2020年08月31日

修理奮闘

      やれるものは自分で
 SANY4280.JPG古時計と付き合ってから、故障と隣りあわせで付き合ってきたもの、古いものと付き合うのには色々と問題が生じ、中でも故障は常に存在する。
 古時計と言うからには当然古い物、古いものなら壊れやすいのも当然のこと、常に故障との隣り合わせ、之を嫌がっていたら古時計とは付き合えない。
 そして修理の費用も馬鹿にならないもの、数が多ければそれだけ故障もするもの、そして当然お金もかかる事になり、其れが1つの悩みでもある。
 古時計を集めだして頃からの難問題でもあり、未だにこれに悩まされ、常時付きまとう問題、その為に少しでも修理代の節約をしなければならず、結果自分で修理するしかない。
 はじめの頃は修理するはずが、結局は壊してしまい、何をやっているのか分からなくなった事も、そんな状態の中から、必然的に自分の技術を磨くほか無いと思い、実践して修理に取り組むことに。
 まずは、時計を分解する事からはじめ、古時計の機械を外して分解、しかし、そんなに簡単に行く筈は無かったもの、分解したが元通りにならず、四苦八苦。

 初めのころは、結局組み立てができずに分解したまま、時計屋に修理に出す事になり、時計屋からは「素人がかまうとこお言う事になる」と、嫌味を言われたこともしばしば。
 そんな事で、次第に自分の実力を上げる事に励み、大抵の小修理SANY4278.JPGは自分でこなす事が出来る様になり、修理費も少しは減ったかのようであったが。
 しかし世の中そんなに甘くないもの、修理の数より物の方が増えて、次から次へと故障するの事に、修理が追いつかなくなるのだからしょうがない。
 写真の時計は置時計のゼンマイが切れたもの、分解してゼンマイを取り出し、切れた箇所を切り取って、少し短くなるが繋ぐ事はせず、新たに穴を開け直す事になる。
 ゼンマイの先を焼き戻して、新たに穴をあけ、再び元の位置に戻せば修理は終わり、そんなに難しいものではないが、根気だけは必要のようだ、この様なものは、今までに何回となくやっては来たが、最近は根気がなくなってしまい、修理する回数もメッキリと減ってしまったようだ。
 それはやはり力が無くなって来た為、ゼンマイであることが原因なのは当然のことだ、力がないとゼンマイを縮めてカプセルの中に入れることができないからだ。
 それには力がないと怪我をする恐れもあり、やめざろう得ないのだ、修理するにも力が必要、やっぱり歳には勝てないと言うこと。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2020年08月30日

連絡事項

  浜松ミーティング開催の件

 日時、9月13日日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
     NKトレーディング事務所 
      053−465−3666
 時間、11時30分 開始
 会費、1500円、昼食含む
 尚、オークションを開催いたします。

 日本古時計保存協会 事 務 局
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月29日

面白い形

   ゴング時計
SANY2000.JPG
 ゴング時計とは大きな鐘を持つ時計の事、ゴングと言えば思い出すのはボクシング、試合開始の合図に使われる鐘、平べったい形の鐘、大きな音がして周りに響く鐘、それがゴングと呼ばれる鐘、そんな鐘をゴングと言うのだ。
 もともとこの時計は始業用の時計として造られたものと言われ、仕事場で使用されることが多かった。
 大きな型のものが多いのも、この時計の特徴だが、色々な種類の時計が存在しており、各社が製造している、勿論海外の時計のコピー、アメリカ製の物やドイツ製の物が日本に入ってきているが、形は同じようなもの。
 上に時計が付いている形の物と、下に時計がありゴングが下と言う時計も、それぞれに各社のデザインが存在している。
 大きな時計に付いたゴングは、講堂や会議室、またまた工場で使用されていたのがあり、その証拠に裏に工場落成記念に寄贈されたものがある。
 それとは違い、事務所などの部屋で使用される時計は小さなものが、目覚まし時計の機械が組み込まれたゴング時計もあり、用途によって選べる事が出来たようだ。

 大きなものは何故か日本製の時計が多く現存しており、逆に小SANY2002.JPGさな時計の物は外国製の物が多いように思われる。
 それは使用する場所によって買い求められたからだろうと思われるが、何故かしら海外物は少ないよう、今回のこの時計、精工舎か製造したもの、精工舎もゴング時計を製造しているが、あまり多く製造していないようだ。
 この時計少し大きめの物で、大きな場所でも使用が可能だと思われるが、何方でも使用できる大きさ。
 この手の時計は精工舎としては珍しいもの、ゴングは中間の大きさ、大きくもなく、小さくもない、やっぱり中間、裏板は欅の板が使われている事から、高級品であった事が見て取れるが、果たしてどこで使用された物なのか。
 機械はレバークロック、天賦式の機械、秒針付きの普通の機械が使われているが、形は裏から見ると面白い形となって、写真でも分かると思うが、機械部分は八角型になり、下は変形になっている。
 大きさは縦65センチ、横35センチと中型の時計、細部的に見ると、手が込んだ造りがなされている事から、高級品であった事が分かる時計、興味が湧く時計でもある。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月28日

