2017年06月13日

江戸切子

      ギヤマンは憧れ


SANY0944.JPG ガラス製品は古くから日本に入ってきて、古墳時代には既に装飾品として用いられているらしいが、日本で製造されるのは近世に成ってからである。
 古代のガラス製品は、シルクロードを経て、日本に入ってきたものであるが、当時としては宝石と同じで貴重な装飾品、一部の権力者にしか手に出来なかったもの。
 今の若い人たちにはただのガラス(ギヤマンとも言う)、何でそんなガラスが高かったのか理解できないかも、ガラスの歴史は古く紀元前のペルシャ時代に遡る。

 確かに古くからガラスはつくられていたが、当時も高級品であったことは確か、一部の人の所有物に過ぎないものである。
 古墳からも発掘されるらしいが、当時の輝きはなく、SANY0959.JPGくすんで其れがガラスとは思えないほど、透明度が無くなってしまい、見る影の無い物ばかりである。
 日本で1番有名なギヤマンは、正倉院宝物の 「瑠璃の碗」 シルクロードを経てペルシャからもたらされた物、伝世品であり輝きは当時のままである。

 聖武天皇の愛用品であり、日本に渡来したガラス器の中では一番古いもの、他にも程度の悪いものは存在しているが、美術品としての価値は少ない。
 長年正倉院で守られてきた瑠璃の椀などは、シルクロードを経て日本に渡来してものであり、同じようにものがヨーロッパにも存在している。

 その後、日本に於いては、ギヤマンも影を潜め、脚光を浴びるのは戦国から江戸に入ってから、長崎を通じてSANY0948.JPG「オランダやポルトガル」からもたらされ、当時も非常に高価であり、献上品として取り扱われ、一部の特権階級だけのものであった。
 幕末になり、「江戸」や「薩摩」で、このギヤマンが製造されるようになり、「江戸切子」や「薩摩切子」として製造されるようになるが、その数は極めて少量であり、現在余り残っていない。

 写真のデキャンタは「江戸切子」として入手した物であるが、はたして本当に「江戸切子」なのか、真贋は兎も角カットガラスの技術は、繊細かつ大胆なカットがなされている。
 高さは25センチ、胴回り11センチ、現代ガラスと違って鉛ガラスを使用しているから、少し黄色い色のように見えるが、これは鉛が入っている証。

 現代のクリスタルのような透明度はなく、ある少し黄色じみた色は紛れもなく鉛が入っている事にあり、クリスタルとは違った温かみがある。
 上部ふたの部分のカットは、シャープで鋭いカットがなされ、高級感のあるものに仕上げられ、当時は誰がこのデキャンタで酒を飲んだであろうか。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
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