2020年09月18日

久し振りの市

   血が騒ぐ
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 久し振りに蚤の市に出かけたが、ヤッパリ何処かそわそわとして、何か良い物がありはしないかと、そんな思いが湧いて来るのだ。
 別に大したものがあるとは思わないが、それでも何か良い物があるのではと、期待してしまうのも蚤の市である。
 幾度となく訪れてはいるが、それでも何時も思うのは何かあるのではと、誰しも思う期待が表に現れるものだと思う。
 そんなに大きな蚤の市ではないが、期待は何時も大きくて、現場に入るまでが一番、入ってしまえば思いよりも、早く良い物を見つけたいと。
 そんなものが有るわけないと思いつつも、その気になってしまうのが蚤の市、大抵は期待を裏切るものなのだが。SANY3074.JPG

 若い頃は余りにも荷物が多くて、一つ一つの店を順に見ていたので、時間ばかり過ぎて先に進めず、良い物を人に取られてしまった事も。
 一つの店を見過ぎてしまい、早く次の店に行く事が出来ないのだ、それほど時間がかかっていたが、次第に店の商品が分かるようになる。
 そもそも何が専門なのか、店、店によって違いがあり、それを早く把握しない事には早く回れないと、それに気が付くまで時間がかかった。
 慣れて来ると店主の好が分かるようになると共に、自分好みの店を覚えるようになり、数段に時間が短縮され、一点集中して見れるように。

 そして店主とも顔見知りになるSANY2955.JPGと、向こうから話かけてくれるようになり、情報もくれる様に、それまでに時間が過ぎた。
 今は逆に久し振りではないのかと、向こうから呼びかけてくれ、顔見知りとは良いものだが、少しご無沙汰でもある。
 そんな蚤の市、今日も何かあるのではと、気持ちも高ぶっているのも久し振りである証拠、蚤の市に呑まれているかも知れないのだ。
 しかし、何時もの空気が漂っているのも蚤の市、時間が止まったような雰囲気、昔に遡って行くような、そんな雰囲気が漂う、さてさて今日は何を探せるものなのかと、足早に進む事になってしまったのも、やっぱり久し振りの証拠である。
 こんな日は何にも手に入らない事は、今までの経験で分かってはいるが、ひょっとして良いものに出会うかもと。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記