2019年06月10日

時の記念日

   6月10日
 時の記念日、今日10日は時の記念日であるが休日にはなっていない、普通記念日は休日になるのだが時の記念日はなっていないのだ。
 以前から国にSANY0216.JPG働き掛けているそうだがまだなっていない、記念日だから休日で良いと思うが中々ならないらしい。
 そんな時の記念日、何時から記念日になったのかと言えば1920年、大正9年に当時の文部省の外郭団体生活改善同盟会が推奨して決められたと言う事。
 時間の大切さと、時間を守る事、それによる生活の改善が目的であったと言うが、当時の世相と相まってつくられた感じがする。
 時間の大切さと生活改善、大正期のデモクラッシ―、農村の改革や労働者の権利を守る戦いも同時に始まったようだ。
 そんな世相を反映してつくられた感がある時の記念日、いわれは兎も角時間の大切さに変わりはないと思う。
 もともと古く飛鳥の時代に遡るから、時間管理は古くからの目的でもあったようで、660年飛鳥の時代中大兄皇子が宮中に漏刻を造ったのが最初。

 当時の役人が時間にルーズで時の大切さを感じていた中大兄皇子が中国の水時計を真似て宮中に設置したものと言う。
 水時計、漏刻と呼ばれたもの、四段になった水槽に上から順に一定水を流して、一番下の水槽に水が溜まり、そこにウキを浮かべて目盛りを刻む、水が上昇する事により浮きも上がり、浮きに目盛りが刻まれており、時を刻む仕組みである。
 非常に原始的な仕組みであるが、一定の量を流す事により精度は大体刻まれたもの、現代みたいに秒単位は必要なく、当時はこれが正確であった。
 もともと日の出、日の入りで仕事を始めたもので、それに比べれば遥かに正確、役人の管理にはうってつけであったと言われてる。
 当時の役人が如何に時間にルーズであったかの裏返しでもあるが、今も昔も時間管理は支配者にとっては重要に要素である事に変わりはないのだ。
 時の記念日は671年の4月25日が記録としてハッキリしているので、此方の説をとっているが実際はもっと古く、飛鳥の宮で漏刻が造られている。
 セセコマシイ現代社会だが、時間に追われる生活はこれからも続きそうで、もう少しゆとりある生活を望みたいものだと思うが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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