 我々の求めたものは有名人、それも一級品の腕前がある人物のこけしを求めたものだ、私が好きなこけしと言えば小椋久四郎のこけし、彼のこけしが欲しくて探し求めたが遂に手に入らなかった。
 その為に小椋久四郎のこけしを集め、なおも盛秀太郎のこけしと、2人のこけしを集めたもので、創作こけしは見向きもしなかったが、それがどうだろう、今の若い人たちは全く違った世界の分野を求めているのだ、時代が変わると言う事はこの事を指すものなのか。
 時代によって求めるものの違うと言う事なのか、それはそれで良いのだろう、新しい考え方なのかもしれないし、こけしが愛されれば良い。
  
    
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2020年07月30日

版画と同じ

   同じですかDSCN2084.JPG
 我が家の玄関にある時計、ある人が我が家を訪れてその時計を見つけ、何処かで見た事のある時計だと言い出し、考え込んでいる。
 この人、何度か我が家を訪れているのに今更と思いつつ、何処で見たのかと聞けば、記憶にないが見た事があると言い、また考え込んでいる様子。
 この人も古時計には興味はない人で、今まで時計の話をしたことがなく、何で今なのかと思ったが考えているからそのままにしていた。
 すると突然、ネットで見たと思い出したよう、ネットに出品されている版画を偶然見たと言い、記憶にあったらしく、玄関の時計を見て突然思い出したと言うのだ。
 この人らしく、今までさんざん見て来た時計なのに、その時は気にも留めなかった時計を突然思い出すとは暢気な人だ。
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 確かに我が家を訪れる人の殆どは、古時計が掛けてあっても気にしていない人が多く、掛けてある時計自体見ていないようだ。
 興味が無いとはそんなもの、何かの機会に突然思い出し、今まであった事を知らなかったとも言う、そんな事は日常茶飯事でもある。
 しかしこの人が興味を何故持ったかと言うと、ある人にネットで見た版画の時計がある筈がないと言われたからだと、その時計が目の前にあったから驚いたとも言うのだ。
 この時計、別に珍しくもなく、良くある時計だし、何年も前から我が家に置いてある時計、しかも我が家に来れば嫌でも目に入る時計、それなのに今まで気付かないとは、そんな人の言う事だから尚更、人とは自分では興味はないが人から言われれば気になるらしいが、勝手なものだと痛感する。
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2020年07月29日

梅雨明け

   今年は
 梅雨明けはまだだろうか、そろそろ明けないと困るDSCN2337.JPG事になるのではないかと心配、この頃の豪雨で各地に被害が続出。
 以前と違ってこの頃雨のふる量が半端じゃない事は現実、九州や東海地方に振った雨の量は記録的なものであったと言う事らしい。
 今までに経験したことのない雨の量、各地で川が氾濫、この梅雨時に何度も各地で豪雨をもたらしている現実で困ったものだ。
 災害に合われた方々は大変な思いをされていると思う、早く収束してくれれば良いが何せ自然のこと、何処で何があるか分からない。
 これも温暖化のせいであろうと言われているが、果たしてそれだけであろうか、心配な事ばかりだが現実は厳しいものだ。
 特に土砂崩れや川の氾濫が目立ち、何処の川でも起こると思われ、今迄とは違った意識を持たないとイケないと言う事らしい。

 全国のハザードマップ、水害状況の予測がピDSCN2335.JPGタリと当たっているらしく、何処で起きてもおかしくなく、事前に知っておく必要があり、自分でも調べてみた。
 調べてみて驚くのが認識とのずれ、自分では大丈夫と思っていた地点が危険区域と分かり、あらためて認識した事、更に今年も異常事態である雨の量、それを思等他人ごとではない。
 災害が起きてから慌てても仕方なく、日ごろの意識が大切だと改めて思うのと、災害に合わないためにはどの様に行動するか決めておかねばならない。
 それにしても早く梅雨が明かないと、又危険な個所が大変な状態と、しかしこればかりは自然の事、我々ではどうしようもない。
 予報では2、3日には梅雨が明けるのではと言うが、早く明けないとまた災害が起こってしまい、それを祈るばかりだ。