形見わけ

   受け継ぐ
 DSCN1558.JPG親父が亡くなってから早40年近くなり、月日の流れるのは早いものとつくづく思う日々、自分も歳を取ったものと思い出した。
 もうすぐ親父の無くなった歳に近づくことに、自分も歳をとったものだと思うようになったが、それにしても親父の残したものは多い。
 色々な物が残っていたが、一番多く残っていたものは古陶器、流石に長年蒐集していただけの事はあり、多く残したものだ。
 兄弟で分け合ったが、その分けた時の事、私が一番後で取る事にしたのだが、その分けは古陶器よく知っていたからだ。
 兄弟の中で親父の残した古陶器の事は一番知っており、生前親父からも良いものは聞いていたからだ。
 お袋も交えて親父にどれが良いものかと聞いて、殆どのものは良いものと悪い物に選別してあり、お袋が記録していたのだ。
 そんな事もあり私が一番よく知っていたので、兄弟の内一番後に取る事にしたので、先に姉から好きな物を取り出した。
 勿論お袋も交えての形見分け、姉2人は見た目に綺麗なものばかり取り出し、うす汚れたものは手を出さない。

 綺麗なものばかり選別、見た目で判断DSCN1562.JPGしていたので、お袋がそれで良いのかと聞いていたが、姉たちは汚いものは要らないと、そして残ったものは見た目に汚いものばかり、特に箱に入った古陶器は見もしないで除けたのだ。
 古陶器と言うからには新しい物は無く、当然箱も新しくないし、綺麗なものでもないから姉たちは見向きもしなかったのだ、しかし古い物は綺麗ではないのが普通、姉たちに確認し、それだ良いのかと言えば、そんな汚いものは要らないと。
 そんな事で残ったものは全部私が受けついたが、やはり綺麗なものは一つも無く、古びた箱ばかりであった。
 親父が残した良いものはほとんど残ってしまい、お袋も姉たちに「猫に小判だ」と言っていたが、それでも要らないと言うのだ、そんな中にこのカフスボタンもあり、お袋が私に全部持って行けと差し出したが、要らないものも沢山あったので選んで持って来た。




posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月27日

やっぱり姫ダルマ

   最近の女子は
SANY4834.JPG
 近頃女性の古時計愛好家が増え、私のもとにも問い合わせが多くなって、此方が驚いている昨今、彼女達の目指しているのはダルマ型時計。
 誰にでも人気なダルマ型時計、あの姿がたまらなく良いと言う、部屋に掛けてもインテリアとして抜群、部屋の雰囲気が一気に変わると言うのだ。
 確かに古時計1つで雰囲気はガラリと変わるもので、今までにも何度か説明してきた事、彼女たちもその魅力にはまってしまった様だ。
 特に金ダルマと寄木のダルマ、それも程度の良い綺麗なものが好き、だから彼女達はそれを求めてさまよい歩くのだと言うが、そんなに甘くないのだ。
 誰しも程度の良い古時計は手に入れたいもの、古時計愛好家が探しているから、その前に彼女達の手に入れなければならないのだと言う。

 男性陣をよそに、情報網をふんだんに使うのも彼女たち、ネットやスマホで探し回るのも彼女達、私もたまにその場SANY8391.JPG面に出くわすこともあり、そのバイタリティーに驚く。
 彼女達は今まで見てきた古時計をチッカリと写真に収め、それをデーターとして持ち歩いており、他の店で出くわす時計と比較、スマホで確認しているのだ。
 つまり目の前の時計と写真に写して時計を比較して、どちらが程度が良いのか、そして何処がおかしいのか、写真を拡大しては比較しているのだ。
 私も確かに他の店の古時計と比較する事はあるが、目の前で現物と写真を比較する事は先ず無く、頭に入れたデーターとの比較をするくらいだ。
 店で写真と比較する事はした事は無く、彼女たちの行動にはビックリ、店の主人も彼女たちのその光景を見て驚きを隠せない様子である。
 店の古時計と彼女たちが取ってきた写真と見比べ、違いがあると店主に質問、実に合理的で厳しい疑問も投げかけるのだから店主はタジタジ、普通の男なら其処までキビシク突込ま無いが、彼女達は納得の行くまで堂々と質問を繰り返す、古時計に詳しくない店主だと対抗できないのだ。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2020年08月26日

