2017年01月15日

左義長7

    年神様を送る


かみさま.jpg 最近左義長を行う所が少なくなってしまった様で、我が家の近くでは既に全滅しており、遠くに行かねばならない。
 正月に使った門松やしめ縄を燃やして、年神様を送る習わし、大体全国で一月十五日に行われているようだ。
 この左義長、古くから行われて来たようで、平安時代には既に行われていたと言う、現在の形式と少し違っていたようだ。
 形式は兎も角も、一月十五日に行っていたとの事、我々が子供の頃はどんど焼きとも言って、門松が山と積まれた。
 現在では殆ど門松は姿を消して、各家庭で門松を立てる所はないが、商売をしている所は今でも行っている。
 しかし近年はその数も激減、余り見かけなくなってしまったのは寂しい限り、これも時代の流なのか。
 元々は各家庭の玄関にたてたもの、私も子供の頃は自分あかたき.jpgで門松を立てるのが仕事でもあり、暮れに門松を立てた。
 今あるような門松ではなく、細い竹を三本と梅の枝、そして若松を切り出して来て立てるのだが、自分の背丈よりも高かったもの。
 そして門松と門松のあいだを細いしめ縄でつなぎ、川砂で門松のあいだに日の出の形の絵を描く。
 太陽を半分にした形にして、光の筋を四方に描く、これが昔から受け継がれて来た門松のスタイル。
 素朴でシンプルなものだが、正月らしい風習でもあったが、最近は見た事がないが、やる人も居なくなったようだ。
 我が家も私がやろうと言う事をしない為、市販の門松で済ませているが、本当は昔ながらの門松を立てたいと思っている。
 このどんど焼き、一説には門松で使用した竹が、火の中ではぜる音がするのでどんど焼きとも言うと。
 確かに子供の頃は竹がはじける音がドンドンした事を思い出すが、その音が語源であったとは知らなかった。
 私の中の左義長は正月が終わり、その余韻にしたっているあかさぎ.jpg頃に行われる行事、そしてどんど焼きで餅を焼く事。
 竹の先に餅を刺して、どんど焼きの火で餅を焼く、松の煙で餅は黒く焼け、それを食べると一年風邪をひかないと言われた。
 その為に家族の分も餅を焼くのだが、火が強くて熱い、竹を長くして焼くのだが、風向きによっては火の粉が降りかかるのだ。
 子供たちはそれを避けて、火の回りをぐるぐる回り、火の粉が掛からない所で餅を焼くのだ。
 そんな思い出のある左義長、今は門松などはなく、しめ飾りだけであるから、そんなに長く焼いている訳ではない。
 ほとんどの所は午前中に焼き終え、その焼けた灰を持ち帰るのだが、これを家の周りにまいて厄除けをするのだ。
 一年厄が付かないようにと、そんな願いを込めて灰を巻くのだが、沢山持ち帰る訳にもゆかないから、家の四隅にパラパラと巻く。
 これが私の中の左義長の行事、今はそれも行えなくなってしまい、どんど焼きも規模が小さくなってしまった。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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