2016年02月04日

修理部品

    やっぱり直したい





 SANY4822.JPG古時計を手にした喜びは何ものにも代えがたいもの、特に長年探し続けていた時計となれば尚更の事、喜びもひとしおだ。

 誰しも経験があると思うが、探し続けて手に入れたものは格別な思いが、苦労して手に入れたものは印象が深く忘れがたいものに。

 その時の経緯が頭の中に浮かぶことに、何時、何処で、誰に、幾らでとまあ色々な事が思い出され、昨日の事の様に浮かぶものだ。

 私の経験からすれば、苦労した物の方が記憶として残っており、あの時は本当に苦労したと、つくづくと思い出されるもの。

 簡単に金で手に入れたものは印象に浅く、それが高いものであってもさほどの感激がなく、不思議な事に愛着も浅い。

 その逆が長年に渡って交渉すれど手に入れられなくて、結果今でも手に入れられない時計は印象が深く、今でも夢に出て来るのだ。SANY4803.JPG

 持ち主の顔もハッキリと、そして断られた文句もハッキリと覚えており、今度は失敗しないと、再度挑戦への意欲が湧いてくる。

 そんな古時計、何時もかんぴんな状態で手に入れる事は稀、長い間使用しており、当然の事何処かが痛んでいる事も多い。

 勿論承知の上で買い込んだもの、その場で確認もしているから、それがとうだと言う事はないが、手に入れたしまえばやはり修理したい。

 古時計とはどこかの部品が無くなっているもの、完品は少ないもので、それが当たり前でもあるのだと、誰しも分かっている。

 しかし手に入れたものが損傷していたら直したいと思うのも当然、ここで問題となるのが修理方法、同じ部品を他の時計から取り、それを使って直す人。
SANY4807.JPG
 これが一番良い方法と言うが、必ずしも同じ部品であるとは限らず、同じ会社のものでもピッタリとは合わないので、苦労はするのだ。

 もう一つの修理方法は、全く新しいもので修理する事、これも古時計愛好家ならよく知っている方法、しかしこの方法も難しい。

 新しく修理すれば、その部分だけが新しいので目立つものに、だからその部分を古色で補う事にするが、これが又難しい事になる。

 新しく修理をしたから当たり前であるが、そこを少しでも隠したいと思う気持ちも、だからことその修理に神経を使う事になる。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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