2019年05月26日

少し変

    はやりであるが

 SANY2920.JPG文明開化、明治期近代化を進める新政府の副産物として生まれたのが、これらのはやり物、数多く製造され近代化の先兵として日本に上陸した西洋時計、庶民の間では外国の新しいものとして持て囃され、憧れの物となった。
この時代、時計は西洋の憧れ、庶民には今までに無いもの、その上学校では子供たちが時計の勉強をしているから尚更の事、大人よりも子供が先に近代化に貢献、時間管理に逸早く慣れて行く事に、学校では時計を中心とした教育を実習。
 大人たちは当然その事にも気が付いており、子供に負けないとして時計に関心を寄せ、それが又西洋時計の流行となる事になる。
 以前、東京オリンピックの時、テレビが爆発的な売り上げを見せた時代、我も我もとテレビを買い込んだ明治期はそれ以上の盛り上がりであった事は確か、西洋への憧れも相まっての流行であったからで、そのはやりは本物であった。
 何時の時代も同じであるが、其れを商売に結び付け、色々なものが発売されて、庶民の間で流行って行く事になる。

 勿論その中に時計も含まれ、時計の形をした色々なものが世の中に、その一つが水滴、習字の道具として使われるもの、今みたいに墨汁は無く、自分で墨をすり習字を習ったもの、その必需品が水滴、だから子供たちには必要な道具。
SANY1993.JPG それに目を付けたのが製造業者であり、逸早く時計の形をした水滴が発売され、子供たちに人気を博した事は言うまでもない事。
 現存している時計の形をした水滴を観察すると、非常に面白い事が分かって来るもの、何処か変ん、気にしなくて見て居ると気が付かないが、ジックリと観察すると、間違っている事に気が付き、何でこうなるのかと思う事に。
 それは文字盤に書かれている数字、時計の中枢部分、これが間違っている事に気が付き、時計を知らないのかと思ってしまうが、まさか時計を知らずに、この水滴を造ってしまったのかと、それは無いとは言えず、そんな事を思ってしまう。
さて時計の形をした水滴、これを見て何処が違うものなのか、自分の目で確かめて下さい。簡単に分かる事だが、先入観が邪魔をして、気が付かないかも知れないから、自然に文字盤を見る事、ヤッパリ何処か変であると思う人、ジックリと観察して見つけ出してください、簡単なんだけどね。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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