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2020年07月28日

この時期になると

   水団扇SANY6075.JPG
 何時もこの時期になると話題に上るのが水団扇、毎年古民家久米邸で展示をしているから、人から今年もやるのですかと聞かれる。
 勿論聞かれるのは水団扇の展示をするのかと言う事、毎年の事なので久米邸に来るお客さんは見るのが楽しみだと言うのだ。
 確かにこの時期になると水団扇の事が話題になるが、そんなに多くの水団扇を持っている訳でもないのに、毎年となると出尽くしているのだ。
 然しお客さんは同じものでも水団扇を見ると夏が来たのだと実感するから、別に気にならないと言うが、展示する方は気か引けるのだ。
 大した水団扇でもないのに見たいと言われると、こちらが恐縮してしまい、同じものの展示を避けようとすることになり、展示をためらう。
 勿論水団扇だけ展示をするのではないが、他の団扇もそんなにたくさんの在庫がある訳でもないが、水団扇よりは多くある。
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 見学者からは昔懐かしい団扇を見るのが楽しいと言われ、ついつい気持ちが緩むが、それに甘えてはいけないと思う気がある。
 その為に古い団扇を探しては展示に備えようと努力はしているが、何せ程度の良い昔の団扇も少なくなってしまった。
 この間まであったものが現在ではなくなってしまい、探すのにも苦労する事に、ありきたりのものでは喜んで貰えないから。
 そんな事を考えると尚更の事、良いものが見つからず、気持ちまでが焦る事になるが、これも出会いでしかないからジックリと待つしかない、要望に応えて水団扇の展示をしようと思うが、何だか気が進まないのも、良いものが出てこないからだと思う。
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2020年07月27日

変わったもの

   探し求めて
 時計愛好家なら誰しも人とは変わった古時計を持ちたいと思う心は同じ、そんな友人が我が家を訪れ、何処かに良い古時計はないのかと相談にやって来た。SANY4461.JPG
 この友人古時計の事はそんなに詳しくはないが、古時計が好きに違いはなく、せっせと古時計を探し求めている人物である。
 彼も又私と同じで足で稼ぐタイプの愛好家、兎に角根気が良く、足で稼いで今まで古時計を多く手に入れて来た人物である事は確か。
 根気の良さは天下一品、朝から晩まで歩通して古時計を探すタイプ、古い時計屋を見つけては古時計を探して全国に行くのだと言う。
 それも青春切符を買い込んで普通列車で行くらしく、経費は余りかけずにもっぱら足で稼ぐ、私はとても真似が出来ない位に熱心だ。
 如何してそんなに元気なのか分からないが兎に角足で稼ぐ人、その上根気が良いから同じ店に何度も通い、店の主人を口説き落としては古時計を手に入れている。

 仲間内では変人で通っているが、本人はいたって真面目で変人などとは夢にも思っていないが、人から見ればやっぱり変人だと思う、しかし見つけて来るものは面白いものばかり、その上ビックリする位に安く手に入れて来るから驚き、とても我々では真似できない。
 根気の良さと、押しの強さは人一倍、だと言って相手を怒らせるような真似はしないし、仲良くなるのもお手のもの、相手に嫌われないから不思議である。
 その彼が今日持参した古時計が変わったもの、花弁の形をした古時計で面白いもの、この古時計なら私も欲しいものだが、ビックリするほど安く手に入れたと、その自慢話を聞かされ、何が相談なのかと思いつつ、この男は如何してこんなに運が良いのかと、心の中で叫んでみた。
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2020年07月26日

かき氷

    あつい、あつい
 SANY2468.JPGこの所の暑さは身にしみるが、皆さんはどの様にお過ごしでしょうか、コロナの影響でなおさら暑い、暑いと言葉に出しても暑いには変わりなく、さりとて黙ってはいられない。
 夏は暑いものと昔から決まっているが、それにしても暑い日が続き、この暑さは尋常な暑さではないもの、地球温暖化のせいである事は間違いない。
 しかし我々には、この暑さを止め様が出来ないのも事実、エアコンの利いた部屋で一日過ごしている事も出来ず、暑さ対策に四苦八苦の状態だ。
 我家のエコ対策、アサガオの緑のカーテンも、この暑さではどうしようもないもの、日本列島異常気象で、あちらこちらでは集中豪雨が、全くどうなっているのか。
 被害に合われた方々も大変、この暑さは耐えきれないがやるしかない、体だけは大切にして欲しいと思う、またそれを願っている。
 そんな事を愚痴っても暑さは何ともならないが、こんな時に目の中に飛び込んで来るのが、あの印で誰もが之を見ると何時、何時つられて店の中に。

SANY7207.JPG 何時ごろよりあるものなのか、かき氷の印旗、水の流れとちどり、そして氷の文字、一目で其れと気付く印旗、白地に赤色の氷、水色の流に緑のちどり。
 デザイン的に見ても傑作ではないかと思う、何故あんなデザインをしているのか分からないが、我々の心に働きかけてくる何かがある様に思われる。
 かき氷が売り出されたのは明治2年(1869年)、横浜の馬車道通りの店で出されたのが最初らしく、瞬く間に全国に広がって行ったもの、其れ以来夏には欠かせない食べ物となった由。
 さてさて、今日は何を食べようか、宇治金時か、それともイチゴミルクか、シンプルにせんじと行きますか、これを食べれば少しは暑さも和らぐ事だ。
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2020年07月25日

やめられない

   幾つになっても
 愛煙家にとっては実に辛い世の中、肩身の狭い思いをしながら煙DSCN2333.JPG草を吸わなければならず、人の目を気にする毎日であると思う。
 現在は何処でタバコを吸ったらよいものか、常に頭の中にあり、今迄みたいに気楽に吸うことが出来ない世の中になってしまった。
 愛煙家なら何時でもこの事が頭の中から離れないと思う、勿論私だけではないと確信しているが、果たしてそうだろうか疑問もある。
 何故ならば之だけ煙草に対する世間の仕打ちは耐えられないもの、愛煙家が次々に煙草をやめて行き、仲間が段々と減って行く寂しさを感じている。
 仲間が少なくなると猶更のこと、肩身の狭い思いが大きくなり、益々イライラが募ることもしばしばあるが、それもまた時代の流れでもある。
 最近では電子煙草が主流に成りつつあると言うが、私はあれが好きになれないので買う気がしないが、仲間が段々と切り替えては行く。

 彼らに言わせると煙も少なく、たいして今迄の煙草と変わりはないDSCN1658.JPGと言うのだが、そんなはずはないと何時でも思っており、私は未だにピー缶、両切りの煙草しか吸わない。
 電子煙草など絶対に吸わないし、これからも両切りのピース、之に勝るものはないと自分自身で決め、これからも吸い続けるが、最近パイプを又やりだし、以前は人の目を気にして止めてはいた。
 やはり電子煙草に対する反動かも知れないが、煙草の味は全く違うもの、電子煙草なぞ煙草ではないと、そんな思いで逆行かも知れない。
 しかし煙草はやっぱりパイプに限ると思って再開、しかし何度か吸うのではなく一回しか吸わないし、自分の部屋だけ、勿論ピースも自分の部屋、それも一日に4本程度、そんなに吸う事はない。
 ただ世間はそんなに甘くはなく、パイプを吸うのは自分の部屋、しかし窓を開けて吸うのだが、やはり煙と臭いが出るので人眼は気になりリラックスして吸えないのが現状だ。

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2020年07月24日

古いもの

   分からないDSCN0276.JPG
 友人がビクター犬を持って現れ、これは古いものなのか教えて欲しいとやって来たが、何で今頃もって来たのかと思いつつ見る事に。
 ビクター犬は何時も人気であるが奴が何で今更持って来るのかヤッパリ疑問、もう一度聞いてみた「何で持って来るのか」と、すると「友達のものを持って来た」と言うのだ。
 もともと彼は陶器について無知、その彼がビクター犬を持ってくるとは意外、陶器は知らないから買うはずがなく、自分の物ではないらしい。
 詳しく話を聞くと「実は自分が進めたから」と言うのだ、ビクター犬を欲しいと言う人がいて、その人に相談されたからこれが良いと勧めたらしい。
 しかし本人は古いか、新しいか分からずに進め、その人が買い込んだから気が留めて持って来たと言うから驚く、知らないのに進めるとは信じられない。

 もともと彼は陶器は扱わない事は本人も自覚しているDSCN0279.JPG筈、それなのに他人に勧めるとは信じられないが、持って来たものを見て見ると出て来たものは古いもので最近造られたものではないもの、一目見た時から古いものと分かるものだが、彼は自信が無いから持って来たらしい。
 当たり前の事だが自分が進めたなら責任を持たないと、それが気になり私の所にもって来たらしく、古いと分かり安心したらしい。
 自身が無いのなら進めなければ良いのに、ツイツイ自慢してしまい後に引けなかったらしく、早速買い込むとは意外だと言うのだが、それは彼が言う言葉ではない。
 知らないなら、知らないとハッキリしないと後で事件が起きる事にあるので、自信がないならハッキリと言う事だと忠告するが、このビクター犬良いもので確かに古いものだ。
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2020年07月23日

サーフィン

   見つけてきたものSANY8123.JPG
 我家の孫が飾り棚から何やら見つけてきたらしく、手に持って現れ、「これ如何して動かないの」と言って差し出したものは腕時計だ、何でこんなもの何処で見つけてきたのかと聞けば、あそこにあったと言うのだが、そんなところにおいた記憶がないが探して持った来た事には違いない。
 飾り棚の1番低いところにおいてあったせいか、自分では気が付かない位置、それも少し奥にあった様で、そこから引っ張り出したと見える。
 最近孫が時計を見ているようで、あちらこちらから忘れていたものを取り出しては来て、これ何だと聞く事が多くなったもだが、興味があるらしく、特に最近梟の時計に興味を覚えたらしく、振り子を揺らして目が動く事を楽しんでいるようだが、カラクリに興味があるかもしれないのだ、単なる時計は目もくれずに、何処かが動く事の出来る時計に興味があり、見つけたものは兎に角持ってくるのだと思う、それにしても、良く見つけてくるものだ。

 この時計、20年位前に香港で見つけた時計、玩具の腕時計だがカラクリ付きのもので、面白い動きをするので買い込んだ腕時計、値段も安くてお土産には最適なものと思い、時計好きな連中にと10個ほど買い込んで来SANY8120.JPGた内の1つ、文字盤の大きなもので、カラクリの動きが良く見えるのだ、勿論手巻きの腕時計、クオーツでは面白くないから買わないが、手巻きであった事と値段が安い事が気に入り、買い求めたものだ。
 勿論中国製の腕時計、この当時はこのような時計が全盛期、色々な種類の時計が造られ、日本人の観光客もお土産に買い込んでいたとき、私は将来、このような時計は無くなってしまうものだからと思い、今が買い時であると感じ買い込んだものだが、それにしてもあの時計は皆に与えバラバラに、今は2個あるだけになった。
 その一個を孫が見つけてきたのだが、中の機械は玩具の時計らしく粗末なもの、直ぐに故障してしまうようだが、それも又楽しい時計だ、日本ではもう造れない時計でもあり、その上値段が全く違い、安い事この上も無いもの、日本では価格が合わないから製造できないものだ。












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2020年07月22日

スイング時計

    振り子は何処に
 SANY2890.JPG時計には色々な仕組みのものが存在、普通のボンボン時計のように振り子が見えて、動きが確認できるものが多く、その動きが見えるのもこの時計の良いところ、如何にも動いて時を刻んでいるとアピールしているかのようであり、振り子の動きが見えてよい仕組みだ。
 古時計は躍動感に満ち溢れたものが、現代の時計のように音もしないし、動いているのか分からないものが多く躍動感がないがデジタル式のものは刻みが早くて、追い立てられている様で落ち着かないもの、ゆったりとした動きが良いリズムを刻む。
 そんな目で見える振り子時計、時を刻む動きが確認できてこそボンボン時計なのだが、古時計の中には振り子が隠れているものもある。
 振り子が隠れているものは躍動感に少し欠け、人間味が少ない時計のようで、静か過ぎるのも良くないと思うが、好き好きかもしれない。

 SANY2884.JPGそんな時計の中、胴体振り子の時計、表に出ている振り子は振り子でないと言うと、必ずや「では何処に振り子があるのか」と聞かれ、スイング時計と呼ばれるものが其れ、現在はクオーツの時計があり、振り子も付いていないが、昔の胴体振り子の時計は、機械本体の中にある。
 外から確認は出来ず、殆どの人は、目に見えている時計下の振り子らしきものと思っている人が多いが、これは振り子ではないので、本当の振り子は小さなもので機械の中にあり、動きも小さく、1センチ位の巾で左右に振れるだけの運動をしているのだ。
 時計の傾きに反応して左右にゆれて時を刻む仕組み、カバーを外して自分の目で確かめないと、実感が湧いて来ないと思う、この振り子は、目で見えている振り子らしきものが、左に振れた時は右に、右に振れた時は左に、逆方向に揺れて時を刻む。
 写真がその振り子、扇型の窓に真鍮のネジらしき物が見えているのが振り子、上の写真は右に傾いた時の振り子の位置、その逆に左に傾くと振り子は逆になる。
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眼鏡のお世話に

