2020年07月17日

変形型

   生産理由SANY1106.JPG
 古時計愛好家が好んで蒐集する古時計に変形型の時計があるが、この時計何故製造されたものなのか、原因究明を試みる。
 市場に出回っている数々の変形型の古時計、翌々調べてみると面白い事実が浮かび上がって来る事に、それは生まれるべきして生まれた事。
 スタンダードの時計は各社製造しており、定番の八角型が一番多く製造されているが、逆な意味で変形型はある法則がある事に気付く。
 それは名古屋地域に偏っていると言う事、市場にある変形型の古時計の製造地を調べてみると、名古屋地域で製造されたものが多く存在している事。
 つまり名古屋地域が変形時計の生産地であると言う事の裏付け、現存している古時計を調べれば調べるほど名古屋製に行きつく事になる。
 確かに他の地域でも変形型は存在しているが、その大半が名古屋製である事に、当然の事行きつく、これが事実であると言う事、ではなぜ名古屋地域が変形型の時計を製造したかと言う事、そこには当時の情況が深くかかわって来る事になり、生い立ちが見えて来る。
 SANY1184.JPG
 名古屋地域は時計製造の激戦区、西洋時計は日本全国で製造されたが、製造数から見ても名古屋地域の製造数は群を抜いた製造数を誇っている。
 又時計製造工場の多さも全国一、やはり名古屋地域は時計製造の激戦区である事、だからこそ生き残りを図らなければならない理由が存在した。
 名古屋地域では企業間の競争が激化していた当時、大手製造会社を相手に中小の時計製造会社は立ち向かわなければならず、結果として少量の生産で大手に打ち勝つには、大手が造らない変形型の時計を製造して対抗するしか無かったからと言われている。
 小回りの利く中小の製造会社は自社の独自性を機発揮して変形時計を造り出したと言えるのではないか、激戦区ならではの市場から生まれた現実がそこにあったからだが、生まれるべきして生まれた変形型時計、激戦区の象徴として製造された裏事情を物語るものだと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計よもやま話
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