2011年01月14日

瀬戸の雛めぐり


      瀬 戸 の 雛 め  ぐ り に 今 年 も 参 加 す る 。
 

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今年で10回となる瀬戸の雛めぐり、5年前から参加して早や5年、年々訪問者が多くなり去年は9万人の訪問者が雛めぐりに参加してもらい、今年は10万人を越すのではないかと期待されている。

 瀬戸物の町らしく陶器の雛人形が町一杯に展示、瀬戸蔵では陶器の雛人形が5メートルを越すピラミットに650体も飾られていて、大きさと迫力に圧倒される。

 私の蒐集品は、瀬戸市の中心部小高い丘にある茶室「無風庵」で展示するが、毎年大勢の見学者が殺到して入場制限する始末、何しろ茶室で展示しているから、座って見学できるのは25人位。

 部屋ギッシリの身動き出来ない状態で15分程度の説明を私がしているが、土日は朝から行列が出来見学にも大変で、寒い中並んで頂いている始末。
 
 享保雛は、名のとうり享保時代「8代将軍徳川吉宗の時代」に作られた雛人形、特徴は女雛の袂はバームクーヘン見たいにドーナッツ型をしていて、裾は座布団を重ねた様に分厚く、雄雛はあぐらをかき足を前で合わせているので、その後の雛人形はあぐらをかいている。

 当時は吉宗の倹約令が出ていて、華美な雛人形は御法度の時代、雛人形の大きさも決められていて8寸以上の雛は御法度とされていた時の雛人形である。

 大名家でも外様大名は吉宗の倹約令に反発して、この様な豪華で大きな雛人形を作って、外様大名の心意気を現したようであるが、今に残っている物は少ない。

 茶室には正面に二対の大型の享保雛、左右に4体の小型の享保雛、そして手前に白木の御殿雛を展示していて、展示数としては少ないが享保雛の大きさに圧倒され、部屋が小さく見える。

 この享保雛、20年も前に偶然手に入れたもの、馴染みの業者から電話で連絡があり、秋田の業者が大きな雛人形を持っているが、程度が非常に良いので安く買わないかとの事であった。

 その時は雛人形なんぞ欲しくは無かったが、安く買えるなら買っても良いかと遂思ってしまい、二つ返事で買ってしまったが、今思うと本当に良い縁があったと感謝している。

 この雛人形、秋田藩の殿様から出たとのいわれで、買ったときには150センチもする大きな頑丈な箱に入っていて、古い書付には明治4年殿様の売り立てにて購入とあるが、どの殿様か記載されていない。

 雛人形の大きさは享保雛の中でも最大級の大きさ、女雛は「高さ71センチ、横幅72センチ、縦幅57センチ」と特大、雄雛は「高さ65センチ横幅46センチ縦幅38センチ」冠が無いので女雛より低いが、本来は冠をかぶれば女雛より高い。

 当時、京都で作られたと思われ、衣装も特注品であり、金糸や銀糸がふんだんに使われた錦織、程度は極上で手に吸い付くような軟らかさを保っているのは奇跡である。

 余程大事にされていたようで、この雛の第二の持ち主は豪商か、豪農であったと思われるが、当時の値段は相当高かったと思われるので、購入後蔵で寝ていたようで、殆ど飾られた形跡が無く、100年以上蔵で寝ていたのを、当代は気付かずに蔵ごと業者に売却したようである。

 之だけの享保雛は数が極端に少なく程度の良いのは中々無い、幸運にも私の元にやって来たのであるが、最初は其れほど程度の良い雛人形であると思っていなかった。

 一緒に入っていた雛道具には家紋がはがされた形跡があり、特に長持ちの金具は真鍮の板に彫金が施されているが、やはり家紋は消されているようで、何処の殿様か確認出来ないようにしてあるのも、没落して雛人形を手放したがプライドだけは有った様だ。

 女雛の冠も非常に大きく「横幅25センチ高さ21センチ」冠だけでも普通の雛人形の大きさ、如何にこの享保雛が大きいかが分かってもらえると思う。

 又、雄雛の刀も実物の材料で作られていてね鍔は彫金が施されており、如何にも大名雛であると思われるように豪華なつくりがなされている。 
posted by kodokei at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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