2016年03月27日

伊達男の証

    チラリと見せる美学



SANY3719.JPG
 明治の男は伊達、ツイさっきまで頭の上に丁髷をのせていた男達、それが明治に入るとガラリと変容する。
 昨日まで和服姿で歩いていた男、今日は洋装で靴を履き、街を闊歩しているから面白い、目まぐるしく変化して行く明治。
 明治の男たちはさぞかし忙しかったであろうと、頭の上の丁髷は切らなくてはならないし、和服から洋服に着替えなければならない。

 ただえさえ変化が激しいのに、その上に草履から靴に履き替えなければならないし、歩き方まで違うのだから。
 当時の人達はどの様に対応していたのか、さぞかし大変であったろうと思うが、本人たちはどんな思いであったSANY2451.JPGのか。

 今想像して見てもさぞかし大変であったろうと、何せ革靴などはいた事もないものを、ましてや洋服を着て歩くのだ。
 それまで草履か下駄で過ごしていたものを、突如として革靴を履き歩くのだから、はじめはどんな格好であったか。

 想像してみるに、笑いがこみ上げて来る様で、自分ながら想像を絶する姿ではないだろうか、明治の男は元気が良い。
 確かに興味本位で当時の人達の格好を想像してみるが、さぞかし滑稽であったろう、何せ初めての事だから。

 外国人から見れば、不思議な格好であったと思うが、当時の外国人が日本人を描いた漫画があるが、それを見ても不格好な姿だ。
 そもそも日本人は脚が短いので、ズボン姿は似合わないもの、同長の姿SANY2712.JPGに短いズボン、ヤッパリ変な姿だ。
 そんな時代でも粋な男もいるもので、洋服をさっそうと着こなしていた男も、当時の写真を見るに、そんな男も見かけられるのだ。
 ほんの少しの期間で西洋の洋服を着こなす男、同じ日本人でも流石にその姿形は違う、今でも着こなし如何で不格好にも。
 やっぱり着こなしだが、そんな男たちが身に付けていたものが懐中時計、紳士の身嗜みである懐中時計。
 チラリと見せるその姿は伊達男、粋な男の代名詞でもあるが、それの演出に一役買うのも懐中時計である。
 明治の伊達男は懐中時計で決まり、これが無ければ伊達男にならないもの、それを粋に使いこなすのも伊達男だ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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