2016年12月04日

部品で測定

    頭を悩ます


 
DSCN1729.JPG 和時計の製造年代を知るには色々な部品から紐解くほかはないと、何故ならば製造された年代がハッキリしてないから。
 今までに色々な人達の手により、和時計の解明は行われているが、結果的には詳細は闇の中であると思う。
 勿論稀に製造された年代が書かれているものもあるが、全体のパーセントで言えば1割もない現実である。
 そして気を付けなければならないのに、明治期に外国人相手に和時計を売りつけた際、外国人向けに時代を付けたものがある事。
 無名だったものに名を入れて高く売りつけ商売をしていた事、その様な行為がなされていた事実。
SANY5909.JPG 時計本体だけではなく、台時計に人気が集中すれば、掛時計や櫓時計も台時計に改造されたようだ。
 そんな時代を経て来た和時計は元の様式を備えていないものもあり、時代の違っている部品が付いている事もある。
 製造されてから時が経っている事も、その原因でもあるが、明治に入り時計屋が改造したものもある事だ。
 それに拍車がかかったのが改暦である事は言うまでもない、改暦後元のままでは使用する事が出来ないためである。
 西洋時間に合わせて文字盤を12時表示に付け替えてしまったものもあり、その時に二丁天賦のものを一丁天賦に改造。
 SANY3146.JPG現存している和時計にも、改暦後に明らかに改造されたと思えるものが存在している事実である事。
 多いものは二丁天賦式の和時計を改暦後に使用するためにどうするかと言えば、二丁天賦の一つ夜用の後ろの天賦を外す事。
 和時計の二つある天賦は夜用と昼用に分かれており、昼用の天賦を使用し、夜用の天賦は不要となり外して使う。
 その為には当然文字盤も変えないと都合が悪いから、12時表示の文字盤に改造して使う事が出来る。
 兎に角和時計は明治時代に入り、色々な改造がなされているものも多く、オリジナルの状態のものは少ない。
 SANY0695.JPGどれがオリジナルかは難しい判断ではあるが、系統的な和時計の製造スタイルがあり、各部品の一つ、一つをつを繋ぎ合わせて判断するしかない。
 部品も当然時代と共に紛失する事もあり、一ヶ所の部品だけでは判断をしない事、総合的に見ないと判断が狂うことになる。
 和時計の上から順に見ていくと、一番上の留め金、つまり鐘を止める留め金から時代に合った留め金かを調べ始めるのだ。
 その次は時を告げる鐘の形、これも時代順に大体の形が使われているから、どんな形であるかを見る事、古い物は深鈴と呼ばれて鐘が深く、時代が新しくなるにつれて浅くなる。
 幕末が一番浅くて、古い鐘の五分の一以下と浅くなることに、これは台時計や置時計にまで波及することになる。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/177522555
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック