2017年04月14日

文字盤違い

      ど ち ら が 国 産 か


 SANY1080.JPG日本の時計はすべてと言って良いほど外国産のコピー、明治初期から西洋時計をモデルとして、様々な時計がコピーされて世に売り出された。
 日本人の舶来信仰の始まりであるが、これはほんの抒情詩に過ぎず、これ以後ドンドンとエスカレートの一途を辿り、国産なのか外国製なのか分からない時計も出現する事になる。

 日本人の舶来信仰の賜ものでもあり、その技術は20年足らずで外国製の技術までに近ずく、当時の職人の技術の高さは相当のもので、貪欲に技術を習得したことが伺える。
 はじめはコピーすることに専念しているが、やがて技術が向上するごとに次第に独自の物を製造するようになり、全くのコピーから抜け出して日本独自のアレンジが始まる。

SANY0180.JPG 機械形式は殆どがコピーのままであるが、文字盤は日本の時計製造会社が自社の誇りを持つようになり、次第に時計製造会社別に文字盤も製造し始める。
 外国製の物の中でも、全くの無印の文字盤もあれば、自社のトレードマークを入れた文字盤や、製造会社の名前を入れている文字盤など、様々な文字盤も製造されている。

 文字盤の材質も紙文字盤や金属文字盤、そして高級機にはホーロー文字盤が採用されており、高級感をかもし出していて、一般の物との差別化を図っている。
 後発の日本の時計製造会社も、高級機にはホーロー文字盤を採用し、西洋の時計が其れであった如く、自社のマークを入れて文字盤を製造するようになる。

 この時代から日本の時計製造会社は自社のマークを大事にするようになるが、それは真似したからではなく自社の製品に自信が付いてきた証拠。
 コピーから脱却して独自の自社ブランドを確立、自SANY0175.JPG分の製品に自信とプライドが生まれ、そして確立された行くことになる。
 それがトレードマークにと発展して行き、西洋の時計製造会社が力を注いでいた自社のトレードマーク、それに近づいた証拠である。

 写真の時計の文字盤を良く見ていただくと、西洋の文字盤をコピーした時代から少したって、日本独自の文字盤を製造して自立化が行われたことが良く分かる。
 どちらが外国製なのかお分かりかな、左がフランス製、右は国産の時計、良く文字盤を見ていただくと、まったくのコピーだと直ぐに分かるはず。
 
 ホーロー文字盤(通称瀬戸エト)で仕上げてあり、文字盤の真ん中に金属製の飾りが施し(通称ボタン)と呼ばれるが、シンプルな一面ホーローの文字盤より少し高級に見える。
 この様に日本の時計は外国製の物をコピーして製造されたことが比較すると良く分かり、明治の時計の成り立ちが目でも確かめられ、時計の進化が理解できる。
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
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