2011年01月12日

続古時計行脚 28

松本城.jpg      床屋の主人宅にてラベルのチェックに時間をついやする。

 
 人間は都合の良い動物であり、目先の事で今までの目標を忘れてしまう、そもそもなんで此処まで歩いて来たのか、腹をすかせるため歩いてきただけ、目標はあくまで「デイリーのカレー」であるはずだ。

 其のカレーを食べる為に運動をしてきたのに、今は時計のラベルを読む事に没頭している2人、しかもかなりの時間を掛けてしまって、「デイリーの営業時間」をすっかり忘れていた。

 床屋の奥さんがお茶の用意までしてくれ、主人と時計談義と同時に振り子室のラベルを読み、やっぱり時間を大幅についや、気付いた時には「デイリーの営業時間外」になっていた。

 結局、床屋の主人宅の時計は全部見れないわ、そして「デイリーのカレー」も食べれないわ、2人して「目先の餌に何でも飛びつくから如何」とお互い責任の擦り合い。

 良く考えてみたら、長坂から松本に来たのは「デイリーのカレーを食べる為、高速を使って戻ってきたのであり、腹がふくれてカレーが食べれないから腹ごなしに散歩」、友人が古時計を見つけなかったら、こんな事にならなかったと後悔しきり。

 しかし、私もついついラベルを見るのに時間を掛け過ぎ、友人と「我々はまだまだ修行が足りない」と、自己反省をしつつ床屋の主人に礼を云い、元来た道を引き返す。

 友人、歩きながら「今日は翁の蕎麦を食べたし、古時計も見たし、余り欲張りすぎた」と、しかし、「床屋にあれだけの古時計があるとは思わなかった」とも、そして「二頭どころか三頭も追えば捕まえられないのは当たり前」と、あたかも悟りの境地に入ったかのごとく云い振り。

 そんなやり取りをして、2人の重い足取りで帰路に、気が付けば喫茶「まるも」の前の橋に来ていて、コヒーの香りに誘われ「まるも」の店内に入ってしまう。

 何時も、「良い時も、悪い時も結局此処でコヒーを飲み、自己反省をして帰路に着くジンクス」は健在であり、振り出しに戻って来た双六みたいな古時計探索であった。

 すると友人、「カレーがダメならもときの蕎麦がある」と言い出したので此方がびっくり、さっきまであたかも悟りの境地の如く発言、一変して畜生道の再来、短時間にコロコロと意見が変わるのもまた常。

 そんな発言に驚くと同時に「もときの蕎麦」を食べてから帰るのも悪くないし、車で行けば時間にも間に合うから食べに行こうかと、呆れていた私も同調してしまうあさはかさ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計奮闘記
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