瀬戸の招き猫かお

   やっぱり顔
 コロナが蔓延の今福を招く招き猫、招き猫と言えばDSCN0172.JPG瀬戸の猫、古くは江戸末期に造られていたと言われ、特に磁器の招き猫が人気。
 瀬戸の招き猫は磁器ものが人気であり、古い物は高価で中々手が出ない物となっているのだ。
 私も瀬戸の招き猫が好きで欲しいと思っているが、値段を見ると手が出なくなってしまうのだ。
 特に大型の招き猫は数も少ない事から、非常に高い値段となって、我々には手が出ない代物だ。
 しかし欲しい事には変わりなく、いまだに追い続けているが、残念ながら現在も手に入っていない。
 磁器で出来ている高さが50センチを超えると、値段も跳ね上がり、また数も極めて少ない物となる。
 現物が出れば出たですぐに買い手が付くもので、我々にはチャンスがなく、その筋の人に渡ってしまう。

 SANY2926.JPG写真の招き猫、磁器で出来ている招き猫、その顔は時代を繁栄して動物らしい招き猫となっている。
 現在の招き猫と比べればキツネに近い顔をしているようで、前に突き出たような形の顔をしており、今の招き猫のように丸顔ではないのだ。
 しかし一つ一つ顔が特徴のある愛嬌ものの猫となっているから人気、そして背筋をいっぱい伸ばした姿になっているが、猫と言えば猫背が当たり前だが、瀬戸で造られた古い招き猫は、背筋を伸ばしているから、それが特徴とも言える。
 その上、瀬戸の招き猫は何も持っていないもので、前垂れと言われる首に巻かれた布これが派手な模様も瀬戸の招き猫の特徴、前垂れが大きくて色が綺麗なもの、可愛らしくも見え、何といってもその顔、愛嬌がある顔が古い招き猫、それを好む人も多いから、運がよければ手に入るかも。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月25日

オキュバイドジャパン

   戦後の歴史
SANY2480.JPG
 太平洋戦争が終結、日本は新たな第一歩を踏み出すことになったが、その歴史は大変興味のある事、何も無い時からの出発だ アメリカ軍の大空襲で日本各地は多大なる被害を受け、大都市は焼け野原となってしまい、特に軍需工場は悲惨な憂き目にあった。
 物作りの機械その物が焼けてしまい、復興は厳しい試練に立たされていた時、町工場から海外に向けて商品が輸出された。
 その中には玩具時計も含まれており、外貨獲得に一役買ったもの、簡単な機械が入ったいわば玩具、そんな時計がアメリカで大人気となる。
 鳩時計や動物の形をした時計は引っ張りだこの状況、小さな町工場ではフル回転で製造に励んでいた時代、大量に生産は出来ず少量の生産であった。
 そんな玩具時計はアメリカでは戦後の産業が目まぐるしい発展をとげ、豊かな生活の中、玩具時計が持て囃されていた。

 特にメイドインジャパンの時計が人気、安くて丈夫、そして何よりはSANY2494.JPG精密に出来ているとの評判、ドイツ物の時計と肩を並べていた。
 対戦国のドイツの時計よりは、占領国の日本の時計の方が人気であり、安価な事も手伝って、ドイツの時計よりも多く売れたようだ。
 ドイツ物の郭公時計と日本ものの玩具時計、激しい競争の中、郭公時計より可愛らしい日本の玩具時計にアメリカ人は魅かれて行ったようだ。
 特に目玉が動く物に興味が湧き、郭公時計より人気であったよう、梟時計、こけし時計、犬の形をした時計、やっぱり目の動きが決め手となった。
 この時代、手塚時計、ミケン機器などの玩具時計製造所は多くの目の動く時計を製造、家内工業的な設備でありながら、数多くの時計を製造し、 この時代の時計にはオキュバイド(占領下)との印をつけなければ輸出の許可が下りなかったため、オキュバイド、ジャパンと記入されて輸出された。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話

2020年08月24日

出所

SANY0012.JPG   持ち主
 古時計とは不思議なもの、様々な生い立ちを持っているもの、その時々の経過が分かるものでもあると思う。
 明治初期に輸入され、日本にやってきた西洋時計、数々の歴史を持っているから、それを辿るものも面白いと思うが、その一つの手がかりが古時計の背板に潜んでいる。
 色々な西洋時計が現存しており、その生い立ちを知ろうとすると、出所がまず重要、かっての持ち主は誰であったのか、その手掛かりを探すことも重要。
 私も手に入れた古時計の生い立ちを知ろうと手探りで行動、一番分かりやすいものは持ち主の名前が書いてあるものだ。
 当時購入した人は自分の名前を記入、もちろん買い込んだ日付けも書いてあり、時計の所在を示すもの、一番の手がかりだ。
SANY5671.JPG

 当時はステーイタスの証として自分の名前を記入してあるが、現在では個人情報は書かないのが普通、しかしこれが当時としては当たり前の事として行われていたから、所在確認には持って来いのもの。
 これは個人だけではなく、国のものでも同じ事で所有者の名前が明記され、国の財産であることの証、丁寧に焼き印まで施されている。
 この様な古時計は過去の所有者を特定できるものだが、古時計全部に書かれている分けではなく、書かれていない方が多いのだ。
 その為に過去の所有者を特定できる証を探すことになるが、難しい探索となり、中々見つけ出せないのが現実である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月23日

