2016年07月27日

続古時計陸奥行脚12

    記念館を後に


 

 DSCN0970.JPG宮沢賢治の記念館を出て花巻市内に行く事にしたが、花巻駅前の店は無くなっていたし、以前行ったところもまたないのだ。
 やっぱり時代の流れとは早いもの、そして恐ろしいもので、今まであったものが消えて行く事になる。
 世代交代と言ってしまえばそれでおしまいだが、そんなに簡単な事でかたづけられない事も、思い出も多いから。
 何度も訪れた店が無くなり、そしてあの親父も居なくなってしまうと、寂しさがこみ上げて来るもの、「ヤハリ歳月だなーあ」と。
 そんな事を思いながら市内へと進み、見かけない所に出てしまい、ここは何処だとキョロキョロと見渡す。
 やっぱり新しい道路が完成しており、知らないうちに古い道路部分を通過していたのだが、それが何時通過したのか分からない。
 何時もの事だが、私は店の名前を覚えないので、頭に入っている記憶だけが頼りで、今までやって来た。
 それで今までは必ずその場所に行き着いていたが、新しい道が多くなると、全く分からない状態となるのだ。
 会津でもそうだった様に、ここ花巻でも新しくなっており、昔の面影が無いのでパニックになる事も。
 「おかしい、あの店が無い」とぶつぶつ言いながら道を進む、しかし見当たらないので車を路肩に止めて地図を確認。DSCN0969.JPG
 確かにこの道だが店が無い、車を降りて聞き込みをする事に、すると道路拡張で店は無くなってしまったとの事。
 ここにも新しい時代の流れが、花巻市内は何度となく良いものを見つけて来たところ、私にとっては縁起の良い所であった。
 そんな思いで市内の外れまで来てしまい、これで花巻共お別れかと思っていたら、目の前に何やら看板が目に入った来た。
 これが最後であると思い、店内に入ると何だか薄暗い、そして何処に何があるのかも分からない状態、勿論妻は店に入らない。
 そんな汚い所は嫌だと言うのだが、私にとっては宝石箱みたいな所、埃などは気にせず、良いものをと目が皿のようになる。
 埃が気になっていては古時計と接しられないので、友達と思えばよいと、しかしうす暗い店内、主人が出て来たが商売気なしだ。
 何しに来たのかと言いたげな雰囲気、良くあるパターンの店主、古時計は無いのかと尋ねると、「ない」と一言だ。
 確かにぶっきらぼうの対応、それでも何かないのかと店内を見渡すと、時計らしきものを見つけ、「これ見ても良いのかと」尋ねる。
 すると「それは機械が無いよ」とマタマタぶっきらぼうに答えたが、何だか雰囲気がおかしいので、良く見ると精工舎の12インチの掛時計だ。DSCN0971.JPG
 これは珍しいものがあったと、早速手に取って見るも、確かに機械は無いが其れだけではなく、上のガラス枠もない状態だ。
 残念だと思いつつも、尚もよく中を見ると、ガラス絵だけは残っているから、これだけでも使い道はあると思い、「これ幾ら」と聞く。
 主人、「そんなもの如何するのか」と言うので、「ガラス絵だけでも使えるから」と答えると、「1000円だ」と言うのだ。
 早速ドライバーを借りてガラス絵を外し、1000円を払い店を出て来たが、何時もであれば値切る処だが。
 あんなぶっきらぼうの親父では難しいと思い、今回は止めたのだが、もう少し良い状態であれば箱ごと買って来たのだが。
 それも古時計探しの面白い所、何でも上手く行くとは限らず、ガラス絵だけでも手に入ったのだからと、気を良くして盛岡方面に。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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