2020年11月12日

盛秀太郎

    津軽が生んだ名工
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 盛秀太郎、青森県津軽系のこけしの元祖とも言える人物、津軽こけしは秀太郎によって大きくなったとも言う。
 秀太郎は明治28年11月に生まれ、父元吉の手伝いをしてろくろ引きを覚えるが、この頃はまだ津軽のこけしは誕生していない。
 もともと盛家は木地師の家系、父元吉も木地師であったが養蚕を営んでいたが、木地師も並行して行っていた。
 秀太郎は16歳の頃より父の手伝いをしてこの道に入るが、まだこけしは製造していなくて、本格的に始めるのは大正三年である。
 津軽長おこぼと呼ばれる原型が存在、その発展形が秀太郎が造り出すが、直ぐにはこけしは売れなかったようだ、温泉場の土産物としてこけしを売り出してから、少しづつ人気が出始め、秀太郎の造るこけしが広がりを見せる事になる。SANY0964.JPG
 津軽のろくろは床おき式と呼ばれる形式のろくろ、津軽独特のろくろであると言われ、秀太郎もこれでこけしを製造した。
 次第に秀太郎のこけしは人気が出、製造が追いつかなくなるほどの人気となるが、律儀な秀太郎は多くを製造できない。

 人気が出る事により、こけしの製造が追いつかなくなり、次第にこけしの値段が上がる事に、そんな出来事を秀太郎は嘆いていたと言う。
 自分のこけしが人気出る事はありがたいが、忙しくて病気にもなれない位なり、それが気がかりで辛いのだと漏らしている。
 本人の意思とは違い、秀太郎の造り出すこけしはうなぎ登りの人気となり、一年も待たないと手に入れられない程となる。SANY0975.JPG
 こけし愛好家の間で秀太郎のこけしはひっぱりだこ、全国的にこけしの人気作家となり、ますます手に入らない様になる。
 それでも秀太郎は注文に応じようとこけし製造に邁進するも、やはり製造は追いつかなくて、本人も驚く人気になってしまう。
 秀太郎の造り出すこけしは個性的なもの、代表作の達磨が描かれている定番のこけしね一目見ただけで盛秀太郎のこけしと分かるものだ。
 写真は晩年に近い時のこけし、高さ30センチの普通サイズ、この手が秀太郎の代表作であるようだ、こけしの下に盛秀太郎木形師居士作とサインが入っている事から、やはり晩年に近い作品ではないだろうか。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記