シンプル

    単純な動き
 子供の玩具は単純な物ほど面白く、そして長SANY1275.JPGく愛され続けるもので、複雑な物は初めは喜ばれるが、直ぐに飽きられてしまうのは何故であろうか、不思議でもある。
 昔も今も子供の玩具はシンプルが良いとされ、そのシンプルの程度が逆に問題で、どこまでがシンプルでどこまでが複雑なのか、これまた思案のしどころでもあると言う。
 玩具を製作している者にとっては重大なテーマ、無駄な物をそぎ落としてシンプルにすれば、そのもの自体がアピールできる迫力が無ければならず、それがデザインなのか、それとも材質なのか、これも又難しい選択である。
 外国製の木を素材としたシンプルな玩具も、デザインと素材を徹底的に吟味されていることが、長く支持される由縁でもあり、木の持つあたたかみと、やっぱりシンプルなデザインの洗練されたもの。

 長い伝統の中で作られた玩具には時代を越えたものが存在し、ゆるぎない自身の上に製造されたもの、幾世代にわたって使われた実績がものを言う。
SANY1268.JPGSANY1267.JPG そしてもう1つが、動きのある玩具であるが、別に大した動きでないもので、これまたシンプルな動き、上下に動いたり、左右に動いたりするだけのものだが、之も絶大なる人気を誇っている玩具。
 ブリキで出来たいたってシンプルなもので、ブリキを少し楕円形に曲げ、上の部分を交互に動くように接続、その上に鶏が二羽乗っているシンプルなもの。
 この玩具も古くからあるもの、私の子供の頃も同じもので遊んだ記憶があり、今見ても懐かしく思える玩具、すこしブリキのワッパの部分を押さえるようにすると、鶏がえさを食う動きをする。
 ただ上下に動くだけであるが、何度やっても面白くてツイツイ手が痛くなるが、仕掛けもシンプルであり、壊れることも無く何時までも使える玩具である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2020年08月22日

ノベルティー

    リアルな表現
DSCN1839.JPG 戦前戦後、瀬戸で製造された陶器、外貨獲得に大いに貢献したが、特に戦後日本の経済を引っ張り上げた事は事実、アメリカ向けの輸出が拡大して行き、その中にノベルティーと呼ばれる焼き物が大いに活躍、一躍表舞台に躍り出る事に。
 元々瀬戸の置物は鎌倉以前から造られていたと言われ、狛犬や人形などが手び練りで造られていたようだ、特に狛犬は多くの社寺に収められており、全国に残っているもので、瀬戸の焼き物を広めた、狛犬の姿は非常に多種多様で、勿論作者の意向によるもの、独特の姿をした狛犬もある。
 狛犬愛好家も多いと言い、特に古い狛犬は表情も豊かで面白い顔をした狛犬に人気が集中していると言う、これも瀬戸ならでは、そんな狛犬も江戸時代中に入ると、さらに需要が増して社寺に多く収められ、人々の信仰の深さと結び付くことになる。
 
 明治6年ウイーンで開催された万国博で、石DSCN1842.JPG膏型から置物を造り出す技術を日本の持って帰る これが切っ掛けで瀬戸のノベルティーは飛躍的に進歩することになり、石膏型が一気に導入され、今までのものよりも優れた人形や置物が出来るようになる。 この頃になるとドイツの優れた人形を研究し、瀬戸の石膏型はより細密的なものが出来るようになり、マイセンに近づいていた 明治後期には万国博に出品され、海外から高い評価を得る事となり、輸出にも拍車がかかるが小規模の生産であった 生産が大きくなるのは昭和に入ってからの事、其のころには石膏型の技術もマイセンに劣る事のないものであった。
 第二次世界大戦後、アメリカから大量の注文が入り、生産も急速に発展、工場も大型化し、海外からの注文に応じるようになる。 その長さ40センチ以上。 この尻尾が難題で、焼くまでに乾燥段階で垂れてしまう事に、そして窯に入れて焼くのだが、焼いてみると尻尾が垂れたり、ヒビが入ったりと難題であった 全体のクジャクの大きさは70センチと大きく、これだけの置物を焼くには技術的にも難しく、ロスも出るのである。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月21日