    幾つあったら

 SANY3137.JPG歳は取りたくないものだか、こればかりはどうにもなら無いもので、古来から言い続けられてきたことであるが、最近特に目が衰えてきたような気がしだした。
 皆さんも経験が御有りだろうと思うが、老眼が進んで仕方が無いと思っているこの頃、眼鏡を幾つ持っているのか、その都度、その都度眼鏡をかけてその場においてくる。
 そしてもう1つが、置いたところを忘れる事、今掛けていた眼鏡を何処に置いたかさえ忘れ、直ぐに探す始末、その為に家に老眼鏡が幾つ置いてあるのか。
 何処の部屋に行っても眼鏡にあたるが、さりとて置いてある場所さえも忘れ探す始末、別に認知症なったわけでもないのだが、物忘れも進んでいる。

 こんな事ばかりやっていると先が思いやられるが、誰に聞いても同じ事をしていると言われ、安心するやら、心配するやらと忙しいもSANY1422.JPGのである。
 歳を取れば誰でも同じ事と思うが、この眼鏡果たして自分で幾つ買い込んだものなのか、殆どが百均の店で買った物、安いからツイツイ買い込んでしまう。
 パソコンをしいてるせいで、最近とみに老眼が進み、レンズの強い物になってきたのも心配、このまま行くと本当に見えなくなるのかとさえ思う。
 パソコンを余り長くやらないようにとも云われるが、あちらこちらの原稿を書かなければならず、ツイツイパソコンをやる時間が長くなり、後でしまったと気が付く。
 老眼鏡は必需品、これが無ければ字が見えず、パソコンのキーを打てない、だからツイツイ強い眼鏡を掛けてしまうが、どうしたら止まるのか。
 これからも百均の眼鏡のお世話になることだろうけど、この先幾つ買い込むのか心配、百均は便利でありがたいが、目が悪くなるのも心配ではある。
 
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2020年07月21日

土用の丑

    夏ばて防止
 古来より夏のこの日を土用の日と呼んでいるもの、土用の丑の日は何も夏だけの事ではなく、1年に4回あり、春夏秋冬の4回。SANY6007.JPG
 何故か夏の土用の丑の日だけが現在まで続けられているもの、暑い夏の土用の丑の日、この日に鰻を食べる風習は何時ごろからか。
 一説には江戸時代に、鰻屋の主人がうなぎの売り上げが夏になると下がり、商売が難しくなったので、平賀源内に相談したらしい。
 源内は「今日丑の日、鰻の日」と紙に書いて張り紙をしろと命じたので、店主其の張り紙を店の前に張り出して商売をしたら、大繁盛となったらしい。
 其れを見たほかの鰻屋も真似て、同じ張り紙を店の前に張り出したら、客が殺到して商売繁盛したらしく、其の評判が江戸中に広まり、夏土用の丑日は鰻を食べる日となったらしい。

 この噂が全国に広まり、全国的に夏の土曜の日は鰻を食べる日となったとの事、其れが現在も続いているもので、この日に鰻を食べているのだ、しかし、この説は逸話とも言われているもの、日本人は昔から夏ばて防止に鰻を食べてきたらしく、万葉集にも詠われているらしい、大伴家持の詠にも、鰻を食したと歌われているもので、江戸時代に始まったとする説は間違いではないだろうか。
 家持の時代より、日本人は夏の体力回復のために鰻を食べ、体を大切にしてきたことは、色々な書物に記されており、其の歴史は古いのだ。
 そんな色々な説は兎も角、今日は土用の丑の日、鰻を食べてスタミナを付けて暑いこの夏を乗り切りたいものだが、昨今の鰻の稚魚不足で値段が高騰、庶民から遠くになりつつある鰻、幾ら土用の日と言っても、高価になった鰻を沢山食べれるものではなく、鰻も遠い存在となりつつあるのだ。
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2020年07月20日

同じものだが

    日本の得意芸
 日本人は昔から色々な物を応用して、様々SANY4692.JPGなものを作り出してきた民族、資源が乏しい国の現状から、何かを工夫する事によって作り上げてきた文化。
 工夫1つで新たなもの生み出してゆく考え方、先人たちの逞しい努力が、現在の日本を支えていると言って良いのだが、其処には弛まぬ発想力があった事。
 そんな考え方から生まれたのが写真の時計、精工舎の目覚まし時計、両方とも機械部品は全く同じもの、付けられているパーツが違うだけ。
 勿論、全部同じものではありえないが、共通する部品を使用している事だが、本体の機械は全く同じ、この目覚まし時計はドイツ物をモデルとしている。
 単なる目覚まし時計を、より高級感のある時計へと変身させているのが面白く、其れが同じ時計の部品で製造されていると気付く。

 しかし、出来上がった時計を比べてみれば、雰囲気も姿も違った時計と成っている事、現在の自動車製造にも、この様なSANY4694.JPG共通部品を使い、違った繰るのに仕上げている。
 その原点は、この様な小さな物からの、出発点ではないだろうか、日本人は発想力にたけ、応用力もあることから、新たな分野への移行も早いのだ、明治時代の時計分野においても、その様な応用を駆使して、新製品の開発をしていたのであろうが、2つの時計を並べて見ると、より分かりやすい。
 上に付くベルを下の部分に配置し、土台は木製の土台、其れによりドッシリとした高級感が出ている事、足の部分の処理も上手く作ってある。
 もともと機械は全く同じもの、ケースの違いで趣も変わり、あたかも別の時計化のように思ってしまう。
 ベルが上か下で、時計の姿がガラリと変わってしまうもの、新しく開発したかのような時計の出来、この様なものを作り出した先人たちに敬意を称したいものだ。
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2020年07月19日

今年のトマト

   長雨で
 毎年植えているトマト、我が家の小さな庭DSCN2332.JPGで栽培しているトマト、新鮮なものが取れて尚且つ美味しいトマト、朝の食卓に上る、以前はスパーで買ったものを食べていたが、どこか違うと感じていたトマト、勿論自分で栽培するとは思ってもみなかったが、震災後は我が家でも。
 そんな事でプランターでの栽培を始め、採れたトマトが美味しくて、それからは病みつきになり、栽培することになり、プランターでの栽培をしたが、やっぱり地植えが良いと言われ、小さな畑を作ることにし、芝生を剥がして畑を作りトマトの苗を植えた。
 やっぱりフランターでの栽培と違って収穫も良く、何よりも味がアップしたように思え、地植えは肥料も土も丈夫である事がわかり、そのうえ収穫量も増した様な気がするし、トマトの出来も良い、路地物はやっぱり違うと実感、それ以来トマトは地植えと知ったが、連作が出来ないらしい。

 その為にプランターとの交互DSCN2331.JPGの栽培、連作はトマトに良くないらしく、仕方がなしにプランター栽培との交代で行っているが、やっぱり路地物に限ると思う。
 そんな今年は長雨でトマトが割れてしまい、折角成ったトマトも食べれず、その上に天敵が現れたのだが、それがカラス、ネットが張られているにもかかわらず、完熟のトマトを食べられ、何処から入るのか長雨とカラス、二つの天敵を抱え、今年のトマトは収穫薄、去年とは様変わりの様相、予想だにしなかった現実がそこにあった。
 この長雨はどうする事も出来ず、自然の前ではなすすべが無いと言う事、予想に反して長雨はまだ続きそうだし、今年はトマトの収穫は諦めねばならないかも知れない。
 それにしてもカラス、完熟したトマトだけ食べるとはケシカラン、どおして防ごうか対策を練らなければならない。

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2020年07月18日

おみやげ

    知らないで
 今またコロナの再来で旅行も行けないが、SANY3282.JPG旅に出た人からのお土産は嬉しいもの、それがどんな物でも有り難いものであり、自分の事を思っていてくれる証しでもあるが、其れよりも心使いがうれしい。
 誰もが経験するものだが、旅に出ると何がしかの土産を買いたくなるのも人の常、行き先々で目に入るものが土産物として見えてくるのも旅。
 それが近いか遠いかは問題でなく、日帰りであろうが旅に出れば買いたくなるもの、これは日本人特有のもではないと思うが、ヤッパリ誰しも買いたくなる。
 それも1つではない事、年配のおばさまにいたっては行く先々で買い物、どれだけ買えば気が済むのかと思うほど、その人が特別ではなく、ほかのおばさまも同じ行動。
 何は兎も角、土産物を次から次へと買いあさるが、それが又楽しみの1つであることは察しがつく、しかしあれだけ買い込んでどうするのかと、此方が心配する始末。

 さて写真のカップ、私の娘が旅の土産として買SANY3285.JPGってきたもの、別に彼女はこの商品がどの様な物かは知らず、たまたまアンティークショップのおばさんに勧められたらしい。
 外国へ行くと土産は買わなければと云う心理が働くもの、娘もその類であるが、このカップが古くて有名な物とは知らずに買い込んだもの、兎に角安かったから買ったらしい。
 写真はヘレンドのカップ、それも80年は経っていると思われ、傷はなく程度の良いもの、本人は有名な物とも知らず、安くて土産になるからと買い込だよし。
 怪我の功名とでも云える買い物、私に褒められてから、やっとこのカップが有名なヘレンドのカップと知ったのだが、知らずに買い込んだから安く買えたのかも知れない。
 同時期で人気のマイセンのカップと同じ様な花の図柄、マイセンはピンクローズの柄であるが、これは違う柄、しかし良く似たムードのあるカップである。
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2020年07月17日

