2010年10月26日

組み立て会社 2

     明治時代、全国で多くの時計組み立て会社が存在した。

 組み立て会社の中でも、大きな組み立て会社もあれば、2、3人の家内工業的な小さな組み立て会社など、様々な組み立て会社が存在していた事は前回示した。

 明治期、一家に1台の掛時計が憧れであり外国製の高価なものを求めた者、時間の正確さよりも時計の形をしていればそれで満足な家庭も多かった。

 その為、今では考えられないくらいの粗末な時計、形は時計に違いはないが本来の時計の使命、時間の正確さよりも、形を本物に近ずける事に専念した時計を作り出す者もあった。

 私が発見した時計は、外箱は本来の物とさほど変わりはないが、文字盤を外せば紙に機械が描かれていた物で、初めそれが本当に作られていたとは信じられなかった。

 西洋時計に憧れていた明治の人は、せめて形だけでも家に時計を掛けたかったので、外から見て時計であると分かれば良かったのであろう。

 極端な例はさて置き、小さな組み立て会社は様々な時計を作り出し、どんどん市場に送り出したが、其の殆どが海外に輸出されて行った。

 特に中国の商社が安く時計を作らせるため、日本の商社と示し合わせ、粗悪な時計を安く作らせたのも其の1つの要因であるが、全ての組み立て会社が行っていた訳ではない。
 
 1番良く目にする組み立て会社の時計は、振り子室のラベルに「インペリアル」とか「クオリティー」とか「スペシャル」などと書かれた時計がそれである。

 これらの時計には知られたメーカーの名が記されていない、又「アメリカン」とガラスやラベルに記載切れている時計も殆どが組み立て会社の時計である。

 作られた目的は一般の時計価格より安く売るために、組み立て会社で製造された物であり、粗悪品の時計ではないのである。

 組み立て会社の製造した時計は、粗悪品であると言うラベルを貼られているが、組み立て会社に対する侮辱であり、決して粗悪品を作る為に設立されたわけではない。

 

















 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/41480679
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック