2016年11月17日

今話題の真田

    今年一年真田ブーム

 

DSCN1848.JPG 毎年毎年ブームはやって来るが、今年は真田幸村、勿論テレビの影響である事は確か、ブーム到来だ。
 元々真田幸村は人気の高い武将、戦国時代の英雄の一人、日本人が好むパターの人物にピッタリ。
 昔から人気の高い武将として知られ、江戸時代を通じて人気者の一人、芝居でも持て囃されたと言われている。
 徳川時代でも真田の人気は高く、徳川相手に戦をした人物であるにもかかわらず、庶民の間では人気であった。
 この真田幸村、実在の人物である事は承知の事だが、真田と言えば「真田十勇士」、あの猿飛佐助、霧隠才蔵、西海入道達が思い浮かぶ。
 私は小さい頃より猿飛佐助や霧隠才蔵は実在の人物であり、真田幸村に従って活躍していたと思っていた。
 特に猿飛佐助は忍者として徳川方の服部半蔵とやり合った勇士と思っていたもの、実際に活躍していたと。
 勿論真田十勇士も存在していたと、疑う事をしなかった幼少期、あれDSCN1696.JPGが漫画などの世界であったと気が付いたのはずーと後の事。
 実際に真田幸村が表舞台に出て来るのは、九度山を抜け出してからの事、当時も真田幸村の名は知れ渡っていないのだ。
 真田と言えば父真田昌幸の事、徳川を相手に戦で大勝利をした人物であり、幸村はその息子に過ぎなかった。
 今までの功績は何一つなく、ましてや九度山での蟄居、とても信頼できる武将ではなかったと言われている。
 現実に豊臣方にくみして大阪城に入ったものの、他の武将からは戦を知らない人物であると思われていたらしい。
 現に豊臣秀頼も真田幸村に監視役を付けていたと言われ、幸村を何処まで信用していたか不明である。
 実際に蟄居生活をしていた九度山では、生活に困るほどの窮地に陥っていたと言われ、食うに困る状態であったらしい。
 そんな時に上田で使われていた紐を造る事を思い立ち、身内でそれを造り農民たちに売っていたと言う。
 その紐は「真田紐」と呼ばれており、丈夫であった事から色々にものに使わDSCN1695.JPGれる様になり、生活の助けになった。
 それ以後、「真田紐」と呼ばれ、真田幸村が造り出したと言われるようになったが、実際には同じようなものはあったらしい。
 現にこの真田紐と同じようなものは古くから実在しており、チベットからとか、中国からとかの渡来であり、真田幸村が造り出したのではない。
 しかし真田幸村の武勇が広まった関西では、真田の名が付いている紐を珍重したと言われている。
 現実にお茶の世界では、この真田紐を大いに奨励して、茶事に使う茶碗の箱に使うようになり、真贋を見極める紐としても使われることになる。
 それも真田幸村に対する大坂の陣の武勇、華々しく散った真田幸村をたたえての、後世の人の表れでもあると思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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