ふくすけ

    幸運のお守り  
SANY3275.JPG 瀬戸焼の陶祖、加藤四郎左衛門景正(藤四郎)号を春慶と言う、伝説の人物であるとされているが、今だ実態は分からない人物、鎌倉時代の人で、1223年あの永平寺の開祖、道元禅師に同行して南宋に渡り6年の修業の末、当時の最高の釉薬や焼成技術を習得して日本に帰って、京都で焼き物を始めた。
 その後、焼き物に最適な土を求めて全国を行脚、1243年遂に山田郡瀬戸村にたどり着き、地元の深川神社に参拝したおり、陶土を求める祈願をし、これより巽の方角に良土ありとのお告げを貰う。
 瀬戸村東部祖母懐の地に良質の木節粘土を発見ここに窯を築き、日本で始めての施釉陶器を開発、「古瀬戸」の誕生であり、国内唯一の施釉陶器の誕生である。
 当時の日本には釉薬をかけた陶器は存在せず、加藤四郎左衛門が宋より技術を持ち帰り、瀬戸の良質な粘土で作り上げた焼き物、「古瀬戸」である。SANY3277.JPG
 これにより加藤四郎左衛門景正は瀬戸の陶祖となり、現在は深川神社境内の陶器の神様として陶彦神社に奉られており、瀬戸焼の元祖として敬われている。

 毎年4月には瀬戸市で陶祖祭りが開かれて、藤四郎の偉業を現在も伝え、盛大なお祭りがもようされて多くの観光客が見物に来るようになり、それに伴い陶器の廉売市が開かれ市価の半値で売買され人気を呼んでいる。
 右の福助は、私が小学生の頃廉売市でこの福助を買い込み、現在も家の神棚に飾り、大分汚れてしまったが、福助を見ると子供の頃の陶祖際が思い出される、思い出の品である。
 何故、福助を買い込んだのか記憶は無いが、今にして思えばこの福助が「中條勇次郎」の時計を初めとして、珍しい時計を手に出来たのは、福助のお陰であるかも知れない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月20日

情けない

   初めての買い物
 誰でも自分なりに思い出のある旅はあるもの、私も思い出深い旅SANY1829.JPGが、友人に連れられてイギリスに行った時の事、毎でも思い出すと顔が赤くなる。
 友人はプロのディーラー、商売人であり店主、その彼がイギリスに買い付けに行くが一緒に行けと言い出し、日にちも決めていた。
 なんで俺が行くのか、行きたくないと返事をすると、オルゴールを買い付けに行くから機械を見てくれと言うのだ。
 奴は機械オンチで有名な男、機械ものを買い込んでは何時も失敗、私に馬鹿にされ、それでも機械ものを買い込む男。
 そんな奴がオルゴールが分かる訳がなく、私に機械を見てくれと言う事、再度断ると奴は頭を下げて是非とも付いて行ってくれと言う。
 再三の申し出にこちらが折れ、結果は連れて行かされイギリスに、現地に着くなりバイヤーのもとに、奴は何度も来ているから知り尽くした現場だ。
 早速オルゴールのある店に、店内にはピカピカのオルゴールが4、5台あり、早速中を調べると、店主はオリジナルだと言い、程度も良いと言うので、中を見せろ店主に催促、中を見ると別物の機械が入っている。

 素人はこれに騙され買い付けてしまうが、機械をSANY1828.JPGよく見れば直ぐに分かる代物、奴にダメと目で合図をし、他も見てみたが全部ダメなものばかり。
 その店を後に2、3軒回り今日最後の店に、そこでこの時計を発見、欲しいと思いつつオルゴールを見ると良い代物が2台あり奴にこれを交渉しろと言いつつ時計を見る。
 奴にオルゴールは幾らだと聞けば高い値段、そこで奴にこのオルゴールの欠点は個々とココにあるから安くしろと言えち指示、店主強気なので変えると支持する。
 心の中ではあの時計が欲しいと思いつつ、すると友人幾らなら良いのだと聞くので先方の半値と指示、その中に割って入り奴にこの時計はおまけにしろと言えと言うと、お前が言えと言うのだ。
 然し私は英語は苦手、奴はペラペラだがそれを分かっていて交渉しろい言うのだで、仕方なしに片言でプレゼント、プレゼントと繰り返すだけ。
 向こうのバイア―は笑いながら承諾し、オルゴールは安く買い込み店を後に、すると友人「お前もう少し英語を習え」と、誰のおかげでオルゴールが買えたのか奴に八つ当たり。
 そんな情けないイギリスでの思い出、その後何度となくイギリスに行ったが英語はからっきし駄目である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月19日

ランプシェード

   安かった
 友人がランプを持って現れ、良い物かどSANY6256.JPGうか教えて欲しいと言って来たが、何だか怪しい言い方をしていたので気になり、実はこの人、我が家のランプを見て自分も欲しくなったらしく、買う前は私に一言も言わなかったのに、簡単に買い込んでくるとは。
 それも彼はアンティークにはうとい男、そんな男がアンティークランプを自分で買い込んでくるとは思わなかたが、勿論彼はずいぶんと古い友人、我が家に出入りしている人の中でも古い部類の人物、そんな彼がアンティークには程遠い存在でもあった。
 それが何故アンティークなのか疑問だから、ランプを買い込んだと聞いて、古いものが分からないのに買い込んだとは怪しいのだ、そんな訳でアンティークショップなど出入りはしていない人だ、何処で買い込んだものなのか、それも不思議である。
 紙づつみを持って現れ、私の前にそのものを出し、安かったと一言、その瞬間、これはヤバいと直感、何故ならば彼はアンティークなど分かるはずないから。

 包みを開けて取り出したものは案の定新しいものSANY6263.JPG、形こそアンティーク調につくられているが紛れもない新品の品であり、少しアンティークをかじった人でも、ガラス物は極めて難しく、リプロが沢山出回っているから見極めるのも難しいと思う。
 それに信頼できる店でないと素人は騙される事に、騙されなくとも見極めが難しく慣れないと間違えるものだ、幾ら我が家に出入りしていても、実際にアンティークランプを研究しないと判別は難しく、間違える事になる。
 写真上のものは卓上用の新品のランプのハズレ、つまり何個かある中の一つ、それも吊り下げようのものではなく、置きランプ用の新しいリプロものだ。
 この単体だけでは普通は売れなくて、アンティークを知っている人は誰も買わない代物であるが、彼はそれを買い込んでしまったのだ、
こんな話は幾らでもあるが、友人が騙されるとは面白くない。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2020年08月18日

何だ之

   根 付DSCN2127.JPG
 友人が飾り棚に置いてあった物を持ってきて、「これなんだ」と言うのだが、何処から持って来たのか聞き直す。
 友人が持って来たものは根付であるが、そんな小さなものを良く見つけてくるものだと感心するが、本人は何だか分からない様子。
彼はこの様なものは知らない人、骨董の部類でも全く違った分野、知らないで当たり前だと思うが、それにしても良く見つけるもの、もちろん友人は我が家に出入りして古い部類の者、今更何でと思いつつ、それにしても飾り棚から持って来るものだと感心する。
 持って来たものは根付であるが、普通のものとは少し違うもの、和時計の文字盤を模ってものだから、不思議に思ったと思う、そもそも文字盤だと思っていない様子。
 よく見ないと文字盤だと気付かないもので、木製の木地にはめ込まれており、銀製の文字盤、当時としても珍しいものだ。
DSCN2128.JPG

 木地は紫檀で作られているから固いもの、円形の形をしており、帯の間を通して提げられる様にしたものだが、時計の針が欠落している。
 本来は中央に針があり、回転する仕組み、心棒に付けられているからクルクルと回転するようになっているもの、針も固定されていない。
 今は針がないので文字盤だけ、だから時計の文字盤だと気づかないのも無理はないが、古時計愛好家なら直ぐに気が付くのだろう。
 紫檀に銀製の文字盤、材料に拘った持ち主が特別に造らせたものだと思う、この先に付いていたものは印籠であろうか
 当時としては珍品の部類に入る根付、和時計の文字盤とは粋なつくり、持ち主もさぞかし変わった人であったろうと推測される。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話

2020年08月17日

骨董市場

    中々面白い
SANY1935.JPG
 古物商の骨董市場は中々見れないものだが、館主の許可を得てセリ場に潜入、どのような状態か見る事に。
 前回も潜入を試みたが、今回は下見の時許可を得て写真に撮って来たが、何処から撮ってよいか迷った。
 それは何でもありの市場の事、ありとあらゆる物が売りに出ているから、どれを取れば雰囲気が分かるかと。
 兎に角あらゆるジャンルの物が売りに出ているから、自分好みの物を見つけて、それを写真の撮って来たが本当はセリの写真を撮りたかったが、プライバシーの事もあり、まして嫌がる人も居るから撮る事をやめ、臨場感に欠けるがどの様な状態か少しは分かって貰えると思い。
 物はピンからキリまで、あるとあらゆる種類が持ち込まれ、業者が下見をしているが、そこはプロ、自分の値踏みをシッカリとしていた。
 骨董業者にとってはここが戦場、安く手に入るか、それとも高いのか、自分の目を信じてのセリ場だ。
SANY1940.JPG
 安く買いたいと思うのは誰しも同じ、だからこそ目利きが大事、物を見極める力がなければかなわない事、しかしそれだけではこの市場で勝ち抜く事は出来ないのだ、やっぱり金がなければ物は買えないのだから。
 素早くものを見極めて、セリに打ち勝たなければ手に入らない事は察しが付く、それも素早く、目の前に出て来る商品を素早く値踏み、勿論下見の段階で自分の買値を決め、物が出れば直ぐに値を指す。
 お互いに値を吊り上げ、最高値の人が落札するが、高ければ良いと言うものでもない、利益が出なければ意味がないのだ。
 それがプロの仕事、値踏みも、目利きも、全部が商売のうち、骨董市場はやはり戦場で、プロ同士の激しい攻め合い、それが一瞬で勝負がきるのもセリ場、威勢の良い掛け声が周りに響く。






posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月16日

旧盆

    8月16日
SANY1743.JPG
 帰省、故郷に向けて日本全国で帰省ラッシュだが、今年はコロナの影響で様変わり、毎年のお盆と少し違ったよう、8月は旧暦のお盆、全国では新暦が少ないように思うが、関東では新暦多い。
 旧暦のお盆も全国では多く、故郷目指して車の列、忍耐と辛抱が基本、渋滞にもめげずにひたすら耐える、この時期、車だけでなく空も船もやはり満席、故郷に向け大移動する人々、ご苦労な事だと思うが。
 しかし今年は全国でコロナが猛威ふるっており、その為道路も去年と違う、確かに混んではいるが例年とやはり違いが、自粛ムードと感染対策で異変だ。
 果たして何時の事であろうか、安全に故郷に楽しく帰れる日が帰って来る日は何時になるのか。

 今日16日は送り火、精霊があの世に帰って行く日、先祖の霊はキュウリの馬に乗って我が家に帰った来る、先祖の霊を迎えるためにSANY1753.JPG13日に迎え火を炊く、これは先祖の霊が目印となる灯りともし、それを目印に帰って来ると言われている。
 そして今日は又あの世に帰る時、送り火に乗って天に帰ると信じられて来たもので、この日に松明を炊いて送るのだ。
 精霊は茄子の牛に乗り、ゆっくりとあの世に帰って行く、焙烙と呼ばれる素焼きの焼き物、その上で松明を燃やすのだが、玄関先で送るのが通例である。
 この送り火で一番有名なのが京都五山の送り火、全国的に有名で、五つの山に松明が順につけられて、先祖の霊を送る。
 大きな大の字をかたどった松明に夕暮れ、左の山から順に火が付けられ、この送り火を見るために全国から観光客がやって来るが今年は規模を縮小、自粛ムードで様変わりしそう。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月15日

代用品

SANY1190.JPG   様々な物
 今日は終戦記念日少し当時を振り返って戦時中、金属不足の中様々な物が代用品として製造されたが、その中でも使えないものも多く存在していた、筆頭格は釣り鐘であり、何の役にも立たないものであった。
 当時の状況を知る人も少なくなってしまった現在、後世に伝えなければいけない物も多くある。
 第二次世界大戦の最中、物資不足から特に鉄の不足が深刻であった当時、鉄に代わる代用品を探していたのだ、全国的に広がりを見せていた。
 愛知県瀬戸市もその中の一つ、焼き物の産地としての瀬戸、そこに国より製造依頼がさっとうした中に、使用不能なものも依頼されていたと言う。
 一番多く製造されたものは陶器の貨幣、信じられないと思うが終戦末期に瀬戸の窯元に製造依頼された。SANY2036.JPG

 以前にも何度か取り上げて来たが、今回も又驚くべきものが製造されていた。
 一つは栓抜き、一つは時計の渦巻きリンの台座、この2つは極端な例とも言えるもの。
 特に栓抜きはそんなに使用に耐えれるものではなく、代替えの商品とはなりぬくいものと思われるものだ。
 特に栓抜きは固い素材の磁器では力が入った時に破損しやすく、何度かの使用で破損するもの、実際に使ってみると、その様子が分るもの、少し無理をして扱うと欠けて使用できなくなる代物であった。
こんな物まで代用品が造られていた事も現代人は知らないと思う、戦争の生き証人でもあるモノたちが伝えるものは何か。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2020年08月14日

ブリキのおもちゃ

   懐かしさがSANY3114.JPG
 ひと頃のブリキのブームは去ったが、いまだ根強い人気を保っているのもブリキの玩具、私も好きなもの。
 ブリキの玩具を見るとツイツイ手が出、欲しいと思ってしまうが、これは懐かしさが後押ししているからだ。
 我々の年代は、このブリキの玩具で遊んだことがあるから、当然懐かしさと同時に手元に取りたいと言う気持ちになる。
 自分が遊んだブリキの玩具がそこにあると我慢できなくて、値段の事よりもすぐに欲しいと感じるから不思議。
 頭の中はすでに子供の時代に戻ってしまい、後先が分からなくなるのだと思う、それは私だけではない筈。
 子供の頃から好きであったものに自動車があり、親父に買ってもらったレースカー、当時は「競争自動車」と呼んでいた。
 そのレースカーを買ってもらい遊び続けて壊してしまったが、それでも壊れ物を捨てずに取っていた。
 車輪が外れてしまい、その上ゴムも外れて全く動か無くなったもの、SANY3116.JPGしかし捨てる事は出来なかった。

