2018年08月03日

木曽

      木 曽 の か け 橋
SANY0582.JPG
 中仙道木曽街道は橋が殆どと言ってよいほど架けられていなかったが、ほんの少し2、3ヶ所橋がかかっている中、木曽節の歌にも歌われている橋がある。

 「 木曽のなぁー  なかのりさん  木曽の桟  ナンチャラホイ  大田のわたし  ヨイヨイヨイ 」と、

 歌われている「木曽の桟」、木曽路の中でも最も長く恐ろしい橋であった様だ。
 木曽川の流が狭く深い谷あいの部分に橋が架けられていたが、この橋歌にも歌われているように「なんじゃらほい」と長いつり橋であったようである。

 此処を旅した「松尾芭蕉」は、この「木曽の桟」を一句歌っている。   

      「 桟や  いのちをからむ  蔦かずら 」 
 SANY0579.JPGこの様に詠っていることを見ると、この橋は「葛や蔦」を使って造られた、つり橋の桟であったようだ。
 旅人は、木曽川の急流を下に見て、深い谷に掛かる葛橋をゆれながら渡っていったのであろうが、芭蕉が詠んだように命を繋ぐ蔦かずらとは上手く表現していると思う。
 流石は当世きっての「俳人松尾芭蕉」、その有様が手に取るように伝わってきて分かりやすいもの、聖人と言われた芭蕉ならでは、他にも色々な文人墨客が、この桟を詠っているが芭蕉の右に出る者は居ない。
 写真の石垣は「木曽の桟」の木曽部分のなごりであり、国道の壁面に隠れているが、少しは昔の面影を留め、ここが「木曽の桟の跡」であることを示している。
 今は、丈夫な鉄骨の赤い橋が掛かっており、橋を渡った向こうには「松尾芭蕉」の碑が立ち、桟があった事を伝え他にも子規や文人の碑が立てられ、「江戸時代の葛橋」の様子を詩に留めている。
 
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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