2017年05月05日

端午の節句

    5月5日はこどもの日 


 DSCN0796.JPG現在のこどもの日、かっては端午の節句と云ったが、この端午の節句男の子の節句となったのは、室町以後であるとされている様で、盛んになったのは江戸時代に入ってからだ。
 この端午の節句は中国よりの渡来、その歴史は古く紀元前300年、其れ以来現在まで続けられたいる節句であり、日本に伝わったのは奈良時代である。

 宮中での厄除けの儀式として伝わるが、中国本土の其れとは多少違ったようで、日本独自の様式になったものとされているが、詳細については定かでない。
 本来は厄除けの儀式、節句とは節の節目に邪気が入り込む為、之を払う為のものが節句、5月5日の時期は初夏、病が流行する頃であり、之を避けるために、菖蒲を煎じて飲んだりSANY1237.JPG、又は蓬を煎じて飲んでいたようである。

 時代が下がり鎌倉時代には、どうも女の子の節句として行ってきたようであり、男の子の節句となるのは室町時代以後であるといわれるが、その後江戸時代に確立される。
 江戸幕府は五節句を定めるが、1月7日(七草粥)、3月3日(上巳)、5月5日(端午の節句)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽の節句)と五節句を定める。

 武家社会が確立され、端午の節句は男の子の節句となり、この日を盛大に祝ったのが、現在の5月5日の節句の起源であるようだが、他にも違う説があるが、それは其れとして。
 現在でも尾張地方は菖蒲と蓬を束にして、軒先にSANY1035.JPG上げ邪気が入らないように厄除けをしたり、菖蒲を湯船に浸し菖蒲湯とし、無病息災を願う習わしがある。
 この風習は色々と形を変えてはいるが全国で行われているようで、子供の成長を願う親達の心が見えてほほえましい。

 いつの時代も邪気から子供を守りたいと願う親心、昔と違い子供たちを取り巻く環境は違っているが、やっぱり親の願いは変わっていないのだ。
 現在では端午の節句とは言わず、子供の日と呼ばれ、男の子も、女の子も、この日を祝う習わしとなっているが、少し前は男の子の祝いの日であった。

 写真は、我が家の軒先に上げられた、菖蒲と蓬の束、玄関口から邪気が進入しないように、厄除けの呪いを行っているが、最近この様な風習も、行なう家庭が減ってきたようで寂しい限りである。
 二枚目写真は私の父親の5月飾り、明治30年生まれの祝いに造られたもの。SANY1502.JPG

 我が家で大切に守られてきた5月飾り、中々飾られることはなく、大事にされて来たもので程度は良い。
 高さ65センチ、精巧に造られた我が家の家紋入りの鎧兜、祖母に言わせると当時としては大きめの特注品だと言う事であった。
 今年は久しぶりに出してみたが、やっぱ迫力がありどっしりとしている。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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