2016年12月06日

掛時計か置時計か

    うるさい連中が



 
DSCN1891.JPG 我が家にまたまたうるさい連中が集まり、古時計談議に花が咲く、寄るとさわると古時計の話しになるのだ。
 別にその話をするために集まって来た訳ではないが、何時の間にかその古時計の話しになっている。
 誰かが誘発するもので、それが切っ掛けで論議が始まってしまう、何時もの展開となるのだが、それがはじまると時間が長くなる。
 くだらない話が多いのだが、そこはお互い自負があり、ある程度はわきまえての事、脱線しないように気を使っている。
 しかしそれが何時の間にかたがが外れ、持論の展開が始まる事に、それが原因のはじまりとなる事に。DSCN1892.JPG
 古時計を集めていると言うが、分野が分かれており、掛時計派と置時計派に分かれる事となり、戦闘開始だ。
 今まで自重していた者が、酒が入ると口が軽くなり、持論の展開が急ピッチで進む事に、そこに待ったがかかる。
 知らない人には理解できないと思う、何時も我が家の住人は「下らない事でよくもまああれだけ喋れるものなのか」と。
 無論何時もの事であるから、別に驚きはしないが呆れているのだ、しかし当人たちは何処吹く風の勢い。
DSCN1893.JPG 益々ヒートアップして、次々と論議が弾んで行き、その分酒も多くなるのは当たり前の事である。
私は両方を集めているから、どっちにも付くことになるが、これが又災いのもとになり、矛先が此方に向くことになる。
 確かに掛時計派に近いかも知れないが、置時計も好きで、やっぱりどっちつかず、何方も好きに違いないから。
 まだ二手に分かれているから良いが、此処に腕時計派がもしも参戦したとすれば収拾がつかない事に。
 ただでさえうるさい連中ばかり、それにもう一派が加われば、収拾がつかなくなる事は必定、そんな事にはなりたくない。DSCN1894.JPG
 確かに自分の蒐集しているものにプライドを持っている事は良いが、あまり強すぎると相手を刺激しかねない。
 彼らがその良い見本でもあるのだが、一向に反省する所がないのも彼等、だからこそ収集に熱も入ると言うもの。
 何かに打ち込む事は非常に良い事と思うし、目的を持っている事は良い事、それに突き進む力も大事でもある。
 蒐集とはそんなもの、しかし人に押し付けてはいけない、自分も反省しないといけないとも思っているのだが。
 好きな物を論じていると、ツイツイ力が入ってしまい、相手の事が見えなくなってしまうのも悪い癖でもある。
 彼らを含めて、大いに反省しなければならないが、果たして本人たちは気付いているものなのか甚だ疑問でもある。
 他の人がやはりこの光景を見ていれば、他愛のない事で良くも其処まで論議が出来るものなのかと、呆れてしまうのであろう。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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