変形型

   生産理由SANY1106.JPG
 古時計愛好家が好んで蒐集する古時計に変形型の時計があるが、この時計何故製造されたものなのか、原因究明を試みる。
 市場に出回っている数々の変形型の古時計、翌々調べてみると面白い事実が浮かび上がって来る事に、それは生まれるべきして生まれた事。
 スタンダードの時計は各社製造しており、定番の八角型が一番多く製造されているが、逆な意味で変形型はある法則がある事に気付く。
 それは名古屋地域に偏っていると言う事、市場にある変形型の古時計の製造地を調べてみると、名古屋地域で製造されたものが多く存在している事。
 つまり名古屋地域が変形時計の生産地であると言う事の裏付け、現存している古時計を調べれば調べるほど名古屋製に行きつく事になる。
 確かに他の地域でも変形型は存在しているが、その大半が名古屋製である事に、当然の事行きつく、これが事実であると言う事、ではなぜ名古屋地域が変形型の時計を製造したかと言う事、そこには当時の情況が深くかかわって来る事になり、生い立ちが見えて来る。
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 名古屋地域は時計製造の激戦区、西洋時計は日本全国で製造されたが、製造数から見ても名古屋地域の製造数は群を抜いた製造数を誇っている。
 又時計製造工場の多さも全国一、やはり名古屋地域は時計製造の激戦区である事、だからこそ生き残りを図らなければならない理由が存在した。
 名古屋地域では企業間の競争が激化していた当時、大手製造会社を相手に中小の時計製造会社は立ち向かわなければならず、結果として少量の生産で大手に打ち勝つには、大手が造らない変形型の時計を製造して対抗するしか無かったからと言われている。
 小回りの利く中小の製造会社は自社の独自性を機発揮して変形時計を造り出したと言えるのではないか、激戦区ならではの市場から生まれた現実がそこにあったからだが、生まれるべきして生まれた変形型時計、激戦区の象徴として製造された裏事情を物語るものだと思う。
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2020年07月16日

ペコちゃん2人

   2人のペコちゃんSANY0288.JPG
 不二家のペコちゃん、誰しも知っているキャラクターの中のキャラクター、そのスタイルは当初と現在では少し違っており、日々進化をしていると言える。
 初期型のペコちゃんは今見るとやはり時代が経っていると雰囲気、オーパオールのスタイルも何処となく古さを感じる。
 当たり前の事だが考えられたのが古いから当然の事だが、可愛らしいのは変わっていないと思う。
 マスコット、ガールのペコちゃん、設定が6歳の女の子と言う事になっていて身長は1メートル、体重は15キロと決められているから面白い。
 もっと面白いのはスリーサイズも決まっているから尚更笑えて来るが、設定者は真剣であったろう、1950年に誕生したペコちゃん、何でペコちゃんなのかと言う疑問も多くあると言う。SANY1422.JPG
 東北の赤べコにルーツがあると言う事らしいが、本当なのかべコからペコになったと言う事らしい。

 ちまたでは色々な説があり、喧々諤々の論争まであるらしいが、赤べコからペコが正しいと思う。
 初期のスタイルをしている二人のペコちゃん、上は新しく、下は初期もの、同じスタイルをしているが、素材が違うもの、下はセルロイドでつくられているもの、貴重な初期もののペコちゃん。
 コレクターなら直ぐに違いに気づくであろうが、我々素人には同じ様にしか見えない、それでも良く見るとほっぺの色が違う事に気が付く、下のペコちゃんはほっぺが赤くないのだ、そしてズボンの下の色が白色、上はピンク色とやはり違いがある点だ。



















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2020年07月15日

頭の体操

   歳のせいかSANY1292.JPG
 カラクリ式の箱、以前にも紹介した箱根細工の小物入れ、我が家に来てから何年になるのか、古いものは50年を超えていると思う。
 その後も幾つか買い込んだが、最近では孫が欲しいと言うので買い込んだものが一番新しいもの、しかしこれは非常に難してものである。
 このカラクリ付きの箱は34回ととんでもない回数を重ねないと開かない代物、勿論解答用紙も付いているが、それを見ても分からない位に難しい。
 何回挑戦しても中々開けれなくて、しまいには飽きてしまい途中半端な状態で箱がそのままになっている。
 34回ともなると前行った所を忘れて何度も同じ事をして開かず、そのうちに今までの回数も忘れて結果は途中で終わる事になる。

