2010年12月20日

忘年会 3

      暮れになると色んな忘年会があって忙しい。

 年の暮れは師走と言うだけあって、私の友人中村住職も忙しく走っているが、字の如くやっぱり「師 走」、そんな中これも忘年会であり毎年の行事でもある蕎麦巡り。

 例によって、蕎麦好きの友人による忘年会、之を年の最後にやらないと新しい年が来ないと、さて今年の締めはどちらの蕎麦で締めくくるか、メンバーと打ち合わせするも意見が出ず、運転の友人勝手に走り出す、走り出した先は国道19号を木曽に向けて、メンバー何も言わず車は先に進む。

 之もまた常套手段、意見がまとまらない時は大道を行く、つまり木曽方面に行けば外れは無く、後で「あちらが良かった」とか文句の出ない地域、全員無言のまま車は進む。

 妻籠宿を過ぎた頃、友人が「何処に行くにせよ先方に電話して開店しているか確かめろ」と言い出し、「何時も現場について休みばかりだから今日は失敗するな」と厳しい意見。

 他のメンバーから「そうだ、そうだ去年の事もある」と、これまた厳しい指摘、確かに其のとうりで、「去年も同じ時期に目的地に着いたが、蕎麦屋は臨時休業していた」との記憶が蘇る。

 そう言えば去年、雪の中全員が意見一致で目的地にまっしぐら、腹をすかせて着いたが店は臨時休業、「腹は減るし」、「寒いし」メンバー全員に非難を浴びたのは私だった。

 まさか、この暮れの掻き入れ時に臨時休業するとは思わず「定休日じゃないから大丈夫」と太鼓判をして着いたら休み、あの再現は絶対にするなとのメンバーの忠告である。

 暗黙のうちの了解店とは、木曽薮原の「おぎのや」、この店あの「蕎麦打ち名人高橋邦弘氏」の弟子、「高橋名人」は、以前八ヶ岳の麓、甲州長坂で昭和61年蕎麦処 「翁」 を開業、其れ以来我々は蕎麦は翁と決め、名人高橋氏の蕎麦を食べてからは、他の蕎麦屋に行っても結局「翁」の蕎麦と比べ、やっぱり蕎麦は「翁」と其れを食べに友人と何度並んで食べた事か。

 メンバーは全員高橋名人の蕎麦の虜、暇を見つけては蕎麦を食べに高速を使って「翁」まで通ったものだが、誰一人として経費を掛けて食べに行くことを惜しまなかった。
 
 しかし、名人突如として広島豊平に引っ越してしまい蕎麦は食べれなくなり、仕方なく名人の弟子の店を現在は蕎麦行脚して回っているが、今日の目的地薮原に弟子の店「おぎのや」が其の店である。

 友人の忠告で先方に電話、すると呼べど出る気配無く、三度掛けても応答無し、案の定やっぱり休み、去年の二の舞になっていた所、忠告もたまには聞くものと目的地を変更する。
 
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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