2016年08月04日

続古時計陸奥行脚14

    道が分からない



 
DSCN0927.JPG 花巻から国道を走って来たから、盛岡市内で道が分からなくなり、ホテルとは違った方向に進んでしまったのだ。
 何時もは4号線か高速道路で盛岡に入るが、今日は違った道を走って来たので、方向感覚が鈍っており、今何処だと探し始めた。
 道路標識には盛岡市に入ったはず、しかし北上川が左に見えているから、何時もは右に見えており、ヤッパリ変だと思う。
 国道396号線を走っているから、北上川が左に見えるのは当たり前の事、だが頭の中ではいつも右に見えていたから、変な感覚になるのだ。
 そんな事で、その先の4号線とぶつかり、やっと感覚がつかめ、時間が早いので一気に渋民まで行く事に、勿論啄木の故郷だ。
 そまのまま4号線を渋民に向けて下走り、4時過ぎに渋民に到着、早速啄木記念館に入り、啄木が教鞭をとった校舎に行く。DSCN0928.JPG
 この校舎、以前はここに無かったもので、もう少しお寺に近い場所にあったが、整備されてこの地に移って来たらしい。
 校舎は良く管理されており、昔のままの佇まい、何度か訪れているが、ここに来ると啄木に会える感じがして気分が良い。
 昔ここで啄木が生徒たちと一緒に過ごしたと思うと、感慨深い思いだが、それにしても狭い校舎であると思う。
 当たり前であるが、当時の渋民村は人口も少なく、子供もそんなに多くなかったよう、勿論、当時は何処でもこんなものであったであろう。
 階段を上がり二階に行くと、教室が2つ、昔ながらの小さな机が並んでおり、椅子に腰かけて見るがやはり小さい。
 こんな小さな椅子であったのかと思うが、子供たちはやっぱり小さかったのであろうと、そんな思いが。
DSCN1019.JPG 啄木が上がったであろう教壇に立ってみる、ここから生徒を眺めていたのかと思うと、実感が湧いてくる。
 我々が見終わるまで記念館の方が待っていておられ、閉館時間を過ぎていた事に気が付き、慌てて見学を済ませた。
 近くの公園にある啄木の碑を見学に行く事に、記念館からは直ぐの所、ここも思い出の地、はじめて訪れたのは40数年も前の事、暑い夏の日であった。
 渋民の駅から歩いてこの碑を見に来たが、実に遠く感じた事を覚えているが、着いた時の感激は忘れない。
 前からこの地に立ちたいと思っていたからだが、それが叶い、岩手山が見え、眼下には北上川が流れ、啄木がここから旅立ったのだと思いを馳せたものだ。
 今見ている風景は当時と変わってはいないもの、啄木もこの風景が好きであったと言われ、岩手山を詠ったものも多いのだ。
 そこに建つ碑には有名な歌が刻まれて、岩手山の方向を向いているもの、実に良い風景の所に建つ碑であると思う。

    やわらかに、やなぎ青める北上の 岸辺めにみゆ なけとごとくに

 この公園から少し国道を走ると昔行った店屋があり、そこに行く事にしたが、時間が時間なので慌ててそこに行く事に。
 案の定店は閉まっていたが、店主に開けて貰い中に入ると置時計が目に入り、何かあるのかと期待したが、其れだけであった。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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