2017年03月24日

ノベルティー7

      時 計 の 置 物 か 


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 以前にも何回か取り上げていた瀬戸のノベルティー、明治以後盛んに作られるようになるが、やっぱり1番多く製造されたのは戦後の事である。
 特にアメリカに輸出されたが、本来はドイツからアメリカに多くの陶器やノベルティーグッツが、輸出されていたが戦後は輸入が途絶え、その代役が日本に回ってきた。

 この様な現象は戦後だけでなく古くからあり、ヨーロッパに向けて輸出されていた中国も、日本がその市場を受け継ぎ、中国にかわりヨーロッパに輸出した事もある。
 江戸時代、有田がその恩恵を受け盛にヨーロッパ向けに商品を輸出、大いに外貨を稼いだ歴史があり、戦後に限った事ではないが、やはり戦後復興の足掛かりに成った事は大きい。
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 瀬戸の戦後の輸出は、食器類は少なくノベルティーと言われる置物が主流、特に人物や動物であり、マイセンで製造されたいた其れらの代役である。
 其の為瀬戸では、今までの物よりは遥かに精工な物が要求され、その技術開発に凌ぎを削る事になり、様々な試みがなされ技術の向上がはかられた。
 その当時のマイセンものは、世界の頂点で君臨していた為、最高峰の技術を誇り、商品もまた最高の出来であり、瀬戸の技術は劣っていたことは歪めず、其れが結果として後押しマイセンと肩を並べるまでに成長する事になる。

 写真は何だろうとお思いの方、何だと思いますか、時計の形をしたなぞの物体ですが、実は之ティーパックを置く器、前から見えないが後ろにティーパックをおくところがある。
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 普通、誰が見ても時計の置物と勘違いをしそうであるが、そこが又其れらしくない所が製作者の意図、奇抜なものを造り消費者に提供する使命を感じさせる物である。
 瀬戸の職人はアメリカ人の好みをよく把握し、生活実態の中まで知ることにより、新たな商品開発を貪欲に推し進めた証拠でもあり、その1つがこの商品でもあるのだ。

 マイセンに追いつけ、追い越せとの心意気が伝わって来、この器戦後の輸出を支えた生き証人でもあるかのようで、今見てもこんな物まで製造していたとは驚きである。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク
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