2011年07月04日

ガラス絵16

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 くちくがん.jpg時計のガラス絵には色々な種類の物が存在しているが、製造段階でのオリジナルのガラス絵が基本であり、その後に独自に変更されたガラス絵も存在している。

 明治時代に、最新流行の時計は注目の的であり、早くも時計の存在を高く評価し、注目度の高い事を利用しようと、其の時計の流行に臨場して、自社の宣伝を企てる者が現れてくる。

 何時の時代でも、先進的な考え方をする人が居るもので、時計のガラスに宣伝を入れることを思い立つ、しかし当時の時計は非常に高価であり、其の時計に宣伝文句を入れることは非常に金の掛かる事であった。
 
 明治中期、時計の値段は国産品の八角で約3円ほど、外国製の時計であれば7、8円、そしてスリゲル型のドイツ物は15円と高価な物であった。

 その高価なドイツ、スリゲル型の時計に宣伝を入れようと言う発想で、当然金も掛かるが、そんな高価な時計に宣伝なんぞ入れることは、やっぱり冒険としか言えない。

 時計の本家アメリカでも、ドイツのスリゲル型の時計に、宣伝を入れているものは殆ど無く、後発の日本が其の時計に宣伝を入れると言うからやっぱり冒険だ。

 写真のガラス絵は、正にドイツのユーハンス、スリゲル型の時計に入っているガラス絵、高級な黒漆が全体に塗られ、当時としても非常に珍しい時計であった。

 其の時計の前面に、薬の宣伝を入れたのであり、斬新と言うのか、驚きと言うのか、表現に困るが見てとうりの勇ましい宣伝文句、薬の名前は「駆逐丸」、そして其の薬は梅毒に利く薬である。

 この時期、日清戦争前後と見られ勇ましい宣伝文句、軍需景気に湧く時代背景を意識しての効果を狙ったものと考えられ、ガラス絵も非常に豪華に、金彩と銀彩二色と凝ったガラス絵を採用していることも、この時計が高級品の証でもあるようだ。

 この様なドイツ製の時計に宣伝を入れ、市場に投入した会社も其れなりの効果が上がったかは、分からないが宣伝に金が掛かった事だけは、ハッキリしている事だ。 




posted by kodokei at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計奮闘記
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