2016年04月30日

機械の形

     どれが良いのか


 
SANY4062.JPG
 古時計の機械、明治期に製造された西洋時計、アメリカ製の時計の機械をモデルに、日本で製造されたもの。
 当時の機械は色々な形式のものが存在しており、どの機械が良いと言うのではなく、何故様々な機械が造られたのか。
 これらの機械を見ていると、当時の人達が最適な機械を選択したのだと言う気持ちになって来るが、果たしてそれは何か。
 初期の機械と中期の機械とは明らかに形式が違う、明治初期の機械は大型のものが多く、中期になると殆ど小型のものになっている事だ。

SANY2695.JPG 例えば初期の機械は蛎殻町製造の機械、中條勇次郎の機械と、それぞれに大型の機械を採用している事。
 明治10年代に製造された時計の機械は大型の物、アメリカ製の古い機械をモデルとしたものだが、日本に入ってきた機械としては最初のものだ。
 それを忠実に再現したものと思われるが、蛎殻町製造の機械と中條勇次郎の機械とでは形式が違うもの、両社はそれぞれに、その機械を選んだのか。

 アンソニア型の機械形式とウェルチ型の機械形式、それぞれに大型の古い機械、これをモデルとしていると思われる。
 SANY2328.JPG両者共に大型の機械をモデルとしたのには意味があり、時計も大型のものを製造したからだと思うが、果たしてそれだけなのか。
 その他にも旧型のセストーマス型とニューヘブン型とがあり、これらの機械を選んだ会社も存在しているから、やはり機械の選び方に会社の姿勢が表れているのか。

 中期になれば小型の機械、つまりウォーターベリー型の機械が殆どと言って良い位に、この機械に集中する。
 勿論大型の時計でもこの型の機械が入っている事が多く、旧式の大型の機械は影を潜めてしまい、小型の機械が主流となる。
SANY3912.JPG ある意見では小型の機械の方がコスト的に安く済むからと言う事だが、果たしてそれだけなのかと言う疑問が湧く。
 事実、中期の製造の大沢時計や奈良時計はセストーマス型の旧式の大型機械を採用しており、コスト面だけではなさそうだ。

 明治期は試行錯誤して西洋時計を製造していたから、これらの様にマチマチの機械が存在したとも思うが、あえて大型の機械を採用したのは何故。
 そんな色々な疑問が湧いて来るが、色々な古時計を見ていると、これらの疑問が自然に湧いて来るのだ。
 明治後期には小型のウォーターベリー型の機械を多く採用した時計製造会社が殆ど、明治期の特色がこの機械に現れているものなのか。








posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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