 その後は孫が回答用紙を見て元の位置まで戻す事にSANY1316.JPG、やはり歳を取って来ると中々開ける事が難しくなり、何度やっても開かないのだが頭の体操だと思って挑戦する。
 しかし34回物はやはり無理、優しい12回ものなら簡単に開くが、24回ものだと苦戦を強いられる。
 確かに頭の体操だと思って挑戦はすれど、何度やっても開かないとイライラが募り、頭の体操どころではなくなる。
 おかしなもので出来ないと分かっているとやる気が出ず、挑戦する事もなくなるが、開けられると思えば挑戦したくなるのだ、今回は24回ものに挑戦したが、結果は途中で棄権、何度やっても同じところで脱落、情けない事になった。

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2020年07月14日

おがら

   麻の幹DSCN2322.JPG
 おがら、現代人には聞きなれない言葉であると思うが、お盆を迎えるにあたって重要なもの、なくてはならないものの一つ。
 今日は盂蘭盆会の中日、つまりお盆の真ん中の日、先祖の霊が我が家に帰って二日目、ゆっくりと我が家で寛いでいると思う日、盂蘭盆会は7月13日、14日、15日を指す。
 先祖を迎える準備を前日の12日に行うが、大事な作業が待っているのが、先祖が乗ってくる乗り物つくり、これを作らないと先祖が迷ってしまうと言い、先祖が乗る乗り物とは馬と牛、我が家に早く辿り着くには馬に乗り、ゆっくりと帰るのには牛に乗り帰ると言われている。
 だから前日に馬と牛を作るが、馬はキュウリで作り、牛は茄子で作るのがしきたり、形の良いキュウリと茄子を選び、馬と牛を作るのだ、この作業も簡単のようでなかなか形がとれないが、やはり経験がものを言う、うまく作るにはコツが必要で経験が一番であると思う。

 この馬と牛のあしを苧殻で作るが、おがらとは麻の幹、麻の皮DSCN2323.JPGをはいだ幹がおがらと呼ばれ、足の材料となるものだ、麻の幹は中が空洞になったおり、軽くて折れやすく、扱いにはコツがいるが慣れれば扱いやすくなり、簡単に折れたりもする。
 おがらはもう一つの役割があり、それが迎え火と送り火、その際使われるのがおがら、麻は神聖なものと言われ迎え火や送り火に使われる。
 先祖の霊はこの火を目印に我が家に帰ってくると言われ、盂蘭盆会には重要な働きがあり、各家庭では玄関先でおがらを燃やし先祖を迎えたり、送ったりする。


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2020年07月13日

盂蘭盆会

   毎年の事
 毎年お盆はやって来るが、節目節目では盛大にもてなす時SANY7190.JPGがあり、色々な節目が存在しており、我が家でも今年は節目の年、親父が亡くなって節目の時期。
 勿論、毎年本の行事は行っているが、節目に当たる時は少し盛大に盆を迎える事になるから、準備も早々にしなければならない。
 宗派によって違いがあるが、昔からの仕来りもあり、我が家でもその仕来たりを守るようにしているが、それが今年である。
 早いもので親父が亡くなってから43年が経ち、今年は節目の時、菩提寺には早々に親父の供養をお願いし、お盆を迎える事にした。
 この地方にも節目には仕来たりがあるので、それなりの行事を行うが、最近ではその仕来たりも薄くなったようである。
SANY7733.JPG
 確かに時代の流れでもあり、先祖の供養も様変わりしてきているとも言われるが、それはそれ我が家では昔通りの仕来りでお盆を迎える。

 核家族化が進み、現代では先祖を供養するどころか、仏壇もつくらない人も居ると言うが、人其々であるが、私は先祖を大事にしたいと思っている。
 自分が何処から来たものなのか知らないのは気持ちの上で不安、現在あるのも先祖のおかげであると思っている。
 確かに時代の流れかも知れないが、先祖の供養は自分たちの務めだと思って、それなりの供養をしているが、むやみにしている訳でもない。
 自分たちに合った中で先祖の供養をして行けばよいと思っており、無理しない範囲で仕来たりを守って行けばよい。
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