2019年10月26日

仲間が減った

   まいとし

 私が古時計を集め出してから、幾人もの愛好家と出くわし、大の親SANY0856.JPG友も多く出来、たのしくやってきたものだが、最近めっきりと減ってしまった。
 自分にとって大の仲間、その彼も今はなく、幾度となく古時計について語り合い、また情報交換も行ってきた仲間、その最大の人が亡くなったしまった。
 何時も電話で古時計の成果を報告しあった来た仲間、勿論大のライバルでもあった人、彼が居たから今日まで古時計と真剣に向かい合った来たと思う、それが無ければここまで続かなかった。
 ライバルとは素晴らしいもの、活力の源でもあり、原動力にもなるもの、ライバルあってこその自分でもあるのだから。
 兎に角情報も互いに報告しあい、意見の交換もきたんなく話し合い、お互いに激励しながら古時計を探して来たのだから。
 自分では若いと思っても、歳は待ってはくれず過ぎ去って行くもの、古時計を集め出してから早50年近くなり、何時しか歳もとってしまった。
 大事な仲間も今年も一人無くし、昔からのライバルは大半が居なくなってしまい、寂しさも人一倍に感じるようになった。

 古時計を通じて多くの仲間と出会ったが、親友と呼べる人は数DSCN0827.JPG少ないもの、それだけに無くすと身に応えるのだと感じている。
 もう彼等から良い情報も来なくなってしまい、こちらからも報告が出来ないのだ、やはりライバルがいてこその自分である。
 そんな彼らから後を託された古時計が多くあり、一番の親友からは蛎殻町製造の時計、日本で一台しか存在しない古時計、写真の真中の大きな時計、彼が見つけ出し愛用していたもの、亡くなる前奥さんに遺言として私に渡すようにと告げたといい、奥さんから託された時計が一番。
 ほかには親友の息子さんから、親父が戸田さんに渡せと言われたからと灰谷伊右衛門の時計を送ってきたもの、私が是非とも譲って欲しいと申し出て我が家にやってきた古時計など、多くの古時計のライバルから託され今手元にある。
 それらの古時計を見ていると、この時計を手に入れた時に電話で話をしたことが思い出され、懐かしく思うのである。
 そんな仲間が年々去って行くのは実に寂しいもので、ライバルが居てこそ張り合いもあると思うが、亡くなって寂しくて元気も出ないものだ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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