2019年10月25日

蕎麦切り

    発祥は信州木曽

 昔から世間で、「蕎麦と言えば信州」、「信州と言えば蕎麦」と代名詞に成っている蕎麦、やっぱり発祥の地であったからこそ、昔から言い伝えられてきたのであろう。SANY1218.JPG
 蕎麦は全国で食べられており、信州特産であって、信州だけのものではないが、蕎麦とくれば信州と何故かイメージをしてしまうほど定着している。
 信州木曽の蕎麦は、「そぼく」であり、それでもって「味わい深い」味の蕎麦、俗に言う「田舎そば」で、信州の代名詞的存在でもあると思う。
 蕎麦の歴史は1574年木曽、須原定勝寺における修復工事完成時に振舞われたとされる「蕎麦切り」の記録、今では一番古い記録、禅宗の僧から伝わったと言われているが、やはり「寺方蕎麦」であったのが古文書からわかり、寺方より一般に広がっていったとする説の裏ずけでもあるようである。
 一般には、当時簡単で直ぐに食べられる「蕎麦がき」にして食し、あるいは「団子」にして焼き、食するのが庶民の食べ方、時間を掛け「蕎麦切り」にするのは、当時として特別な料理方でもあったようだ。
 「蕎麦団子」や「蕎麦がき」として食してきた庶民、当時寺方より振舞われる「蕎麦切り」は、特別な時に料理する食べ物であったかもしれないが、やがて徐々に「蕎麦切り」は庶民にも浸透して行く。

 この当時の蕎麦切りは、現在我々が食べている蕎麦とは少し違ったもので、蕎麦の実を殻ごと挽いて粉にし、つなぎ無しの十割蕎麦であり、又現在のような「粘りと腰」のある蕎麦ではなかった。
 そして、現在は蕎麦を「茹でて食べる」が、この頃の蕎麦切りは「蒸して食べる」のが当たり前で、蒸籠で蒸し上げていた。
 今の私達が食べている蕎麦とは、食感も違うし、味や軟らかさも違っていて、確かに蕎麦には違いが無いが、別の食べ物のように思われるかもしれない。
 蕎麦屋では、「せいろ蕎麦」、「ざる蕎麦」、「箱蕎麦」等と呼び名が付いているが、其の語源は初めは蒸して蕎麦を料理していたから、「せいろ蕎麦」と呼ばれるようになったのだとか、蒸篭で出されたから「せいろ蕎麦」と言われたとか、ざる蕎麦はその後の食べ方で茹でたもの蒸したものとの違い。
 蕎麦の呼び方も色々あり、「信州蕎麦」、「出雲蕎麦」、「高遠蕎麦」、「出石蕎麦」、「更科蕎麦」など、あげれば切が無いくらいに全国で蕎麦の呼び名がある。








 
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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