2017年11月07日

だるま

      手も足も

SANY4608.JPG 達磨は手も足も無いのが普通、ダルマとは馴染み深い真っ赤な着物に髭ずらの親父顔、選挙や入学祈願のとき等に買い込み、願いが叶ったら片目を入れる。
 これが普通のダルマであり、馴染み深いものでもあるが実際の達磨とは、その昔5世紀前半南インドの王国に第3子として誕生、釈迦から数えて28代となる人物。

 普通元年(520年)南インドより仏教の布教するため中国広州に上陸、時は南北朝時代であり、南朝の梁の国に入り、武帝と面会するが武帝より、「仏教とは何かと問われ」、達磨は「何も無であると答えた」と言う。
 武帝は達磨の答えに満足せず、尚も「我は仏教の為寺を幾つも建立したが徳はあるか」と問う、しかして達磨「何も御座らぬ」と答えたといわれ、達磨と武帝はお互いを理解することは無かった。

 その後達磨は嵩山少林寺に入り、岩に向って9年間座禅をしたと云われ、禅を極めて悟りを開き禅宗の開祖となるが、9年間の座禅により足が腐り無くなってしまったと言われる。SANY0182.JPG
 これはもちろん逸話であるが、9年間も岩の壁と向き合い悟りを開いたその姿を、後世の人が絵に描いた姿が達磨大師の図で、その姿を形にしたのがダルマさんである。
 日本には12世紀宋の時代に道元が禅の教えを持ち帰り、禅宗を民衆の間に深め、日本中に禅が流行するが、ダルマさんは江戸時代に成ってから、現在の高崎の少林寺で始めて造られたと言われているが定かでない。

 日本全国にもダルマさんの置物は存在しており、各地で其々の形が作られているが、生産量では高崎のダルマが1番多く製造されて、全国の選挙や入学祈願に使われているのが現実である。
 下の写真はそのダルマをブリキと陶器で造り、本来はダルマは不動とされているが、このダルマは貯金箱とゼンマイのもの、前にゆっくりとした動きで歩き出すのであり、常識をくつがえした動きをする。
 昭和30年代のブリキの玩具としては異例の物、達磨が歩くとは驚きであり、其れを逆手に取ったユーモラス一杯の楽しい玩具であり、中々手に入らない一品である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
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