2020年01月04日

今年も自然薯

   正月は自然薯
 今年も恒例の親戚一同我が家に集合、正月恒例の食事会、毎年正月DSCN0345.JPGには親戚が集まり、わが家で食事をするのがきまり。
 決まりと言うよりは恒例の行事、1日、2日の2日間で約60人集まって来るから大変、狭い我が家は人で一杯だ。
 よく人に聞かれるのが、そんなに人が一杯集まって何処で食事をするのかと、確かに人から見れば不思議でならない。
 そんなに大きな家でもないのに、何処で集まるかと言う事だ、確かに我が家は狭いが、別に知らない人ではないので窮屈だが座る事は出来る。
 2部屋に一杯の人で埋まる事になるが、それもまた楽しいもの、子供達も狭いがゆえに楽しんでいるようだ、そんな状態でも子供たちは遊ぶ所を見つけて、自由に飛び回っているから面白いもの、より親密感がでて之はこれで良い。
 狭い部屋だから逆に親密感があると思うが、あまり隔たっていると話もし辛いのでは、狭いから良いと思う、これだけ人が集まると食事も大変、見る見る出した料理が無くなってしまい、慌てる事になるのも毎年の事。
 そんな事はお構いなしに食事は進むもので、出したものがあっという間に胃袋に消えて行くが、それにしても若い人は良く食べる。
 普段2合のご飯が3日はあるのに、今日は1升5合を炊いても足らない位、あっと言う間に胃袋に消えて行くから凄い。

 正月といえば、この地方の風習で自然薯を食べること、2日間で3キロの自然薯が胃袋に消えるのだ、これを楽しみにしてくる親戚ばかりで、お節料理よりも自然薯が優先、今年の味はどうかと、厳しい意見も出てくる。DSCN0346.JPG
 小さい時から食べなれているから、味にはうるさい連中ばかりで、今年の自然薯は香りが薄いとか、粘りがないとか、それはうるさいのだ、孫たちも小さい時から食べているから、全く抵抗もせずに食べるが、初めて連れられてくる人は最初自然薯を見て躊躇する。
 何だか知らないヌルヌルとした汁状のもの、美味しとは思えないらしく、どのようにして食べたらよいか戸惑う。
 この自然薯の作りは私の担当、子供のころより親父に仕込まれたから、普通の人よりは作りにはうるさいのだ。
 陶器の卸板であらずりをした後、すり鉢で約2時間以上すらなければならず、これが一苦労であるが、怠ると味が落ちる、味にうるさい連中だから手を抜くことはできず、2日間は自然薯制作で疲れ果てることもあるのだが、恒例行事だから仕方がない。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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