2017年05月01日

オキュバイド

      オキュバイド、ジャパン


 SANY0930.JPGこれは戦争に負けた日本が海外に輸出する際に、商品に必ず明記をさせられた印、占領下の日本であることの証、この印をつけて海外にと旅立っていった。
 戦後の復興期、唯一の外貨を稼ぐ為に日本人は闇雲に働いていた時、彼らを支えていたのは何であったろうか、生産できる喜びであろうか、それとも屈辱的状態であったろうか。

 占領下の日本のレッテルをはり、海外との貿易をしなければ成らなかった時代、何もかもが灰に帰した中、復興の兆しをこうした輸出品に頼っていた時代。
 今の若い人達には考えも及ばない時代、前を見るしかなく黙々と復興ために従事していた人達、彼らがこの商品をどんな気持ちで製造したか、知りたいとも思う。

 私も、其の時代に幼年期を過ごしていたが、占SANY0935.JPG領下とはピンと来なかったし、動乱の時代であった事はうっすらと記憶はあり、自分の目でこれらを製造している現場を見てもいた。
 しかし、「オキュバイドジャパン」の意味は全然知らなかったし、英語等分かるよしも無く、単に仕事をしている所しか見ていないが、戦争に負けたことはハッキリと分かっていた。

 当時、我々は玩具が無く輸出品の製造過程で出来る、不良品が多く捨てられていた場所があり、其処に行って少しでも良い商品を探して遊んだ記憶がある。
 高級な玩具は不良品であっても粉々に割ってしまい、我々には手に入らなかったが、小さな小物や安い物は余り厳しくは無かったので、それを探すのに明け暮れていた様でもある。
SANY0938.JPG
 工場で働いているおばちゃんたちが「こんな安い物を何故アメリカさんは買うのか、不思議だ」と、忙しい中、話していたのを良く耳にした事を覚えている。
 働いている人は、戦前よりも出来の悪い物が輸出されている事に、戸惑いも多かったに違いないが、其のわりには売れて行くから、やっぱり不思議であったに違いない。

 今までは、より良い商品を作ることに専念して来たからであり、其れよりもはるかに雑な商品を作る事に、やはり戸惑っていたと思うが、生活の為には其れで良かったのだ。
 今見ても、やっぱり雑な仕上げであり、こんな商品が飛ぶように売れていったアメリカとはどんな国であったのか、今更ながら興味の沸くところでもある。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/45557476
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック