2017年01月03日

古時計の先行き

    どうなるのか

 

 SANY5017.JPG最近自分の集めてきた古時計、この先どの様になるものなのかと、しばし考える事が多くなって来た。
 それと言うのも私の先輩たちが次々と亡くなり、集めてこられた古時計が散出してしまい、行方知れずとなった事。
 勿論ちゃんとした形で整理されたと聞くが、何処の誰が引き受けたものなのかは分からない事になっている。
 実はご子息たちが処分されたと聞く、奥さんに聞けば「息子たちが処分したので」と言われるだけである。
 我々は何処の業者が買い受けたものなのか知らず、噂もあまり聞かないので、消息不明であるとしか言えない。
 そんな事があってから、私の友人も「そろそろ我々も同じことになるのか」と言い出したのである。
 SANY4453.JPG先輩たちの状態を見て来た者にとっては、身に沁みる出来事、自分の古時計が同じようなことになるのかと思いはじめた。
 確かに最近この様な事があった事で、先行きの事を考えてしまうのだと思うが、自分でも不思議に思うのだ。
 何故ならば今までそんな事を考えた事もないからだが、目の前で先輩たちの事を見ているとやはり不安になる。
 長い間かけて集めて来た古時計、自分が亡くなった後、どの様になるのかと思うと心配だと友人も言う。
 私がなる様にしかならないと言うと、「何をのんきな事を言っている」と友人が注意するのだが、それも一理あると思う。
 折角自分が長い時間かけて集めた古時計だからこそ、そのままの状態で残して欲しいものと、しかし家族にとっては宝の持ち腐れ。SANY4458.JPG
 私がどれだけ苦労して集めたかは知らないし、価値観も違うから、処分する時も一気にすると思う。
 友人は古時計の一つ一つに、今までにかけた費用を記録してあると言う、つまりどの時計は幾らで買い込んだと。
 だから自分が亡くなっても、それらの記録を見て息子たちが処分するかを決めるであろうと言うのだが。
 確かに記録として残していれば少しは分かると思うが、所詮は興味のない者達にとっては厄介な物としか思わないと思う。
 「今まで見て来て人達もそうであった」と友人に言うと、うちはそんな事はないと思うとしか言えないと云う。
 何だか頼りない返事であるが、我が家も同じ事だと思う、ただ私はこれと言う古時計は事前に然るべきところに入れておく事にしている。SANY5909.JPG
 それは自分が後の人達の為に残しておくべきであると、そんな気持ちでいるからこそ、然るべきところにと。
 古時計愛好家なら、こんな事を思っている人が居ると思うが、さてさてどうなる事か、先の事など分からないのだ。
 確かに先の事はどうなるのか分からないが、古時計を探し出す事はまだまだあきらめない、これからも資料的に価値のある古時計を探し続けるつもり。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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