2019年02月14日

インテリアとして

    それぞれの好み

 SANY4909.JPGアンティーク好きな人にとっては、自分の気に入ったものを他人に見てもらいたいと、インテリアとして扱っている。
 一方、他人には触られたくなく、自分一人のものとして扱っている人も、それぞれに好みの違いがある。  私は両方の人に友人を持っており、2人とも個性の塊みたいなもの、ある人に言わせれば利己的だとも言うが、それも個性だと思う。
 自分の好きな物は妥協しないと、強い信念の持ち主、それはそれで良いと思うし、だって人の趣味だから。 アンティークとは生活感のあるもの、昔は使われ生活の一部として活躍、だからこそ魅力があるのだと思う。
 単なる物ではなく、生き生きとして活躍して来たものにこそ、そのものであると思うが、受け取り方の違いで扱いも変わる事になる。
 しかし、その物自体は変わる事はないと、それを扱う人が変えてしまうので、それを扱い方で変わる。
 この二つの考え方を持つ者が出くわすと、面白い事が起こり出し、お互いの主張がぶつかり合う事になるのだ。
 別にバトルがはじまるわけではないが、その人の考え方を出し合うもので、各々に主張し合うが、そこはアンティークを愛する人SANY1105.JPG。 

アンティークが好きだから、お互いの気持ちを良く理解しており、ただ扱い価値の違いが、彼らの行動の違いに出ている。
 例えば蓄音機一つを例に挙げれば、本来の蓄音機そのものとして扱い、常にベストの状態を保ちたいと思っている人。
 その一方で、蓄音機をインテリアとして居間などに置き、家具と同じ扱いをしている人もまたいるのだ。 昔から使われて来たものには存在感があり、そこに置いてあるだけで魅力的なものとなるのだが、逆にあくまでも蓄音機だと言う人も。
 どちらにしても蓄音機としてだけに止まらず、インテリアとしても使えれば、もっと幅が広がる事になると思うが。
 蓄音機だけの事ではなく、時計にしても、ランプにしても、器にしても同じ事が言えるのではないだろうか。
 扱い方は違っても、アンティークの魅力は変わらず、楽しく付き合えたらもっと幅広く利用出来るのではないだろうか。










posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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