 大事にとってあったが何度かの引っ越しの際、どう云う訳か行方不明になり、未だに出てこないのだ。
 そんな訳で自動車には異常に懐かしさが湧いてきて、見れば手にしたくなり、未だに追い続けていると思う。
 幾つになっても子供の頃に遊んだものは忘れがたく、見つければ当時の頃に逆戻りして、手が出る事になる。
 しかし最近のアンティークな自動車は値段が高くて、ビックリする事もしばしば、それ位に高くなっている。
 勿論ひと頃のバカ高い値段ではないが、其れでも簡単に手が出るものではなく、やっぱり高いものである。




posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月13日

インテリア

    ム ー ド 1 つ
 毎日生活している部屋、ツイツイ惰性で何もSANY8402.JPG衣替えしなくて、何時もと同じ雰囲気のまま、如何にかしようと思ってはいるが、思っているだけで時は過ぎる。
 そんな毎日、誰しも経験があると思うが、とり分けて何処を如何し様かと言うものでもなく、何とかならないものなのかと、只思っているだけの事。
 具体的な考えは大抵ないもの、何とかしたいと思う心があるあらわれ、雰囲気を変えるには部屋の模様かえをしなければならないと思ってしまうが、もっと簡単な方法がある。
 部屋の改造となればお金もかかる事になり、すぐには出来ないが、考え方を少し変えるだけで雰囲気がガラリと変えられる方法、それはインテリアを変えることである。
 其れも大層な良いものを買わなくても、安くても良いものがあり、自分の感性で選べばよいと思う、たとえば部屋の明かりを蛍光灯から、電球式の物に変える。

 これだけの事で雰囲気が変わるもの、何も白熱球にしなくても良く、エコの時代であるから電気代の高い白熱球、しかし今は白熱球らしい蛍光灯があり、電気代も高くならないし、雰囲気もある。
 今ある蛍光灯の照明器具を取り払い、その代わSANY2067.JPGりにアンティークなランプシェードに変えてみたら、アンティーク物は少し値が張るもの、それを少し高いと思えば、リプロのランプシェードがある。
 高いアンティークを買わなくても、今リプロは良い物がたくさん出ているから、自分好みの物を選べばよく、お金もさほど掛からずに雰囲気はガラリと変わるもの。
 たかがランプシェードと思いがちであるが、蛍光灯からランプシェードに変えただけでまったく雰囲気が変わるから、1度試してみたら如何だろう。
 こんな話をしていると、今時時代に逆行しているのではないか、今はLEDの時代であり、アンティークなど省エネにならないと。
 そんな意見が出る事は必定、確かにその通りかも知れないが、省エネの時代、電力消費を助長しているのではなく、一時の心の安らぎを求めるのもよいと思うが、それも大々的にするつもりもないから、自分の出来る範囲で一つでもアンティーク物に切り替えてみたらよいと思う。
 
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2020年08月12日

今年も

   ひさしぶりのコンサート
SANY1105.JPG
 瀬戸市の古民家久米邸、毎年恒例のコンサート、今年は5回目となるが、またまたコンサートをやる嵌めに、一般に向けて毎年行っている。
 以前は夜間に行っていたが、近隣から蓄音機の音が大きいと苦情か寄せられ、夜間はコンサートをやめる事に、愛好者からは何でだとの質問。
 蓄音機の音がそんなに大きいのか、全く理解できないと、しかし嫌いな人には耳障りなのかも知れないが、それはそれで尊重しなければと夜間はやめた。
 夜のコンサートはムードが良いので多くの人が訪問してくれたが、昨今の事情から出来ないと判断、昼間に行うことなにって2年、今年も昼間の時間帯だ。
 5回目となるコンサート、選曲にも色々な苦労があり、年齢層がバラバラ、若い人からお年寄りまで様々な人、そのせいかリクエストもバラバラだ。
 SANY1123.JPG年端の女性からは美空ひばり、男性陣はジャズ、それて若い人はポップス、其々に違うリクエスト、前回も前々回もひばりが多かった。

 その為に美空ひばりのレコードを借りて来る嵌めに、自分の手持ちだけでは何時も同じ曲、それでは参加者もつまらないので、友人のレコードを拝借。
 年配者の女性人はりんご追分、ひばりのマドロスさん、特に港町十三番地、この曲をかけないと納得しないので、一番にこれをかける事にしている。
 その次は男性陣のためにジャズ、これが定番のスタートとなるのだが、私個人的に言えばやっぱりクラッシックからスタートしたいのだが。
 時間で言えば一時間半、この間で何曲かけれるかが勝負、と言うのは曲が終わると、その曲に対して質問が出るからだ。
 事前にそんな事もあろうかと下調べはするのだが、年代か違っている時も、するとおば様達から「それは違うは、モット新しいはず」とクレームが付く始末、兎に角おば様達は良く知っており、此方がたじたじになる事も、そんな事でスタートしたコンサート、展示してあるエジソンの蓄音機、それが聞きたいと言い出す。








posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記